拾ってきたラジカセ
にゃんぱちがラジカセを拾ってきた。道ばたに置いてあったそうだ。機能はテープ再生とラジオ聴取のみ、CDすら聞けないようなド旧式で、むしろまだこんなものが形を留めた状態で捨ててあったことに驚く。
「なんでこんなもん拾ってきたのよ」
と、当然、私は怒った。うちは大して広くもないのだ。ガラクタを置くスペースなんてない。
「なんか惹かれるものがあったんだよにゃ。このクラシックなラインのデザイン、見ろよ。いまどきの電化製品の味気なさとは違うぜ」
そう言われて、ラジカセを見てみる。確かに、味のある悪くはないデザインだ。
「インテリアとして置くってわけ? CDも聞けないのに?」
「ラジオぐらいは聞けるだろ」
「聞けるもんですか。どうせぶっ壊れてるわよ」
「じゃあ試してみようじゃにゃいの」
そう言うとにゃんぱちは、ラジカセに乾電池をぶちこみ、スイッチをいじった。ぎー、ぎー、という音がする。にゃんぱちはダイヤルを回し、周波数を合わせる。やがて、FMの音楽放送が流れてきた。
「ほーら」
にゃんぱちが勝ち誇ったような顔をした。
「うー……」
「そういうわけで、置くことに決定にゃー」
と、にゃんぱちは手を叩く。私はしまったなあ、と思った。そもそも、単に邪魔だから捨ててこいで押し通せばよかったのだ。わざわざラジカセとしての機能が生きているかどうかに話を持って行った上に、たまたまそれが生きていたばかりに、捨ててこいとは言えない流れになってしまった。
「……まあ、いいわ」
私はため息をついた。どうせにゃんぱちは猫だけに飽きっぽいタチだ。放っておけば、またすぐこれにも飽きるだろう。そうしたら押入れ行きになるし、折を見て捨てればいいだけのことである。
その日の晩。
私は、夢を見た。
見た、というのは正しくないかもしれない。なぜなら、映像は見えなかったからだ。ただ、真っ黒い空間の中で、音がした。あまり気持ちのいい音ではない。それは音というより、声だった。うめくような、救いを求めるような声が、私の耳を襲うのだ。その日、私はろくに眠れずに一日を過ごした。
謎の声に襲われた一晩が過ぎ、朝になった。身を起こし、
「おはよう……」
とにゃんぱちに声をかける。すると、
「おはようにゃ……」
と、にゃんぱちの声が返ってきた。どうやらあちらも元気がないようだ。
「あんたも、あの声聞いたの?」
私はある種の確信を持って、聞いた。当然のごとく、にゃんぱちはうなずく。
「やっぱり、これ、捨てようよ」
私はラジカセを指して言った。なにしろ、現象の因果性が明白である。にゃんぱちが「音」を発するラジカセを拾ってきた晩に、「音」に悩まされ眠れなかったのだから。ラジカセを相手取って刑事事件として立件するのならばともかく、単に怪奇現象の関係性だけで言うならば、もはやラジカセのせいと断言して差し支えあるまい。
「そうだにゃー」
にゃんぱちも一晩眠れなかったのがよほど答えたようだ、それには同意してくる。が、こうもつけ加えた。
「でも、いきなりそこらにポイ捨てするのはまずいかもにゃ」
「じゃあ金払ってリサイクルに回すわよ。最近うるさいし」
「そういうことじゃなくて、なんか憑いてるかもって話」
言われてみればそうである。下手にこれをポイッと捨てて、恨みの大音響でも鳴らされたらかなわない。
「そんじゃ、専門家に頼む? どっかの坊さんか陰陽師か」
「金かかるぞー」
妖怪や怪奇現象が確かに存在するものとして捉えられている現代である。もちろん、その具体的な処理となれば相応の費用はかかるのだ。
「役所の環境課にしよっか?」
いい加減なことに、人間界の大半の役所では、霊現象はスズメバチの巣なんかと同じように環境課の管轄になっている。もっとも実際に業務を行うのは、環境課が下請けに出した霊駆除関係の業者らしい。まあ、異動の激しいお役所で、昨日まで税金を扱っていた人に霊の処理をやらせるってのも無理な話だからそれはしょうがないだろう。だから文句を言う気もないが、
「因果関係の証明が面倒だし手続きに時間かかるにゃ。待ってるあいだに参っちまう」
「んじゃどうしろってのよ」
「比較的オカルトに詳しそうにゃ知り合いに聞くにゃ」
「詳しそうな知り合いねえ……さつきちゃん」
