24 台車に梱包された暗殺者、歴史の授業で無双する
がらがらがらがら……
侯爵家の長い廊下に、妙に場違いな音が響く。
フランチェスカは手押し台車を押しながら歩いていた。
すれ違う侍女達が、ちらちらと見ている。
当然だ。
台車の上には、完全梱包された無駄にキラキラしい荷物——もとい、昨夜暗殺に来た推しが乗っている。
(推しを台車で運ぶ経験なんて、そうそうないわよね)
台車の上では、完全梱包されたセドリックの銀髪が、移動の振動に合わせてさらさらと揺れていた。
本人はなぜか楽しそうである。
すれちがう度にセドリックの笑顔の聖人バフが向けられると、侍女達は「あらあら」とか「まあ」とか、微笑ましいものを見たような反応をしていた。
十中八九、彼の放つ神々しいバフのせいで、周囲の脳内には『台車で可愛いマスコットを運ぶお嬢様』の幻覚でも見えているにちがいない。
(なぜかしら。私には出荷待ちの精密機器にしか見えないんだけれど)
「いい? これから歴史の授業だから一緒に行くけど、いい子にしていてよ?」
荷物、いやセドリックは笑顔のまま頷いた。
「もちろんです。フランチェスカ様。静かに待機は護衛として当然ですから」
穏やかに言うセドリックは、完璧にパッキングされたまま台車に乗せられて運ばれている。どう見ても完全無欠のコワレモノ注意だ。
「どのあたりが護衛任務なのかさっぱりわからないですわ」
フランチェスカがため息混じりに言うと、セドリックは至極真面目に答えた。
「護衛対象を視界に常に入れるので効率的です」
「……それ、監視カメラの発想よ」
そんなやりとりをしながら廊下を進み、フランチェスカは下り階段の前で足を止めた。
大理石のかなり急な階段だった。
当然、台車が降りられる設計にはなっていない。
とはいえ、家庭教師の待つ勉強部屋はこの下にある。
「うーん。とりあえず、誰か人を……」
つるっ
「え」
手が滑った。大理石の床の摩擦係数は低い。台車が前へ傾き出した。
「ちょ……!」
慌てて伸ばした指先は、わずかに届かなかった。
慣性の法則に従い、台車はそのままガラガラと音を立てながら遮るもののない大理石の下り階段へと突っ込んでいく。
「セドリック様ァァァーーー!?」
推しを自ら本編前に事故死させて世界強制終了か、と迫り来る再ループの足音にフランチェスカの顔が血の気を失った、そのコンマ数秒後。
ガガガガガガガガッ!!!
激しい爆音を立てて階段の段差を跳ねる台車の上で——
「ふふ」
セドリックは笑った。
指先一つ動かせないはずの美少年は、信じられない挙動を見せた。
セドリックは梱包されたまま、階段を滑り落ちる台車を、驚異的なコントロール技術で操る。
まるで台車が意思を持つかのようだ。
「嘘でしょ!?」
それはまるで、荒波を乗りこなす伝説級のサーファー。あるいは極寒の雪山を滑走するエクストリームスポーツ選手。
キラキラとした4K聖人スマイルを崩さないまま、セドリックを乗せた台車は、最後にフワリと宙を舞った。
階段の下で見事な着地を決めると、キィ、と静かに台車が止まる。
完全無傷。
一ミリの荷崩れのない完璧なスタイリッシュ出荷である。
階段の上に取り残されたフランチェスカは、白目をむいて膝からへなへなと崩れ落ちていった。
「何ですの、あの人間やめた超絶体幹……」
フランチェスカは、今しがた人間ではなく物流の神でも見たような顔で呆然とした。
それとは反対に、下から見上げるセドリックは、さらりと銀髪を揺らし、何事もなかったかのように穏やかに言った。
「お怪我はありませんか、フランチェスカ様」
「いや、それ私のセリフだからね!?」
「ふふ。フランチェスカ様ってば、大袈裟ですよ。神殿ではよくやる事です」
セドリックは笑顔のまま、当然のように言った。
「階段サーフィンを!? 何のために!?」
「屋根からの脱出訓練です」
「どんな訓練よ!?」
フランチェスカは叫びながら震える膝を叱咤して立ち上がった。
「児童福祉案件だからね!!」
生まれたての子鹿のように震える足で階段を降りると、フランチェスカは再び台車に手を置いた。
◇◇◇
そのまま、がらがらと台車を押しながら廊下を進み、家庭教師の待つ部屋の扉の前に立つと、フランチェスカは軽く扉を叩いた。
「お待たせいたしましたわ」
軽いトーンで声をかけながら扉を開くと、視線の合った家庭教師、ワイズマン先生が目を丸くした。
「フランチェスカ様、えっとこれは!?」
「あ、僕はフランチェスカ様の護衛です。お気になさらず授業を始めてください」
セドリックが聖人オーラに満ちた笑みを向けると、「あ、左様ですか」とばかりにワイズマン先生はすぐに立ち直った。
「えっと、では教科書の33ページから始めましょう」
(何事もなく授業が始まった!?)
