33 バグ監査報告書:推し三名、全員バグってます
フランチェスカは学校から帰ると、寮の自室のベッドの上で真っ白な灰になって倒れ伏していた。
「……ハロー、コンプラ室。息してる?」
伸ばした右手に「生徒会強制内定」を意味する紋章がくっきりと刻まれている。それを見つめながら、フランチェスカは更に絶望した。
「前世のブラック企業でも『内定承諾書出すまで解放しない圧迫面接』はあったけど……こっちは物理で拘束されたわ……」
フランチェスカの脳裏に朝のドリフト逃走劇が、走馬灯のように蘇る。
『……ちなみに、自動追尾機能つき』
『ふふ。ロープワークには自信があるんです』
『トップとして労働環境は保証する』
──悪夢のような声が順番に蘇り、「ははは」とフランチェスカは乾いた笑いをもらした。
「その『保証する』が一番怖いのよ……」
今日は初登校だった。
なのに体感は、完全に四十時間残業明けである。
「おかしい……何が起きてるの……」
目を閉じたつもりはなかった。
けれど、意識が強制シャットダウンするようにぶつりと切れた。
◇◇◇
『ようこそ、新入社員フランチェスカ君』
気づいたら、スーツに眼鏡の8K限界突破美形社長、レオンハルトが目の前にいた。
『違います……って、え? レオンハルト様!? まさかのスーツ姿尊い……って、はっ!!』
よく見たら、フランチェスカ自身もリクルートスーツに身を包み、手元には会社案内書類を持っていた。
『……こ、この内容は!!』
社名:王立学園生徒会
業種:王宮直轄ブラック営業事務
福利厚生:不明
有給:存在しない
内定辞退:不可
契約書:フォントサイズ1
採用担当:天才魔導士(追尾機能付き)
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【クチコミ】王立学園生徒会(王宮直轄)
評価:★☆☆☆☆(1.0)
投稿者:元モブ・10代女性
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【良い点】
・顔だけは王宮品質。
【悪い点】
・契約書が自動追尾してきます。
・内定辞退できません。
・拘束用ロープ完備。
・おすすめしません。
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『本日から君は終身雇用だ』
レオンハルト社長が覇王のオーラで笑みを浮かべている。
——圧迫面接だ。試されている。負けたら終わりだ。
フランチェスカの背筋に冷たいものが走る。
『結構です』
『部署は生徒会』
『お断りします』
断固拒否を貫くフランチェスカの前に、スーツ姿の顔面天才美少年ノアがふわりと現れた。
『……妖精がリクルートスーツ着てる。夢って便利ね』
『契約書は自動追尾です。辞退出来ません』
『では入社式を始めます』
『ひっ!!』
背後から突然、気配もなく甘い美声がかけられた。
振り向くと、神々しい笑顔で微笑む、同じくスーツ姿のセドリックがそこにいた。手に持つロープが異様に似合っている。
『――ふふ、ご安心ください。痛くしませんから』
『ちょっと待って! 星1です。二度と応募しません……というか』
書類を持つ手が震える。クシャッと書類の端に皺が走った。
――ガバッとフランチェスカは体を起こす。
「そもそも応募してないわ!!」
肩で息をしながら、辺りを見回す。学校の寮の自室だった。当然、生徒会メンバーはいない。
「……はぁ、はぁ、夢……? 恐ろしく現実感があったわ……いや、八割は現実か?」
髪を整えながら、恐る恐る右手を見る。
生徒会強制内定の紋章だけが、きらりと光った。
「……二割だけ夢だったわね」
現実は十分すぎるほど悪夢だった。
フランチェスカはずるずると机まで這い寄る。
「落ち着け、まずは現状分析だわ。社畜の基本よね」
引き出しからノートを引っ張り出すと、早速原作ゲームのシナリオと現状と比較を書き出した。
「まずは……」
バンッ!!
【バグ監査報告書】
ノートの中央にそう書くと、フランチェスカはペンを弄びながら思案する。
レオンハルト
【原作】暗殺イベントほいほいの超過勤務王子 。
【現実】デトックス粥と健康茶の与えすぎで暗殺者を1秒でハエ叩きする「物理最強の覇王」。
ノア
【原作】孤高で冷徹な天才魔導士
【現実】語呂合わせ文通のしすぎで才能をフランチェスカ捕縛に全振りする「妖精魔王」。
セドリック
【原作】全方位に優しい光の神子
【現実】クッキーで胃袋を掴まれチェスカ監禁スキルを磨く「隠れヤンデレ聖騎士」。
最後まで書き終わると、フランチェスカは目を座らせたまま、ノートをパタンと閉じる。
「監査結果……全員バグってるわ。原因は六年前に良かれと思ってやった私のホワイト改善活動……そう、全部私のせいだ……!」
良質なクッキーや有給を支給した結果、推したちのパラメータが「愛の重さ」も含めてカンストし、ヒロインの入る隙間が1ミクロンもなくなってしまった。
「詰んだ!! 善行の代償がこれ!? 運営ブラックすぎるでしょ!!」
フランチェスカが絶望した瞬間、室内のランプがパチパチと明滅した。
「今度は何よーー!!」
頭を抱えてのたうち回っていると、ピコンッ! という不穏な電子音と同時に、目の前へ「白い光」がポップアップした。
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システムメッセージ:エラーコード505
世界線の因果率が偏りすぎています。
対象(代替悪役令嬢:フランチェスカ)の【悪逆値】が著しく不足しているため、このまま進行するとメインシナリオが正常に再生されません。
※重大なバグとして処理され、
代理悪役令嬢配属前の世界線へ強制リブートされる可能性があります。
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「え……? リブート先って?」
フランチェスカがシステム画面を見つめると、白い文字がふっと書き換わる。
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リブート先
代理悪役令嬢配属前の世界線
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「つまり爆死モブループのクラリス時代じゃないのォォォ!!」
フランチェスカは光るシステムに向かって抗議の叫びをあげながら髪をかきむしった。
「悪逆値!? 冗談じゃないわよ! あの地獄の三日間に逆戻りなんて絶対にお断りよ!!」
フランチェスカは額をおさえながら脳内でぐるぐると思考する。
(……つまり、悪逆値を上げて、ちゃんと嫌われる悪役令嬢になって、原作通り断罪されろってこと!?)
バンッと、机を叩いて立ち上がる。
「やっと六年かけて学園本編まで来たのよ! またクラリス時代のあの三日間に巻き戻るなんて絶っ対嫌!」
フランチェスカは顔をあげて、いつの間にか消えたシステム画面があった空間を見据える。
「決めたわ」
……数秒。
フランチェスカは深く息を吐いた。
「敵を知れば百戦危うからず。明日はまずは原作ヒロインの動向を調査するわ!」
ビシィッと月へ向かって指を突きつけた。
◇◇◇
——だが、その頃。
中庭では、月の光に照らされながら桃色の髪の少女が静かに生徒会室の窓を見上げていた。
「……また遅れた」
小さく呟いたその声は、誰にも届かないまま、夜の闇に溶けていった。