「ヴァンパイアハーフなだけで普通の女子高生じゃにゃいか」
「権助さんとか死神の人は」
「まあまあ詳しそうだけど、仕事してるし。今日中につかまるかにゃ?」
「あ、そうだ。タツじいさん」
スター・ドラゴンのオリバーさんのサイン会でもめて以来の知り合いの年寄りの和竜である。それほど親しいというわけでもないが、一応アドレスは取ってある。
「あの竜のじいさんか。長生きな分くわしそうかもにゃ」
「それに年寄りだからどうせ暇もてあましてるわよ。電話しましょ」
私は携帯を取り出し、タツじいさんのアドレスを呼び出した。
案の定、じいさんは暇だった。じいさんと前に会った公園で落ち合う約束になり、すぐさま会うてはずが整う。
私とにゃんぱちが、ラジカセを持って公園に着くと、タツじいさんは既に待っていた。もちろん、竜でなく人間の姿を取っている。
「このラジカセなんだけど」
私は、じいさんにラジカセを見せた。
「ふーむ……」
じいさんはラジオを手に持ち、丹念に眺める。
「これ、ゴミ捨て場にあったんか?」
「いや、道端だったにゃ」
「なら、持ち主は捨てたとは限らんわけだな」
「そりゃー、まあそうだにゃ」
「警察に届けるべきじゃったなあ。これのネコババがばれたら大目玉だぞ」
「そんな貴重品なの、これ?」
「こりゃ、地獄づとめの連中が使ってる霊探知機じゃ。回収しそこねられた浮遊霊の探知なんかに使う代物じゃぞ。近くにいる霊のうめき声をキャッチするんじゃよ」
「あ、なるほど。だから夜中、うめき声が聞こえたのね」
「そういうことじゃ」
「あんな声を毎日聞かされたら、頭がどうかしちゃうにゃ。地獄づとめの人たちってタフだにゃー」
「聞かされる? そんな馬鹿な」
「え、違うのかにゃ」
「夜中うめき声が聞こえたってのは、そりゃ単にお前さん方が電源を切るのを忘れてたせいだよ」
と、タツじいさんはラジカセのスイッチを見せた。たしかに、入れっぱなしになっていた。……なんとも間の抜けた話である。
タツじいさんにお礼を言って別れた後、しょうがないので警察に届けに行くことにした。別に呪いのかかってる品でもないので、警察に返せばそれですむだろうということになったのである。さっさとすませたいのでなるたけ近くにしようと、最寄りの交番に向かった。交番に近づくと、交番の中から大声が聞こえてくる。
「ですからね、古いラジカセみたいな見た目の代物で、結構大きくて……ああ、あれなくしたのがばれたら始末書だけじゃすみませんよお」
大声といっても、相手を恫喝するような類のものではない、慌てふためいた声だった。そして、私たちに聞き覚えのある声でもあった。交番の中をそっと覗いてみる。案の定、交番の中では、例の死神さんが、おまわりさん相手に涙ながらに訴えているところだった。
「落ち着いてください、死神さん。それらしきものが届いたら必ずお教えしますから」
と、おまわりさんがなんとかなだめている。
「お願いしますよお。あれなくしたって分かったら、私……」
「まずいことになるのかしら?」
そう言って私は、ラジカセを持って交番の中に現れてやった。
「千本橋さん? なんでここに」
「にゃんぱちが昨日拾ったこれを、交番に届けに来たんだけど……おまわりさんに渡す必要はなさそうね」
死神は、涙ながらに私の抱えているラジカセに抱きついた。
「いやー、助かりました」
喫茶店でコーヒーをすすりながら、死神が言った。
「普段使ってた霊探知機が壊れちゃいましてね、旧式のラジカセ一体型を総務から借りてたんですけど、普段持ち歩いてないもんだからうっかり……」
「あの大きさのものをなくさないでよ」
「へへ……大きいと逆に油断すると申しますか」
と、死神は頭をかく。
「とにかく、助かりました。では、勘定はすませておくのでごゆっくりどうぞ」
そう言って死神は、コーヒーを飲み干し去っていった。今度は、ラジカセを――霊探知機をしっかりと小脇に抱えながら。
「まったく。とんだ災難だったにゃー」
あの死神がこの近所の担当だというのだから、困ったものである。うっかりすると、本当に別の誰かと間違ってあの世に連れて行かれかねない。
「まったくね」
にゃんぱちに同意しつつ、私はコーヒーをぐいと飲んだ。




