トレットメント家
さつき・トレットメントからメールが来た。この前、行き倒れたところを助けてやった吸血鬼の女の子である。メールには、
「この前はありがとうございました。お礼としてお食事をごちそうしたいので、よろしければ今晩私の家までおいでください」
と書いてあった。タダ飯とあらば特に断る理由もない。今日は特に用事もない。しかも、この前にゃんぱちが、
「吸血鬼の旧族は金持ちが多い」
と言っていた。普段ならとてもお目にかかれないようなごちそうをいただけるかもしれない。一も二もなく、
「オーケー、お邪魔します」
と返事をした。
そういうわけで、その日の夜、私はトレットメント家に向かった。山の手の高級住宅街の外れにある洋館である。もちろん、というわけでもないが、とりあえずにゃんぱちも一緒である。ペットの猫ちゃんも一緒に、と、さつきちゃんに言われたのだ。
「こりゃあ、豪壮なもんねえ」
と、私は館を見るなり言った。非常に豪奢な作りの大きな屋敷で、相当な旧家と見える。これならばごちそうの方も相当な期待が持てるだろう。
「にゃにが出てくるか楽しみですにゃー」
にゃんぱちも言った。私は、門のところにあるチャイムを鳴らした。ほどなく、チャイムに付属のスピーカーから、
「どちらさまですか?」
という声がする。例の吸血鬼ハーフ、さつきちゃんの声だった。
「私よ、千本橋京子」
「あ、今お迎えに出ます」
ガチャリという音がしてインターホンが切れた。少し経って、館の中からさつきちゃんが現れ、門が開いた。
「本日はお招きいただいてどうも」
と、私は会釈した。
「いえいえ。どうぞ、中にお入り下さい」
そう朗らかに言われ、私たちは館の中に案内された。館の中は、思っていたのとは少し違った。古びているのは、まあいい。汚いわけでもない。しかし、どうにも調度品が少ないのだ。つまり、この手の洋館であれば当然期待されるであろう、高級そうな絵画だの西洋鎧だの壺だのが飾っていないのだ。館の作りだけは立派で部屋もだだっぴろいものだから、いやに殺風景に見える。とはいえ、そんなことを言うのも悪いから、もちろん口には出さない。
さつきちゃんに案内されて、食堂へと着いた。食堂は、小奇麗ではあるが、その十メートル四方もらう部屋の大きさとは不釣り合いな、小さなテーブルがあるばかりである。私が家で使っている食卓用テーブルと同じような安物であった。
「私と父しか住んでいないので、大きなテーブルはいらないんですよ」
「お母さんは?」
「だいぶ前に死にました」
「あ……ごめん」
「いえ、いいんです」
と、さつきちゃんは笑った。
案内されるまま、食卓の席に座る。私とにゃんぱちは、食卓のテーブルを凝視した。なぜ? もちろん、そこにあるべき高級料理を観察したかったからである。ところが、もちろんというべきか期待は裏切られた。テーブルの上に並んでいるのは、大量のからあげ。どこかの回転寿司屋から取ったのであろうお寿司。あとはジュースやハンバーグ。もちろんどれも好物ではあるが、吸血鬼の純血種の家に招かれた時に期待するような内容のものではなかった。
「ガッカリさせちゃいました?」
「え? い、いや、その」
「ごまかすにゃよ、顔に出てたぞ」
そう言いながら、にゃんぱちは近場のからあげをほおばった。
「うちの経済状態ですと、これぐらいが限界で」
「……あんま、楽じゃないんだ?」
「父は昼間働けないので、夜間警備員ですし。あまり贅沢は」
「あ、そう」
日光に当たると死んでしまう純血吸血鬼では、なかなか昼間の仕事に就くのは難しいのだろう。
「ご先祖からの資産みたいにゃのはないのかにゃ?」
と、にゃんぱちが失礼なことを聞く。しかしながら、こんな家に住んでいる相手に対して持つ疑問としては、しごく当然なものではあるだろう。
「戦中戦後のどさくさとかでなくなっちゃったみたいですね。それでも、私が産まれる前ぐらいまでは切り崩しで食べていけてたみたいですけど」
「今は労働しないと食べていけないわけね」
「はい。なにしろ、食費の他に血を買うお金も必要ですから」
「血は、保険聞かないの?」
「吸血鬼ですから、効きますよ。それでも、余分な出費だしバカにはならないです」
「なるほど」
私はそう言いながら、近場の寿司をひょいとつかんで食べた。
「あなたも食べれば?」
「あ、はい」
そう言うと、さつきちゃんはからあげを一つ食べた。
「ねえ」
「はい」
「からあげも平気なの? にんにく効いてるけど」
「あ、はい。日光と十字架とにんにくは平気です」
「ふーん。……それだと、吸血鬼としての能力の方も」
「あんまり残ってないですね。吸血と怪力ぐらいで。霧やこうもりにはなれないですし」
「パパさんは出来るのかにゃ?」
「出来ますよ。もっとも、その代わりに昼間は動けないし、川には近づけないし、正直本人はメリット・デメリットが釣り合ってないって愚痴ってます」
「そりゃ大変だ」
私はそう言って、からあげを噛んだ。
それほど裕福でないなりの歓待を三時間ばかり受けたあと、私とにゃんぱちは、トレットメント家を後にした。さつきちゃんには、
「また、遊んでくださいね」
と言われた。特に悪い子じゃない、暇さえあればそうしよう。
「……しかし」
帰りの夜道を歩きながら、私は言った。
「どこの誰よ、吸血鬼の純粋種は金持ちだって言ったのは」
「絶対とは言ってないし保証もしてにゃいよ」
「あんたが変な期待を持たせるから、さつきちゃんに悪かったでしょ。料理出たときにガッカリしちゃって」
「そりゃあんたがいい歳して表情隠せないのが悪い」
「あんですって」
私はにゃんぱちの尻尾をつかみ、空中に吊り上げた。
「にゃにすんだよー」
「ご主人さまに逆らったおしおきよ」
そう言って私は、にゃんぱちの脇の下をくすぐった。にゃんぱちの苦しい笑い声が、夜道に響いた。




