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吸血鬼におごりかえした話

「ねえ、どっかいい店知らない?」

 ある日の晩、私はにゃんぱちに聞いた。家で寝転がっている時のことである。

「にゃんだよ急に」

「いや、ちょっとさ。こないだ、さつきちゃんにごちそうしてもらったじゃない」

 さつき・トレットメント。私が、道端で倒れているところを助けた吸血鬼のハーフで、女子高生。助けた礼として、ちょっと前彼女の家で食事をごちそうになったのだ。

「あん時はごちそうの内容に文句言ってたじゃないか」

「直接彼女に言ったわけじゃないでしょ。それに、二十七の私が女子高生におごってもらったままってのもなんかね」

「しかし、元はと言えば彼女を助けたお礼だったじゃにゃいの。それで貸借ゼロじゃにゃいのか?」

「そりゃそうなんだけど……なんつーか、年上としての見栄っていうかさ。金は一方的に向こうに使わせたまんまってのがどうもね」

「にゃるほど」

「だからさ、なんかいい店知らない? あんた結構、昔の友達と飲み歩いてんでしょ」

「まあ、そういうことなら別にいいけどにゃ」

「ほんと?」

「さつきちゃんに予定を聞いといてくださいにゃ。こっちもそれにあわせて予約取っとくから」


 三日後の午後七時頃。私は、にゃんぱちと一緒に、さつきちゃんの家に出迎えの足を運んでいた。さつきちゃんの都合と、にゃんぱちが予約を取った店が空いてるのが、ちょうどこの時だったのである。さつきちゃんの洋館の前にたどり着いた私は、呼び出しのチャイムを押した。ピンポンと音が鳴り、

「はい」

 と声がする。

「京子よ。千本橋京子」

「あ、すぐ行きますね」

 と声が返ってくる。ほどなく、門が開き、さつきちゃんが姿を現した。その格好を見るなり、

「高そうな服ね」

 と、思わず私は言ってしまった。さつきちゃんが身につけた黒いドレスが、間違いなく高価そうだったのである。

「おばあさまの物です。家が破産した時も、手放さなかったそうで……よそ行きの時には使わせてもらってます」

 没落貴族にも没落貴族なりに、譲れないプライドというか、金と引き換えでも手放せない大事なものがあったのだろう。その一端が、さつきちゃんが身につけている黒いドレスというわけだ。私は、にゃんぱちに耳打ちした。

「ちょっと、にゃんぱち。今日行くのちゃんとした店なんでしょうね」

 あまりいい加減な店だと、わざわざ先祖伝来のドレスを着て来てくれたさつきちゃんに申し訳ないような気もする。それに釣り合うような店であってくれなくては困るのだ。

「……味は、保証付きにゃ。味は」

 と、にゃんぱちはつぶやいた。

 

 にゃんぱちに案内されてついたのは、商店街の一角にある小料理屋だった。「小料理屋 ちまみれ」とのれんが出ている。

「ちょっと」

 私はにゃんぱちをつねった。

「あいたたた、にゃんだよ」

「さつきちゃん、未成年なのよ。酒飲む小料理屋に連れてきてどうすんのよ」

「あ」

「あ、じゃない」

「ま、まあ、酒飲めなくても料理は絶品にゃ」

「そうじゃなかったら承知しないからね」

「……あの、京子さん、どうかしました?」

 と、さつきちゃんが心配そうな顔で言う。

「な、なんでもないのよ。さ、入りましょうか」

 と、私は努めて笑顔を作って、ガラリと小料理屋の戸を開けた。戸を開けると、元気のよい「らっしゃい」という声が……しなかった。誰かいるのかすら疑うような沈黙が、店の中を包んでいる。

 私は、カウンターの向こう側を見た。一人の鬼が、無言で魚をさばいていた。鬼と言っても権助親子なんかとは種別が違うようである。彼らほどの体躯はなく、人間と大して変わらない。そして、体にはワラの衣服を身につけていた。

「ここの店長兼板さんは、なまはげにゃ」

 にゃんぱちが私に耳打ちする。

「泣く子はいねがぁ、のあれ?」

「そ。出刃をもたせりゃ日本一にゃ」

 なるほど。だから板前ってわけか。私は、板前のなまはげに向かって、

「すいません、予約してた千本橋京子です」

 と言った。にゃんぱちに事前に聞いていた話を信じるなら、私の名前で予約してあるはずだ。

 しかし、なまはげは、私の声に答えない。いや、答えるには答えたのだ。ただ、包丁でカウンター端の席を指し示すという荒っぽい答えだったのである。

「あ、あっち?」

 私が戸惑いながら聞くと、なまはげはうなずいた。

「じゃあ、座ろうか」

「はい」

 さつきちゃんがうなずいた。

 なんとなく足音を出すのすらはばかられ、息と足音を殺して、なまはげの示した席へと歩いた。

「私、こういうお店初めてです」

 席に着いて、突き出しが出された後、さつきちゃんがそう言った。

「ほんと。私もこんなブアイソな店初めて」

 そう言いながら、目つきでにゃんぱちをなじってやる。が、にゃんぱちと来たら、そしらぬ顔で突き出しに出されたイカの塩辛をかじっている。私とにゃんぱちとの間の不穏な気配に気づいたのか、さつきちゃんはあわてて、

