私が選んだ人
黒木が倒されてからの菫目線です。
もう駄目だと思って助けを求める為に呼んだのは薫君だった。
多分、私の鞄の中の集音器から私の状況は聞いていたと思う。
黒木先生がトイレのドアを壊そうとしたときにドサリという鈍い音がした。
ドアの向こうで何が起こっているのか分からない。私はドアの前でへたり込んでいた。
やがて、私は薫君の聞き慣れた声を聞く事が出来た。
「菫!!」
「かおちゃん!!」
言いたい事はたくさんある。けれども自分の口から出た言葉はかおちゃんだけだった。
「すう、もう終わったから、ドアを開けてくれないか?」
薫君に促されて、私はトイレの鍵を解錠してドアを開ける。
ドアを開けると、息を整えているけれども額に汗を書いている薫君がいる。
今、自分がどんな表情をしているか分からないけれども、私を見た薫君はハッと息を飲んでから私をきつく抱き締めた。
薫君の胸元に顔を埋める形になって私は凄くドキドキする。
私の為に走ってきてくれた薫君の鼓動も私と同じように早いリズムを刻んでいる。
「大丈夫。ずっと側にいるから。よく一人で頑張ったな。いい子だ」
大きくて温かい手が私を背中を宥めるようにゆっくりとさすってくれる。
やがて落ち着いてきた私に一気に恐怖が襲いかかってくる。
怖かった。どうしてこうなったのか?何で私なのか?なぜ先生なのか?何を言っていいのか分からなくて、涙しか出てこない。
「うわあああん!!」
何年振りか覚えていないけど、私は声を出して泣き始めた。
本当は、泣きたくなんかない。けれども……どうすれば泣き止む事が出来るのか……その方法すら分からない。
そんな私にとても優しく大丈夫だよって、薫君は魔法の呪文のように囁き続けてくれる。
薫君がそばにいるから大丈夫って言っていた自分が、ただの強がりだった事が分かった。
今みたいな時に、一人じゃ何も出来なくて誰かに頼ってしまうのも悔しかった。
「すう?落ち着いたかい?」
やがて泣き止んだ私に薫君が聞いてくる。
「うん。ごめんね、もう大丈夫。シャツが汚れちゃったね。先生は?」
「シャツなんか気にするなよ。黒木は弥生が連行したよ。すうにも事情が聞きたいから俺と一緒に来るようにって言っていたから、俺と一緒に行こうな?」
「うん、分かった。薫君がいるのなら一緒に行く」
「いいよ。菫が望む通りに」
私をきつく抱きしめていた腕が緩んでいく。
「あっ、打ち上げ!!」
「それは……メール見たら?葉月からメール来ていると思うぞ」
薫君に言われてメールを見る。メールがたくさん届いている。
最初は、はっちゃんからのメール。打ち上げが明日に変わった事と怪我はないか不安だと書かれていた。
「メール返すか?」
「ううん。電話する」
私は、はっちゃんに通話したいのだけども、指が震えてかけることができない。
私の代わりに、薫君がかけてくれた。
「すう?大丈夫?」
「うん……もう少ししたら、警察に行ってくる」
「うん、そうだね。私も徹達と行くけれども、すうは薫さんと一緒に行くんだよ」
「ありがとう。心配掛けてごめんね」
私がそう言うと、すうが無事で良かった!!とか無理するなよ!!って声が聞こえた。
「ねえ、今どこにいるの?」
「カラオケ。でも、打ち上げはしていないからね。今はすうを守る会の決起集会中。薫さんに代わって貰ってもいい?」
私は薫君にスマホを渡す。はっちゃんと何かを話した後に、私にスマホが戻ることなく通話が終わったようだ。
「薫君?」
自分がそうしていいのか分からなくて、薫君を呼ぶ。
薫君の左腕が私のウエストを捉えて引き寄せる。薫君の体の横にぴったりとくっついてしまった。人間の体って面白いね。上手くできているものだなと感心する。
「リビングに行こうか。あそこも荒らされているけど。俺、もうここにはいたくないからさ」
「うん、分かった」
私が頷くと薫君は私をお姫様抱っこして2階から1階のリビングを目指す。
「ちゃんと捕まってなよ。危ないから」
「うん。何か……家の中、ぐちゃぐちゃ?」
「それなりに。これからの事については弥生が絡んでくるから。とりあえず、弥生が鑑識さんとか連れて来るから現場検証をしないといけない」
現場検証か……ドラマみたいなのかな?
