23 脅威の聖人バフチート。暗殺者が護衛になりました
夜が明け、朝の光が差し込む頃。
フランチェスカは真っ赤な顔で目を見開いていた。
「〜〜〜〜!!!」
声にならない悲鳴を上げる彼女の視線の先では、同じベッドの上で芸術的に梱包された美少年が微動だにせず瞼を閉じていた。
(夢じゃなかった……!? いや、まだ私、寝てる?)
頬をつまんでみる。痛い。現実だ。
どうやら昨夜はセドリックを監視したまま、いつのまにか寝入ってしまっていたようだ。
しかも、至近距離。ゼロ距離。
朝日が彼の横顔を彩り、輝いている。まるで白雪姫か眠れる森の美女だ。
モブの時は目が合うと視界に砂嵐が走ってまともに顔を見られないこともあったが、今や視界はオールグリーン。
(う……美しいっ! まつ毛の先まで神々しい光を放っている……! 目が! 目がァァァァ!)
フランチェスカが4K美少年の圧倒的破壊力に浄化されそうになっていると、セドリックの瞼が震え、ゆっくりと瞳が開かれた。
その灰銀色の瞳がフランチェスカを捉えると、天使のような微笑みが浮かぶ。
「おはようございます」
何事もなかったかのような穏やかな挨拶。
「あ、おはよう?」
あまりに自然で、思わず素で返事をしてしまった。
(いやいやいや、おはようじゃないのよ、私……!)
その時、コンコン、と小気味よいノックの音が部屋に響いた。
フランチェスカは飛び上がって驚いた。たぶん五センチくらい浮いたと思う。
「お嬢様、失礼します」
同時に侍女が部屋に入ってくる。と、その瞬間、世界の時が止まった。
——ベッドの上。
ノア特製のツル(絶対荷崩れ防止モード)によって、指先からつま先まで一分の隙もなく芸術的に完全梱包されて転がっている十歳の美少年。
背景に咲き乱れる百合が見えるほどの4K高画質聖人スマイルを浮かべている。
侍女は完全に硬直していた。手にした朝食のお盆がカタカタと震える。
「お、お嬢様……こ、これは一体……?」
「ち、ちちち、違うの!!」
フランチェスカはベッドから転がり降りながら即座に叫んだ。
「これは、客観的に見て1ミリも違わない状況に見えるけど、えっと、あー! 主観的には1000%違うの!!」
神聖な彫刻のようにベッドに安置されているセドリックは、しかし至って平然と、鈴を転がすような美声を発した。
「おはようございます」
「おはようございますじゃないのよ!! なんでそんな爽やかに朝の挨拶してますのよ!!」
侍女がパニック寸前で身体を震わせる。
「お嬢様、こちらは、ど、どちら様でございますか……っ?」
するとセドリックは、後光が差しそうなほど眩しい笑顔を向けた。
「神殿より派遣されました、セドリックと申します」
「えっ、そうなの!?」
フランチェスカも初耳だった。しかもまさかの公式ネームである。
セドリックは笑顔で縛られたまま、淀みないプレゼン能力を発揮し始めた。
「昨夜、お嬢様が不審者に襲われそうになったため、私が護衛任務を遂行していました」
「うん?????」
「その際、お部屋に設置されていた防犯用の魔導具が誤作動し、このように拘束された次第です」
「わぁ! それっぽい!!」
あまりにも滑らかに話されるロジカルな嘘(※本物の暗殺者です)に、フランチェスカも思わず頷きそうになる。
侍女は胸をなでおろし、ホッと息を吐くと、一瞬で得心した。
「まあまあ! そうでしたのね!」
「待って! 納得しないで!? 騙されないで、そいつの顔の画質(美少年バフ)に騙されないで!!」
すったもんだしていると、朝から響き渡るフランチェスカの絶叫を不審に思い、ローデンベルグ侯爵夫妻が部屋へ駆けつけてきた。
部屋に入るなり、梱包された美少年に視線が釘付けになる。恐ろしい沈黙が流れた。
「……あー、説明してくれるかな?」
侯爵の顔から完全に表情が消えている。脳の処理能力をこえたようだ。
「うん、私も誰かに説明してほしいです」
フランチェスカも今、自分は父親と同じ顔をしているだろうと思う。
ここでセドリックが、完璧な聖人スマイルを夫妻に投げかけた。
「昨夜、神殿の夜間見回りの最中に、侯爵家に忍び込む不審人物を偶然目撃し、危険を察知した私はお嬢様をお守りしていました」
「ほう」
「お嬢様は大変お優しい方です。不調法な私がこうして魔導具に拘束された後も、自らの寝床を私に譲り……」
「うん?」
「さらに風邪を引かないようにと、自らの手で温かい毛布まで掛けて、睡眠時間を確保し、体調管理まで懇切丁寧にしてくださいました」
侯爵夫人は両手を頬に当てて感動に目を潤ませる。
「まあ……! フランチェスカったら、そんな細やかな気遣いが出来るように……!」
「違うのよお母様!! 危険物だから暴発しないように監視してただけよーー!!」
セドリックの見た目があまりにも純真無垢で善良な少年なため、フランチェスカの真実の叫びは、周囲の脳内で勝手にマイルドに自動翻訳されていく。
(くっ! セドリック様の聖人バフがチート級だわ! なんなのこのクソゲー!)
