鬼とランドセル
ブラウニーのボブと一緒に清掃の仕事をすませた帰り道、一人で郊外を歩いていた。シゴトの始まりが早かったので、まだ午後の三時くらいである。すると、歩道を四人ばかりの小学生が歩いているのが見えた。学校帰りでもおかしくない時間だ、と思ったが、誰もランドセルを持っていない。もう家に帰った後なのかな、と一瞬思ったが、すぐに違うことが分かった。小学生たちの数メートル後ろを、五つのランドセルを背負った鬼が歩いていたからだ。
――かつて、公園で箱ブランコに一緒に乗った例の子だった。私は、鬼の子につかつかと歩み寄って、
「よ」
と声をかけた。向こうも私の顔を覚えていたようで、うなずきを返してくる。
「どこで次のじゃんけんするの?」
と、私は聞いた。
「次のじゃんけん?」
「いや、だから。じゃんけんで負けた奴がみんなのカバン持つ遊びでしょ?」
「違うよ。ずっとぼく」
「なんで」
「お前は力あるから、友達ならそれぐらいしろって。鬼だから」
私はなんとも言えなかったので、黙った。すると、前を歩いている小学生の一人が振り向き、
「三太! なにモタモタしてんだ!」
と叫んだ。鬼の子は――三太は、あわてて歩みを早めた。私も、三太以上に歩みを早める。三太を引き離し、小学生たちに追いつき、彼らの前に立ちはだかった。
「ちょっと、あんたたち」
「なんだよおばさん」
「おば……。私は三太くんの知り合いよ。ねえ。三太くん一人にカバンを持たせっぱなしにするの、おかしいと思わない?」
「なんで」
「なんでって……不公平じゃないの」
「別にそんなこともねえよ。鬼なんだから力はあるだろ」
「それが納得できる理由になるとは思えないわ」
「それに、その代わりに遊んでやってるんだから」
「対価として運ばせてるってわけ?」
「そういうこと。俺たちがいなけりゃ、あんな出稼ぎっ子と「遊んでやる奴」なんていねえよ」
小学生がすまし顔でそうせせら笑った。
同時に、私はその顔面にびんたを浴びせていた。むかつきに任せた反射的な動作だったので、あまり手加減ができず、小学生は一メートルばかり吹っ飛んで倒れた。
びんたを喰らった小学生は、たちまちに声を上げて泣き出し、
「なにすんだよ」「暴行罪だろ」「警察だ」
と、残りの三人の小学生が騒ぎ立てる。こりゃまずい。最近のガキなら本当に警察を呼びかねないぞ。そう思って私が立ち尽くしていると、ランドセルをかついだ三太が、駆けてきた。
「あ、三太。お前の知り合いのおばさん、とんでもねえことを……」
残りの三人の内の一人がそこまで言ったところで、三太は、持っていたランドセルの内四つを、小学生に向かった投げつけた。小学生たちは、突然なげられたランドセルにあわてふためいた。その間に三太は、私の手を引き走りだす。私は引かれるままに、走った。
しばらく走ると、二階建ての小さなアパートに着いた。三太はアパートの一階にある端っこの部屋を、鍵を回して開けた。そして、中に入る。私もそれに続いた。
部屋はワンルームの小さなものだった。中で、一人の大きな青鬼――三太の親父だ――が、新聞を読んでいた。
「なんだ、帰ったのか……なんでお前さんまでいるんだ?」
と、三太の親父は私の姿を見とがめて言った。
「えっと……実を申しますとお……」
私は、あったことを大雑把に話した。私が話し終わると、三太の親父はため息をついた。
「お前さんは俺が最初に思ってた以上の大バカだ」
「自分でもそう思います」
「だが間違ってたとまでは言わん。あってたとも言わんが」
三太の親父は立ち上がると、三太に向かって声をかけた。
「三太。きっかけはこの姉ちゃんだが、こっからはお前の問題だ。ランドセルを投げちまったわけだしな。あとはお前がどうするかの話さ。お前がどうしようと俺は咎めん。学校でその連中と殴りあっても、なにがあろうと一人を貫き通しても、学校に行くのをやめても構わん」
「うん」
三太はうなずいた。それまでに聞いた彼の声ほど、かぼそいものではない気がした。
「土下座してまた「ともだち」に戻ってもらっても構わん。ただ……俺はこのバカなお姉ちゃんや、今日お前がやったことの方が好きだな」
「うん」
「なら、話はそれだけだ」
三太はまた、うなずいた。
ほどなくして、私は帰った。三太の親父さんも、あまり私を責める気はないようだった。
数日後。今度はにゃんぱちを連れて、散歩をしている日。
私は、三太が一人で歩いているのを見た。もちろんかついでいるランドセルは一つだけだ。自信満々とまでは言えないが、前のようにおどおどとした感じでもない。少し胸がしゃんとしているようにも見えた。私がそんな気持ちで三太を眺めていると、
「どうしたにゃ?」
肩のにゃんぱちが、怪訝そうに言った。
「なにが」
「なんかにやにやしちゃって」
「別に。ちょっとしたことよ」
そう。ちょっとしたことだ。