セドリックを乗せた台車をとりあえずガラガラと部屋の隅に移動させると、彼は大人しくパッキングされたまま台車に搭載され、4K聖人スマイルで見守っている。
フランチェスカは、聖人バフチートに首を傾げながら、席に座りパラパラと教科書を開いた。
そして、異変は授業が始まって間もなく始まった。
「当時の王は病死したとされていますが――」
「毒殺です」
「うわっ、何、急に音声ガイダンスかと思った!」
教師の説明に、セドリックが鈴の鳴るような声で淡々と補足した。
「え?」
「正確には側近による毒殺ですね」
「ええっ?」
「実行犯は料理長ですが、黒幕は王弟です」
「えええっ?」
「ちなみに神殿地下書庫第三閲覧室の禁書区画に記録があります」
「な、なんと!? 一般には公開されていない知識をご存知とは!?」
教師がガタガタとペンを持つ手を震わせた。だが、セドリックは意に介さずに音声ガイダンスを続ける。
「……その年代の王朝史には、神殿の裏記録と照らし合わせると3年ほどの誤りがありますね。当時の王は――」
「す、素晴らしい……! なんという深い博識でしょう! まさに神子様だ! ああ、我が授業にこれほどの高みを授けてくださるとは……!」
教師が台車に向かって感動の涙を流す横で、フランチェスカは引きつった顔で自分の教科書を見つめた。
(……えっと、何で私、台車に縛られた囚人に勉強でマウント取られてるのかしら?)
「何という向学心……! ご覧なさい、この痛々しいほど全身を縛られた不自由な状態でも、学問を修め続けるその姿勢を……!」
教師がついに震える手で持っていた万年筆を落とした。
「はっ! また周囲が聖人バフの餌食に!!」
「あえて苦行を課し、肉体の自由を奪うことで自らの精神を研ぎ澄ます神子様……何という高潔な姿でしょう!」
教師がハンカチで目頭を抑え、感動にむせび泣き始めた。
「またこれですの! もう! 誰がどう見ても台車に積まれた出荷待ちの荷物ですわ!!」
フランチェスカは白目をむいた。
「はっ! ちょっと待って、何で同じ年なのにそんなに色々詳しいの!?」
「ふふ、神殿では歴代王朝と主要貴族の系譜は十歳までに暗記します」
セドリックは将来、聖騎士となる人物だ。英才教育をされていてもおかしくない。でも、それだけではない気がした。
「……一応聞くけど、何のために?」
セドリックはただ微笑んでいた。
「……?」
フランチェスカが首を傾げると、セドリックは一瞬だけ、感動に震えながら手帳にメモを取る教師に目線を送る。
(……人に聞かせられない話ってわけ?)
フランチェスカは椅子から降りて、セドリックに近づくと、その口元に耳を寄せる。
神殿の白百合を思わせる、清らかで淡い香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「暗殺対象の家族構成を把握するためです」
セドリックは恐ろしく清浄な美声で、物騒な内容を囁いた。
「教育内容が終わってるわ!!」
フランチェスカは次々明らかになる、神殿のブラックさに頭を抱えた。