「お父様騙されないで! この子、神殿から来た暗殺者よ! 本物の暗殺者!」
フランチェスカが熱弁すると、セドリックは悲しげに目を伏せた。
「……僕が、そんな恐ろしいことをする人間に見えますか?」
「やめて! 私の方が悪い人みたいになる空気出すのやめて!」
侍女や侯爵夫人が物騒なフレーズに不安そうな顔を浮かべている。
「暗殺者なんてまさか……この侯爵家の以前より厳重にした護衛を突破するなんて……」
「ええ、相当の手練れですね」
神妙な顔で答えるセドリックにフランチェスカは天を仰いだ。
「お前だよ!! その被害者面してるお前が昨夜、窓からナイフ持って入ってきたのよ!」
思わずフランチェスカの令嬢の仮面が剥がれ落ち、すっかり前世の一般人モードになる。
「ええ。お嬢様を陰ながらお守りする、護衛のためです」
「ガチのナイフ持ってたわよね!?」
「暴漢からお嬢様を守るための、護身用ですよ」
「私の首をピンポイントで狙ってたじゃない!!」
「——護衛対象との距離を、正確に測っていたのです」
淀みなく爽やかな笑顔で答えるセドリックを見て、侯爵、夫人、侍女は顔を合わせた。
「「「「なるほど」」」」
「なるほどじゃないわよォォォ!!! どんな距離感よそれ!! ゼロ距離で頸動脈ロックオンしにきてたわよーーー!!!」
地団駄を踏んで憤慨するフランチェスカを物ともせず、セドリックは穏やかに微笑んだ。
「フランチェスカ様、今日のご予定は何ですか?」
「は?」
「護衛任務の一環として同行いたします」
「だから誰が護衛よ!」
「ちなみに、本日の暗殺予定は取り消しておきました」
「予定表読むみたいにサラッと言わないで!?」
にこにことパッキングされたままベッドの上で輝いている美少年を見ながら、フランチェスカは盛大にため息をついた。
元モブの自分が良かれと思って悪役令嬢の断罪を阻止したら、まさかのシステムバグで、自分が悪役令嬢・フランチェスカの枠にスライドされてしまったのが数ヶ月前のこと。
しかもバグのせいで、推したちが本編前に死ぬ危険性すらある状態だ。
もし本編前に彼らが死ねば、シナリオ崩壊で世界は強制バッドエンド。自分も巻き添えで再ループ確定となってしまう。
(……特にセドリック様は危険すぎるわ)
表では神子と呼ばれる聖騎士候補、裏では神殿に仇なす者を処理する暗殺者。
どう考えても死亡フラグの塊だ。
(そうはさせないわ! 4K神話級の推しを本編開始前にロストしてたまるもんですか! 本編まで五体満足で出荷してみせる!)
こうして、侯爵家における最凶の「コワレモノ注意(危険物)」の安全管理生活が、なし崩し的に始まったのであった。