「あ、いえ、そういう意味じゃないです。こういう小料理屋さんが初めてっていうことです」

「ああそっちね。まあ高校生が来る店じゃないもんな」

 なんだ、そういうことか。

 私はいささかホッとして、塩辛をつまんだ。

「!」

 美味い。絶品と言っていい味だった。本当に美味いものを食べた時には、人はその表情を固めるものである。この時の私も、そうなっていたらしい。にゃんぱちが、私の顔を見て、にやりと笑っていた。それみたことか、と言いたげな様子である。確かに料理は一級品であるようだった。


「刺し身だ」

 塩辛のあと数品が出た後で、メイン料理である刺し身が出た。タイ、カツオ、マグロ、ホタテといった、オーソドックスな組み合わせである。

「いただきます」

 さつきちゃんがそう言い、ホタテの刺し身を食べた。

「おいしい!」

 と、さつきちゃんが叫んだ。もっとも、彼女がこの店に入ってからこの言葉を叫んだのはなにも今が初めてではない。出る料理出る料理を、爛漫な笑顔で素直に褒め称えている。その言葉が嘘やお世辞でないことは、一緒に同じ料理をつついている私がよく分かっているが、しかしながら、私はここまで素直に感情を表明しない。……にゃんぱちの手前や、店主の無愛想さへの意地もあるし。

「すっごくおいしいです。京子さんもどうぞ」

「え、ええ」

 私は言われるまま、刺し身を口にした。

「……美味い」

 突き刺さるようなさっぱりとしたかつコクのある美味が、私の舌をつらぬいた。これでは、私とて感嘆の言葉を漏らさざるにはえなかった。

「だから最高だって言ったにゃろ」

 そう言いながらにゃんぱちも、刺し身をその口に放り込んだ。


 料理は、終わった。締めのうどんを食べた後、私たちは、満ち足りた気持ちで席を立った。

「店長、お勘定」

 私がそう言うと、なまはげは無言で勘定書きを出した。

(げっ)

 勘定を見て、私は内心でそう思った。はっきり言って高い。いや、あれだけの味なら不当な高さ、ではないのだ。いい料理を出すには相応の金も技術もかかるものだろう。それでも、私の収入にとってはバカにならないだけの金額なのも確かである。

「どうかなさいました?」

 さつきちゃんが聞いてくる。まさか、ここで払いをしぶるわけにもいかない。

「いや、なんでもないのよ」

 そう言って、平然といった風を装って店長に金を払った。店長は無言で受け取る。

 その時である。

 さつきちゃんが、店長に向かって、料理を口にした時のような爛漫な笑顔で、

「とってもおいしかったです!」

 と言った。店長は虚を突かれたような顔をしたが、やがて、

「んならよかった。これ、サービス」

 と言って、私たち一人一人に、スルメの干物を一つずつ、投げてよこした。


 店を出た。懐は寒いが、外の方は、夜でも気候が寒いような季節ではない。

「今日は本当、ありがとうございました」

「いいのよ、いいのよ」

 と、私は、太っ腹なところを見せてみる。実際のところ結構な痛手だったのだが。

「料理はおいしいし、店長さんは優しいし、すごくいいお店ですね」

「う、うん」

「また、今度は私がごちそうします。……ここみたいなお値段は手が出ないけど」

 さつきちゃんはそう言い、深々と会釈した。どうやら、伝票を見た時の動揺の態度は、彼女にもバレバレだったらしい。

「それでは、また」

 そう言って、さつきちゃんはまた一礼し、去っていった。


「……あんた、わざとあの店選んだんじゃないの?」

「予算を言わなかったあんたが悪いにゃ」

「ったく……」

 私は財布の中を見た。実にさびしい有り様になっている。

「それにしても、あの店長、意外と気はいい人なのかしら? 最後におまけくれたし」

「気むずかしくて人を選ぶおっさんにゃ」

「どういうことよ」

「もしあんた一人なら、下手すりゃ包丁でおん出されてたかもにゃー」

 どうやら、私があそこで最後まで食事できたのは、おごったつもりの女の子のおかげだったらしい。爛漫な態度というのは、時に、気むずかしやの店主の心をも溶かすものであるようだった。

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