菫が手を伸ばした人
最終章になります。まずは薫です。
弟たちとの待ち合わせまでは後15分位だろうか?それまでにはある程度終わらせておきたい、弥生との通話の後に親父の携帯に電話をかける。今の時間ならワンコールで出るだろう。
「どうした?薫」
「あのさ、マスコミ規制って頼んでもいいかな」
一瞬の沈黙すら勿体無い。俺は依頼する側。文句は言えない。
「で、お前はこれから何をする?」
「菫を無傷な状態で救出して、黒木を現行犯逮捕する。それだけ」
「そうか、そこまでいったか。分かった。学園の方はこっちでやっておく。菫ちゃんのプライバシーも保障しよう。後は……分かっているか?」
「もちろん分かっているよ。それじゃあよろしく」
俺は、通話を止めて走り出す。黒木が菫の部屋に入り込んだ様だ。
俺は、音をたてないように指紋認証のドアから家に入り込む。
菫の部屋からは玄関のドアは見えない設計になっている。
「思った割にくひひ……楽しませてくれそうだな。菫……いるんだろう?」
2階から黒木の声が漏れてくる。菫の下着でも漁っているのだろうか?
そんな事が頭に過り、ギリリと思わず歯ぎしりをした。
流石に過剰防衛で殺す事まではしないつもりだったが、今の行動で黒木を無傷で引き渡すつもりだった俺の意思は完全に消えた。
弥生の時に、流石に懲りたと思ったのだが、それはどうやら逆に作用していたようだ。
俺と弥生に対しての逆恨みが菫に向かった事に対しての申し訳なさと悔しさと怒りがごちゃまぜになってしまう。
スマホが震えだして、着信を告げる。相手は弥生だ。
「今どこ?」
「すうの家。すうが黒木に見つかるのは時間の問題だけどな」
「そう」
暫く弥生は考えてから俺に聞いてくる。
「合気道続けている?」
「たまにね。昇段試験受けてないから初段のままだがな」
「受けてないんじゃなくて自称3段位ってことね。今の話は聞いてない事にする。黒木が持っているのが刃物程度なら平気よね」
「まあ、何とかしましょうか」
「私達が到着する前ならなんとかして。過剰防衛にならない程度なら何やってもいいわよ」
「現役の警察官から言質を頂いたので、心置きなくやれるってことだな」
「薫……菫の前でその本性は見せない方がいいわよ」
「弥生に言われたくない。俺はほぼ素人だから分かっているだろ?」
「そうね。なるべく早く現場に行けるようにするから。まもでも行かせる?」
「嫌、あいつは徹と一緒だ。その前に終わらせる」
「全く、伝わり辛い愛情だこと」
「うるせえ。今は弥生だけが頼りなのが、分かっているのか?」
「分かっているわよ。薫がロリなこと位ね」
「俺は菫だけだ。誰でもいいわけじゃない。切るぞ」
「はいはい」
弥生は苦笑しながら通話を切った。どうも、弥生にしてやられた感がなくもない。
弥生も菫に対して罪悪感があるのだろうか?あの時、黒木をストーカーとして被害届を出していたのなら……。
考えても、今になるとどうにもならない事なので、それ以上その事について考える事はやめた。
あの事がここまで大きくなるとも考えていなかった。
弥生の周辺を調べて菫本人にいきついたのか、それが分からない。
俺としては、そんな事ではなくて、単なる偶然出会って欲しい。
黒木を捕まえた後に弥生がしっかりと調べ上げてくれるだろう。
菫は今日の打ち上げを楽しみにしていたが、この事件で確実に行けなくなるだろう。
打ち上げの件は、キャンセルするならキャンセルチャージを持つから明日に変えられるだろうか。学園の事だから、明日は一斉休校になるだろう。
パーティールームのキャンセルチャージ代金位、俺が出してやる。
菫の楽しみを黒木の為に取りあげてしまうのだけが俺はとにかく嫌だった。
俺は葉月に今から怒る事に関してのメールを送る。皆に全てを明かして皆で決めてから解答するようにと。
何気なく、高等部のクラス割は学力別だ。必然的に見慣れたメンバーになるのはお約束だ。今年は珍しく幼稚園からの繰り上がり組が全員A組だと聞いている。
そんなメンバーなら今日の打ち上げを明日に変更してくれるだろう。
それに仕切りが徹でなく、葉月なのでしっかりと仕切ってくれるはずだ。
俺は足音を立てずに、真っすぐ浴室に向かう。菫太隠れているのは何度の隣のトイレだ。
あそこは一見すると、見落とされる可能性もあるが、あそこだけが唯一の2重ロックになっている。浴室の入り口のドアは開いている。俺は様子を伺うと、何やら工具を手にしている黒木がいた。
「本当にこの家はセキュリティーが凄いものだ。仕方ない。ドアを外そうねえ。菫……いい事をして遊ぼうね」
そのセリフを聞いて一気に背筋が冷える。こいつは本当に狂っている。
そんな時、菫の叫び声がした。それは恐らく黒木には分からない。
菫はイタリア語で助けて!!と叫んでいる。アレは俺を選んだと捉えてもいいのだろうか?菫、俺に手を取るって解釈していいのか?
勝算は……正直に言うとなかったのだが、菫の決断を聞いて、怯んだ黒木の背後に近寄り、躊躇うことなく持っている工具を落す為に手刀をかざす。
黒木の手に持っていたドライバーがゴトッと音を立てて落ちた。
俺に向かってくる黒木の横っ腹を一突きしてから、首に手刀をかざす。
ドサリと大きな音を立てて黒木は意識を手放したようだ。
俺は手首を簡単に拘束して、菫が籠っているトイレの前に立った。
「菫!!」
「かおちゃん!!」
俺を呼ぶその声は泣き声に変わっている。そりゃそうだよな。怖かったよな。
「すう、もう終わったから。ドアを開けてくれないか?」
菫は俺の言うとおりにドアを開ける。そこには真っ青な表情の菫が茫然と立っていた。
俺は何も言わずに菫を抱き寄せた。
「大丈夫。ずっとそばにいるから。よく一人で頑張ったな」
背中をゆっくりとさすってやると菫は俺の胸に顔を埋めて泣き出した。
「うわああん!!」
「うん。怖かったな。もう大丈夫。すうを一人にしないよ」
「本当に?ぐすっ……。ずっと菫といるの?」
涙でぐしゃぐしゃな顔を上げて俺を見つめている。俺は菫の涙を指で拭い、ゆっくりと頭を撫でる。
「ああ。いるよ。一緒にいよう。菫がそれを望むのなら」
菫の腕が恐る恐る俺の背中に回ってギュッと抱きしめた。
「それって?かおちゃん……」
「すうがいいのなら、11月のすうの誕生日に結婚しようか?俺の奥さんは嫌かい?」
「……嫌じゃない。かおちゃんの意地悪」
「意地悪か。しかたないだろ?男ってのは、好きな子には意地悪をしたくなるもんなんだよ」
俺も菫の震える体を力を込めて抱きしめる。冷え切った菫の体が俺の体温で温まるように。
「ふうん、分かった気がする。少しだけ」
「そっか。こんな時に言う事じゃないけど、俺と結婚して下さい」
俺は菫の耳元で囁いてから、つむじに音を立ててキスを一つ落とした。
次は菫です。




