32 【悲報】ホワイト企業を目指した悪役令嬢、入学初日にブラック部署へ強制内定
朝日が眩しい。どうやらカーテンを閉めずに眠ってしまったようだ。
フランチェスカはゆっくりと瞼を上げた。見慣れない天井が視界に入る。
(……そうだ、今日から寮生活だった)
欠伸を噛み殺しながら起き上がると、まだ重たい瞼をこすりながら、フランチェスカは学校へ行くための支度を始めた。
鏡の前に座ると、そこには少しクセのある赤い髪に、意志の強そうなつり目の少女が映る。
「よし、今日も立派な悪役令嬢顔だわ」
フランチェスカはぐっと拳を握った。
「今日も一日、悪役令嬢として品格ある嫌がらせを頑張るぞい!」
鼻息あらく、気合いをいれたが、ふと昨日の「覇王レオンハルト(無傷・フルコンプ)」「聖人セドリック(ロープワーク発言)」を思い出し、頭痛を覚えた。
「あー、やっぱり、今日の目標は『NPCエコモード(背景)』に徹すること。目立たず、騒がず、空気のように……」
そんな願いは、校門をくぐった直後に破壊されるとも知らずに、フランチェスカは小さくなりながら、学校へ向かった。
◇◇◇
登校時間の校門前に近づくと、生徒たちが挨拶を交わしながら一定の速度で川の流れのように校舎へ吸い込まれていくのが見える。
(よし、今なら覇王も聖人もいない!)
辺りを確認しながら、フランチェスカもその人の流れに乗って歩いていると、校門を過ぎた瞬間、聞き覚えのある美声に呼び止められた。
「084」
「……ん?」
振り返ると、青みがかった黒髪がさらりと揺れた。うれしそうな藍色の目とばちりと視線が合った。
「久しぶり、フランチェスカ。会いたかった」
(天才美魔導士ノア様キターーー!!)
フランチェスカは推しの眩しさと、驚きで心臓が異常拍動し、朝っぱらから倒れそうにくらくらしていた。
「ねぇ、これ書いたの、フランチェスカでしょう?」
ノアは、固まったままのフランチェスカの目の前に、昨日生徒会室で添削した『予算審議書』をすっと、差し出した。
「え、あ、はい。ちょっと書類を整理しただけですけど……」
「……ちょっと、じゃない。これ、三日かかってた魔力計算が、一秒になった。……やっぱり、君はボクの妖精」
ノアはそっと、フランチェスカの手を取った。
と、同時にノアの前に、怪しく光る羊皮紙が浮かび上がった。
「あのー、ノア様? つかぬ事をお伺いしますが、それ、何ですの? とてつもなく嫌な予感がするのですが……?」
「魔法契約書。『生徒会配属』が確定する絶対契約……」
「ひっ! 拒否権は!? 検討時間もありませんの!?」
慌ててその場から逃げようとしたフランチェスカへ、フワフワと浮いた契約書が、まるで意思を持った肉食獣のように、その指先をめがけて猛スピードで飛んでくる!
「何ですのこれぇぇぇ!?」
フランチェスカは旋風を巻き起こしながら、全速力で走った。
「……ちなみに、自動追尾機能つき」
「嫌ぁぁぁぁぁ!! 天才の才能をそんな『就職活動の詐欺サークル』みたいなことに使わないでーーー!!」
爆速で走るフランチェスカを契約書はまるで生き物のように追いかけて来た。
チェスカが廊下の角を90度ドリフトでキキッと曲がれば、契約書も空間の慣性を無視してカカカッと直角に曲がる。
「ひぃっ! 追尾性能が高すぎる! 米軍の最新ミサイルか何かなの!?」
(くっ! 迎え撃つしかない!)
