バイトのはなし
バイトをクビになった。ファミレスでウェイトレスをしていたのだが、店でカラス天狗の不良高校生の一団にからかわれた時に、むかついて首領格をぶん殴ってしまったのがまずかったらしい。
そういうわけで、私は今、完全な無職である。平日の昼間から家にゴロゴロして、求人情報誌を眺めている。
「だからあんたにゃ接客業は無理だって言ったんだにゃ」
と、家でゴロ寝している私をにゃんぱちがからかう。
「うるさいわよ。このまま私の無職が続けば、あんただって食い詰めんのよ」
そりゃ大変だ、とばかりににゃんぱちは体を起こした。
「で、いい仕事はありそうにゃのきゃ?」
「あったら電話してるわよ」
このご時世である。そう簡単によさげな仕事が見つかろうはずもない。
「もしよかったら、紹介したげようか?」
と、にゃんぱちが言った。自分の生活にもかかってくる問題だと悟った途端に、やけに協力的だる。
「なに。あんた、ツテでも持ってるの?」
「ぼくの友達が、一緒に仕事をしてくれる相手を探してるにゃ」
私は起き上がって、にゃんぱちに詰め寄った。
「さっきのあんたの台詞じゃないけど、接客はごめんよ」
「接客だったらあんたに薦めねーよ」
「私に向いてそうな仕事ってわけ?」
「向いてるかどうかはともかく、あんたでも出来そうな仕事ではある」
「ならまあ、一度やってみてもいいかな」
「……んじゃあ、ま、話をつけておくから」
にゃんぱちはそう言うと、空いていた窓からするりと抜け出して外へ出て行った。
二時間ほどが経ち、にゃんぱちが帰ってきた。
「今度の火曜日、昼の一時から手伝って欲しいってさ」
帰ってくるなり、にゃんぱちが言った。
「あ、なに。面接とかなしでいきなり試用?」
「個人事業主だからその辺はフレキシブルにゃ」
なるほど。
さて、次の火曜日が来た。はやめの昼飯をすませて、指定された場所に向かう。指定された場所は、住宅街の一角の豪邸だった。
「さつきちゃんちをキレイにしたみたいな家ね」
と、吸血鬼の女の子を思い出した。
「彼女と違って本当に金持ちだぜ、ここの家の人は」
「なんか保証でもあるの?」
「そりゃあんた……」
「家事の手間を金で変えようってのは金持ちしかいないべさ」
聞きなれない声だった。声の方を見ると、一人の小さなかわいい小鬼がいた。茶色くて、目はくりくりしている。作業服を身につけて帽子をかぶっていた。
「おーす、ボブ」
と、にゃんぱちは小鬼に声をかけた。
「よう、にゃんぱち。……あんたが、にゃんぱちから紹介のあった人かな?」
「え。あ、そう。私が千本橋京子」
「俺はブラウニーのボブっちゅう。んじゃ、これ持っとくれ」
そう言ってボブは、私にモップと雑巾とバケツを投げ渡した。あわててキャッチする。
「なにやんの?」
「道具見て分かんねえかな」
とボブが言う。
「……この家の掃除?」
「ピンポン」
どうやら、このブラウニーは、この豪邸の掃除を任されていて、それを私に手伝わせたいということらしい。ボブは合鍵を取り出すと、門を開けた。
「じゃ、仕事やっつけるべえ。にゃんぱち、お前は帰れ。毛が落ちるから」
「はいはい。……んじゃキョーちゃん、がんばるにゃあ」
にゃんぱちはそう言うと、さっとその場から姿を消した。
「んじゃ、行くぞ」
と、ボブが歩き出すので、私はあわててその後を追う。
屋敷の中は、やけにだだっぴろかった。
「ここを掃除すんの?」
「そう」
「私はなにやりゃいいのよ」
「雑巾がけとモップがけだけでいい。丁寧にやってくれ。専門的なこたあ俺がやるから」
ボブはそう言うと、見取り図を渡してくれた。二階建ての建物の部屋ごとに番号が振ってある。
