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31 【悲報】健康茶と業務改善のせいで、推し王子が完全体(覇王モード)になりました


「!!??!?」


 フランチェスカは飛び上がって席から立ち上がる。

 と、同時に天井からヒュンッと、空気を切り裂くような音が走り、フランチェスカのいた机にナイフがビィィィンと、突き刺さった。


「ひぇっ! で、でたーーっ!」


 フランチェスカが叫ぶと、ソファからいつの間にか立ち上がっていたレオンハルトが彼女の腕を引いて、背後に庇った。


 ガタンッと天井の板が外され、天井裏から黒ずくめの男が生徒会室の床に降り立つ。


(ま、まずい! これ、暗殺イベントだ! どうしよう!? 何か戦えるもの、箒とかないの!?)


「そうだ、殿下、ま、窓! 窓から逃げましょう!」


 動揺するフランチェスカとは反対に、レオンハルトは至って冷静だった。いつの間にかその手には抜き身の剣が握られ、鋭い光を放っている。


「大丈夫だ、フランチェスカ。もう俺は、君の腕で震えていた幼い子供ではないよ」


 レオンハルトは穏やかな声音で、フランチェスカを落ち着かせるように声をかけた。


「……安心していい、もう二度と君を危険な目には遭わせない」


 その一方で、彼の真紅の瞳は、鋭く獰猛な光を宿したまま、暗殺者を射抜いていた。


(ひーっ! ループ前の野生の勘強めの王子が、いつの間にか百獣の王に進化してる!!)


 一瞬だけ、室内の音が消えた。

 ――次の瞬間、爆発的な風切り音と共に、暗殺者が床を蹴った。

 目にも留まらぬ速さで突き出される、黒く塗られた凶刃。目が追いつくより先に、音だけが遅れて爆ぜた。


 キィィィンッ!!


 暗殺者の容赦ない一撃を、レオンハルトは片手で抜いた剣の腹で、事もなげに弾き返していた。


 鼓膜を震わせる高い金属音が、夜の生徒会室に何度も激しく鳴り響く。ギチッと金属の擦れる音と共に散る火花。その眩い光の中でレオンハルトの真紅の瞳が冷酷にギラリと輝いた。


(は、速い……! だけど殿下の反応速度、それ以上にバグってない!?)


 わずかに体勢を崩した暗殺者の懐へ、今度はレオンハルトが凄まじい踏み込みを見せる。


 流れるような無駄のない王宮剣技。煌めく金髪が夜の闇を切り裂くように翻り、一閃。


 ドガァンッ! と凄まじい衝撃音と共に、暗殺者は剣の峰打ちで壁まで吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。——優雅なのに獰猛な、文字通りの一撃必殺。


 やがて静寂が戻った室内に、レオンハルトが剣を鞘に収めるカチャリという静かな音だけが響く。


「……怪我はないか? フランチェスカ」


 振り返ったレオンハルトは、まるで今の一撃が、ただの書類整理の続きだったかのように、穏やかなカリスマロイヤルスマイルを浮かべていた。


 ついさっき暗殺者を数秒でハエ叩きした男とは思えない。8Kの顔面が美しすぎて逆に恐怖である。


「……いやいやいや、動きおかしいでしょーーーっ!!!」


(違う違う違う違う! このイベント、ちゃんとフラグ折ったら《負傷前提》のスチルなのよ!? 今のレオンハルト様、HP満タンどころかバフ盛りすぎで無敵状態じゃないの!!)


 フランチェスカはその場に崩折れながら、心で叫び、心で泣いた。


(あの健康茶(劇薬)と、ついでのような爆速業務改善で、なんでこの人だけ完全体レオンハルト(覇王モード)になってるのよ!?)


 床にしゃがみ込んだフランチェスカを、レオンハルトは恐怖に震えているとでも思ったのか、痛ましいものを見る目で見つめている。そして、その大きな手でそっと、壊れ物を扱うようにフランチェスカの肩を抱き寄せた。


「怖かったな、チェスカ。……もう大丈夫。俺がすべて片付けたからな」


(……違うの殿下、私が今一番怖いのは、貴方のコンプラ違反レベルのその甘い声と、私の悪役令嬢計画が完全倒産しかけている現実よ……っ!)


 フランチェスカは唇を噛んで耐え忍んだ。


(この世界のヒロインイベント、もう完全にバグってるじゃないのよーーー!!!)



 ◇◇◇



 暗殺者を学園の警備に引き渡し終える頃には、空はすっかり夜の色に沈んでいた。

 高く昇った月が、石造りの校舎を青白く照らしている。

 生徒会室に戻ると、戦闘の痕跡だけが嘘のように片付けられていた。


 帰りの馬車を待つ間、フランチェスカがソファへ腰を下ろすと、レオンハルトがじっと彼女を見つめていた。


「殿下?」

 フランチェスカは首を傾げた。


「髪……伸びたな」

 レオンハルトの手が伸び、彼女の毛先にそっと触れる。


(ああ、あの時の……)

 ——六年前。

 侯爵家で療養中に現れた暗殺者から二人で逃げる途中、フランチェスカは掴まれた赤い髪を迷わず切り落とした。


(原作にもない、ショタレオンハルト様は最高の福利厚生でしたわー)


「……確かに、ずいぶん伸びましたわね」


 手元に残る短い髪の記憶を払うように、フランチェスカは無意識に髪へ触れ、少し照れたように笑った。

 レオンハルトのどこか熱を宿した真紅の瞳が、その赤い髪を追いかけている。


 ——コンコン。


「失礼します。馬車の準備が整いました」


ノックの音で我に返ったフランチェスカは立ち上がり、ドレスの裾を払った。


(……いけないわ! 危機感を持ちなさい私! 初日イベントは回避できたけど、負傷スチルが消えたせいでヒロインちゃんとのイベントも消滅したのよ!?)


 このままでは、断罪イベントがまた失敗し、悪役令嬢が見つからないままシステムエラー、再ループの可能性だってある。


(明日は……明日こそは、絶対に悪役令嬢らしく立ち回って見せるんだから……!)


「――それでは殿下、お先に失礼いたしますわ!」


 自分の失敗に頭を抱えながら、フランチェスカはレオンハルトの視線から逃げるように、そそくさと夜の馬車へと乗り込んだ。



 ——翌日、さらなる悪夢「天才魔導士の強制就職活動」が待ち受けているとも知らずに。










フランチェスカ嬢、王子を魔改造疑惑。

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