フランチェスカは歴戦の戦士のような顔で廊下の影へ隠れて避ける。その瞬間、目の前を契約書が通ると、片手で引っ掴み、契約書を窓から外へ投げ捨てた。瞬時に窓を閉める。
「よし! ……じゃない!」
が、契約書はブーメランのように別の窓の隙間から戻ってくる。
「ぎゃぁぁ! 物理法則どこ行ったのよ!?」
フランチェスカは必死に逃げ回りながら、廊下の突き当たりにある、頑丈そうな部屋の扉を目がけて走った。飛び込むと同時にバンッと、勢いよく扉を閉める。
「はぁ、はぁ……勝った……!」
勝利を確信して胸を撫でおろした瞬間、頭上から涼やかな声が降ってきた。
「ああ、無事に着荷デリバリーしたようですね」
「……へ?」
ゆっくりと顔を上げると、そこには、神々しい聖人バフスマイルで輝いたセドリックがいる。
「ひっ! 眩しっ! 目が! 目がァ!」
そこは——よりによって、一番逃げ込んではいけない場所。『生徒会室』のど真ん中だった。
目をおさえながら膝から崩れたフランチェスカの横に、サラサラの黒髪を揺らしたノアが涼しい顔で立つと、指先で契約書をキャッチした。
「動く対象の移動速度と心拍数を逆算して追尾魔術の出力を最適化したんだ。うん、設計通りだ」
そう言って、善意100%の笑顔を浮かべる。
「ノ、ノア様!? いつの間に!?」
「来てくれて嬉しいよ、チェスカ。歓迎する」
「レオンハルト様!?」
豪奢な生徒会長の席にレオンハルトが王者の風格で座り、その横に立つのは、聖騎士の神聖バフでキラキラと輝く笑顔のセドリックだ。
「レオンハルト様、いいよね?」
ノアがそう言うと、レオンハルトは一度だけフランチェスカを見つめ、小さく笑った。
「ああ、ノアがここまで人を認めるのは初めてだな。……よし、フランチェスカ。本日付けで君を我が生徒会へ強制内定とする」
驚愕するフランチェスカをよそに、二人の間で謎の了承が取られている。
「内定辞退しますぅぅぅ!!」
フランチェスカは両手で大きくバツを作り、全力で拒否表示をした。
「ちょっと、待ってくださる!? 大体、なんでホワイト企業(原作)を目指して転職活動中の私が、入学初日から生徒会なんていう最大手のブラック部署に……ひぇっ!?」
気づいたら、フランチェスカの右足に、頑丈なロープが絡まっていた。
ロープの先を目線で辿ると、セドリックが聖人スマイルを浮かべている。
「ふふ。言ったでしょう? ロープワークには自信があるんです」
「ひぃぃっ! 圧迫面接(物理)!? コンプラはどうなってるの!?」
「安心するといい、フランチェスカ。君の理想とする完璧なホワイト労働環境は、この俺が保証する。だから、ずっと俺の隣で支えてほしい」
「その『アットホームな職場です』みたいな耳触りのいい言い回し、いちばん信用なりませんのよ殿下!! サビ残は嫌ですわーーー!!」
パニックになるフランチェスカの目の前に、契約書がふわりと浮かび上がる。
「字、小っちゃ!!」
ぱっと見は普通の契約書。しかし拡大してみれば、フォントサイズ1級の極小文字で不利な条件がぎっしりと並んでいた。拒否不可、有給ゼロ、終身拘束――まさにブラック企業の契約書だ。
「こんなの労基が黙ってないわ!」
フランチェスカがそれを破り捨てようとした瞬間、三方から影が差した。
「破棄しても魔導サーバーに自動バックアップされるよ」
「今すぐクラウド保存やめて!!」
「我が生徒会には、君の内政能力が必要なんだ。……君しかいない」
レオンハルトが8K限界突破ロイヤルスマイルを浮かべる。
「大丈夫ですよ、僕もしっかり『サポート(物理)』しますから」
セドリックは聖人バフを撒き散らしながらロープをいじった。
「嫌ァァァァ!! 圧迫面接じゃなくて包囲殲滅戦じゃないのォォ!!」
フランチェスカが必死に契約書をはたき落とそうとした、その瞬間。羊皮紙がまばゆい光となってフランチェスカの右手首に溶け込み、小さな魔法印を残して消えた。
「……」
フランチェスカは燃え尽きた。
「…………終わった」
真っ白な灰に燃え尽きていた。
「………………私の定時退勤人生が、終わった」
天を仰いだ瞬間、目の前に例の不穏な白い光システムメッセージが浮かび上がる。
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システムメッセージ
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404 ERROR :悪役令嬢が見つかりません
代替データを検出:代理悪役令嬢
生徒会(ブラック部署)
配属手続き:完了
状態:強制内定(拒否権:ナシ)
※定時退勤フラグが消失しました
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「これからよろしく、チェスカ」
ロイヤルスマイルを浮かべる顔面8Kレオンハルト。
「楽しみだね、875」
サラサラの黒髪を揺らして微笑む、天才魔導士ノア。
「困ったことがあれば、いつでもお手伝いします」
チート級聖人バフで輝く笑顔を振り撒くセドリック。
「アウトォォォォ! 私の学園生活、開始一日にして終わったぁぁぁぁぁ!!!」
こうしてフランチェスカは、悪役令嬢になる前に、生徒会というブラック部署へ強制配属されることが決定した。