「その番号通りにやるのが効率的だ。無駄がない」
「オーケー」
私は、「1」と番号の振ってある、2階の端の部屋へと向かった。
しばらくの時が過ぎた。さすがに豪邸だけあってやたらとだたっぴろく、雑巾がけ、モップがけだけでも骨が折れる。いい加減、腰が痛くなってきた頃に――。
「おい、休憩にすべえ」
と、ボブの声がした。私はこれ幸いと、雑巾をバケツにかけて、ボブの声の方に向かった。ボブがいたのは、一階の台所だった。
「どうでえ、なかなかしんどいだろ」
「まあね」
広げられたお茶菓子の中からせんべえを選び取りながら、私は言った。
「でも、体の丈夫さには自身がある方だから」
「そりゃ結構だ。世の中、バカでも体さえ丈夫ならなんとかなるもんだ」
「どういう意味よ」
私はふくれた。……が、このボブというブラウニー、私と相性が悪くはない、と思う。試用とはいえ雇用主と雇われ人という間柄であるにも関わらず、こちらのフランクな言葉遣いをとがめてくる風もない。これはまあ、私にしては珍しくいける仕事の相手かも、と思った。
十五分ばかり休憩したあと、私たちは、再び仕事にかかった。
夕方の七時頃。私はやっと、館中の雑巾とモップをかけ終わった。体はもうクタクタである。
「まあ、合格点だな」
ボブは、私の掃除跡を見て言った。
「ぶきっちょの仕事だが、確かに馬力はあるようだし、真面目にはやったようだな。プロから見れば言いたいことはいくらでもあるが、まあ素人衆には分かるめえ」
どうやら、一応は褒めてくれているようである。
「どーも」
「んじゃあ、帰るぞ」
ボブの指示の元、私は、荷物を取りまとめ、屋敷を出た。屋敷から出た後、ボブは合鍵で門を施錠する。そして、作業服から財布を取り出し、
「んじゃあ、今日の分だ」
と、よれよれの一万円札を渡してきた。労働時間比でいえば悪くない対価といえた。
「ありがとう」
「仕事に金を払っただけだ、礼を言うほどのこっちゃねえ。お前さんがどうでもいい仕事をしてくれたおかげで、俺はもっとこめえ仕事をやれたしな」
ボブはそう言うと、
「じゃあの、また頼むわ」
と言って、背を翻し、歩き出した。どうやら、私の試用は合格だったということらしい。
「ねえ」
私は一万円札をしまいながら、
「なんだ?」
「あんた、ブラウニーだっけ? 掃除が生きがいなのよね?」
そんな話を、妖怪図鑑で読んだことがある。
「掃除は、好きさ」
「でも、確か、人が知らない間にタダでやるんじゃなかったっけ」
「昔はな。金になるなら、金をもらってやって欲しい奴にやってやるさ」
「そりゃそうか。……それにしても」
「なんだ?」
「あんたが私に一万円渡したってことは、家主はあんたにもっとだいぶ渡してるってことよね?」
「おめえは気を悪くするだろうが、そうなるな」
「お金って持ってる奴は持ってるのねえ」
「持ってる奴と持ってない奴がいねえようなら、金は意味がねえもんだ」
ボブはそう言うと、今度こそ本当に立ち去った。私も、こんなところに立ち尽くしている理由はないので、家に帰った。
「おかえりー、どうだったにゃ?」
家に帰ると、にゃんぱちが出迎えてくれた。
「まあ、今回は続きそうよ」
「そりゃ結構。感謝しろよ」
「まあ珍しく、あんたを飼ってた意味があったわ」
「そうだろう、そうだろう」
「ホレ」
私はかつおぶしを、にゃんぱちに投げ渡した。にゃんぱちは顔色を変えてかつおぶしにかぶりつく。一応は恩義にはそれなりには応えるタイプなのだ、私は。仕事の紹介者にかつおぶしをくれてやるぐらいはいいだろう。