「それが終わったらスーツケースにすうの服を入れたり、必要なものを支度して荷物……うーん、ばあちゃんの家かな。俺の家には徹がいるしな」
「そっか。防犯対策の窓割られちゃっているね。修理頼まないといけないね」
「だろう?だから、ばあちゃんの家で暫く暮らせるか?」
「美枝さんがいいって言うかな?いいのならお願いしたいな」
「大丈夫さ。それと弁護士さんの方は親父に手配を頼んだから。お前が矢面に立たないようになるべくするけど、暫く我慢してくれな」
「うん、分かった。本当に終わったんだね?」
私は薫君に確認を取る。
「裁判が終わるまでとなると、まだまだこれからだけどもな。黒木が菫の前に現れる事はもう確実に無くなる。安心しろ」
薫君がそう言ってくれた途端、私の体が震えだす。
「大丈夫。一ヶ月ずっと気を張っていたからだ。早いうちにカウンセリングを受けれるようにしような」
私は頷く。皆には言わなかったけれどもずっと怖かった。
言いたかったけど言う事が出来なかった。
「ごめんな。菫。菫にばかり負担がかかって」
「大丈夫。ほらっ、集音器があったから私は助かったんだよ」
これ以上、薫君を心配させたくないから、口角を上げようとするけど上手くいかない。
「無理にしないでくれ。それと良く覚えていたな。イタリア語」
「うん、一ヶ月あったらドイツ語とフランス語だと分かるかもしれないって思ったから」
私がそう言うと、薫君は大きな手で私の頭を撫でる。
「それに、一人じゃないって分かっていたよ。私」
私がそう言うと、薫君が私の薫君の膝の上にのせて、私を抱き締めた。
「俺が菫を一人に出来ないよ。俺も怖かった。本当だよ」
「ずっと……菫の側にいてくれるの?」
「あぁ、いる。それを菫が望むのなら、ずっと一緒にいよう」
それって……薫君の彼女って意味でいいのかな?
そんなに都合よく解釈しちゃってもいいのかな?
私は恐る恐る腕を薫君の背中に回して抱きついた。
「それって……どういう意味なの?」
「好きだよ。すう。誰よりも愛している」
耳元で私に囁きかけて来る。好き……本当に信じてもいいの?
「本当に?菫の事?」
「ああ。そうだよ。菫、大好きだよ」
そう言うと私の額に薫君がキスをした。
「私も、薫君が好き」
私は背中に回している腕の力を強める。
「なあ、菫そうやって抱きしめてくれるのは嬉しんだけどさ。俺としては菫の顔を見ていたい。顔を上げてくれないか?」
私は恐る恐る顔を上げると、満面の笑みを貼り付けた薫君がいる。
さっきまでの事がまるでなかったかの様に。
薫君ってそんな人だったなと内心思った。
「なあ、おじさんや親父達がいいって言ったらだけど……」
「うん」
「菫が16歳になったら結婚しようか?お前をこの家に一人にさせたくないから」
「いいの?薫君は?もっといい人がいるかもしれないよ?」
「他の人なんていらない。菫一人がいれば。菫は?俺は嫌?」
「嫌じゃないよ。そうじゃなくって」
薫君は首を傾げている。その姿も様になるなあって考えてしまっている私は相当薫君の事が好きなのだと思う。
「ついさっき想いを打ち明けたのに、プロポーズだったから。嬉しいよ。でも……」
私はそう言うと俯いた。すぐに結婚じゃなくても恋人でいてもいい様な気がして……。
「俺達は互いの事を十分すぎるほど知っているから、あえて結婚でもいいかと思った」
「でも……それでいいの?」
それでもやっぱり、不安になる。薫君は頭いいし、かっこいいし、年上だし。
「夫婦なら一緒に暮らしても誰にも文句は言われない。学生の間は妊娠だけしなければ問題はないだろう?それに俺が相手ならすうの両親だって反対はしないと思うぜ?」
「うーん、そうかもしれないけど……」
やっぱり、考えてしまう。こんなにおいしいポジションでいいのだろうか?
「もっとシンプルに考えて。俺が好きだろ?一緒にいたいだろ?だから一緒になるだけだ。菫に変な眼が向かないようにするから、安心して嫁に来い。結婚しよう」
そう言うと、薫君の顔が近付いてくる。私は咄嗟に目を閉じた。
「菫、無防備過ぎ。俺の前だったら許すけど、徹の前ではしちゃダメだぞ」
軽くデコピンをされた後、唇にそっとキスしてくれた。
「これから俺と恋をしよう。恋をしながら夫婦になっていこう。それもいいだろ?」
さっきまであんなに悩んでいたのに、薫君に言われてそれでもいいかなって思えてきた。
恋する女の子はどうやら現金な仕様のようだと痛感するのだった。
最後は取り残された徹から見たその後になります。




