34 【悲報】悪逆値0%。今日からビジネス悪役令嬢を始めます
翌日、フランチェスカは、お昼休みになると足早に学園の中庭に向かった。
もちろん、本来の主役であるアネット男爵令嬢の状態を確認するためだ。
「……お、ターゲット発見」
中庭の植え込みの陰に素早く身を隠すと、フランチェスカは持参したオペラグラスを手に、「市場調査」を早速開始する。
視線の先には、原作通りの儚げな桃色の髪の可憐な少女。
「あ、あの……アネットさん、良ければ今度お茶でも……」
彼女は男貴族たちに囲まれてオロオロと困ったように微笑んでいた。
(うんうん、これぞ守ってあげたくなる王道ヒロイン。覇王化したレオンハルト様たちを癒やせるのは彼女しかいな……)
アネットは一瞬、完全に固まった。
そして、ワンテンポ遅れて、まるでマニュアルを音読するように——
「あ、ありがとう、ございます。でも、わたし、身分が、低い、ですから……」
と、感情が1ミリもこもっていない、棒読みの機械音声みたいな声で断った。
(ボカロかと思ったわーー!!)
フランチェスカは心で叫びながら、オペラグラスを握る手を震わせた。
(完全に想定外の問い合わせでFAQを読み上げるコール担当じゃない! 営業スマイルのメッキが剥がれてるわ……有給消化レベルよ!)
その時、廊下の向こうからレオンハルトが歩いてくるのが見えた。
途端に、アネットの肩がぴくっと小刻みに震えた。
(ん? 何だか様子がおかしいわね)
アネットは視線を泳がせながら、何か言いたげに口を開こうとして閉じる。そのまま唇を噛み、徹底的に作り込まれた営業スマイルを浮かべた。
けれど、目だけが完全に死んでいる。
あの目をフランチェスカは知っていた。前世で、理不尽な追加業務を押し付けられた日の、自分の目だ。
「あっ!」
アネットが手を滑らせて、教科書を地面にばら撒いてしまった。
「アネットさん、大丈夫?」
周囲の男貴族たちが、一瞬だけ教科書を拾うために全員視線を落とした、その刹那。
アネットは誰にも聞こえないくらい小さな声で、ボソリと呟いた。
「……無理」
前世、お局の陰口を聞き逃さないために鍛え上げた社畜の読唇術が、彼女の呟きを完全に見切った。
(あの目の死に方……ただのぶりっ子じゃない。締め切り直前の徹夜明けの顔よ……!)
直後、アネットは何事もなかったかのように、いつもの儚げな王道ヒロインの表情に戻る。
レオンハルトはアネットたちへ一瞥をくれただけで、そのまま生徒会棟へ歩き去っていった。
アネットはその後ろ姿を見送ると、「……また間に合わなかった……」と小さく唇を動かし、生徒会室を険しい目で見つめた。
(あの波動……知ってる。限界社畜の波動だわ)
フランチェスカはハッとした。
「あの子……まさか、メンタル病んでる……!?」
ライバルというより労災の匂いしかしない。
「……駄目よ、ヒロインちゃんに今倒れられたら、私の悪役令嬢計画が完全倒産するわ! まずは保健室案件よ!」
◇◇◇
鐘が鳴り、フランチェスカは教室へ戻るため廊下へ出た。
「ヒロインちゃんも心配だけど……はあ、バグが山積みじゃない、このクソゲー……」
重い足取りで歩いていると、ふと廊下に掛けてある姿見の鏡に、自分の顔が映り込んでいるのに気づき、足を止めた。
頭を抱えて険しい顔をしていた自分を映す鏡の前で、フランチェスカは両頬をパンと叩いて意識的に目をキリッと吊り上げた。
「……うん、悪役令嬢の顔、できてるじゃない」
呟きながら、扇子をバサァッと優雅に広げる。
「あのループに戻るくらいなら、力技で軌道修正するしかないわ」
フランチェスカの炎のような赤い髪が揺れた。
「好感度がバグでカンストしてるなら——私の手で叩き落としてみせる」
ニヤリと唇の端を吊り上げると、鏡に映る顔はさらに凄みを増した。
「……今日から私は、生き残りをかけた【ビジネス悪役令嬢】よ! 嫌われまくってやるわ!」
そう、鏡に向かって意気込んだ瞬間、目の前に再びシステム画面がポップアップした。
ピコンッ!
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ミッション更新
【悪逆値】
現在:0%
目標:100%
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「ゼロスタートなのォォォォ!? 仕様が厳しすぎるでしょーーーっ!?」
こうして、チェスカの絶対に嫌われなければならない「ビジネス悪役業務」の幕が上がった。
しかし、彼女の仕掛ける嫌がらせが、男たちにとっては「最高のご褒美」になることを、彼女はまだ知らない——




