22 前代未聞の物流事故。ヤンデレ暗殺者、本日配送されました
細い月が窓の外で煌々と輝く夜。
フランチェスカは、先日ノアから送られてきたプレゼントをそっと自室の窓辺に置いた。
「わぁ、綺麗な……ん? …………花?」
陶器の鉢には、怪しげな光を放つ魔導陣がびっしりと刻み込まれていた。咲いているものは花というより、どこからどう見ても意志を持って蠢く食虫植物の類である。
一緒に添えられていた短文の手紙を手に取り、そっと広げる。
『これは、フランチェスカを守る魔導植物(試作品)です。貴女に似ている美しい花をイメージして作成しました』
「あー……天才って、時々恐ろしいほど独特な感性をお持ちですわよね」
よく見れば、真っ赤な花びらがどこか優雅……かもしれない。ずいぶん鋭いトゲがびっしりついているが。
フランチェスカはジョウロでちょろちょろと水をやると、ふと違和感を覚えて窓の外を見上げた。
「あれ……? 確か今日の暦って、新月じゃなかったっけ……?」
目を凝らして夜空を見上げても、やはりそこには細い銀色の月が浮かんで見える。
——その時。
ザザッ――……!
フランチェスカの視界が、一瞬だけ不吉な砂嵐に遮られた。
「どわっ! これ、まさか!」
不穏な既視感に、背筋に寒気が走り、肩を跳ねさせる。
それは、この世界が致命的なバグを起こす直前にだけ現れる恐怖の警告表示だ。
モブ時代のクラリスの時も、攻略対象に認識された瞬間にこの砂嵐が起きた。
「嘘でしょ……! 今度は何が起きようとしてるのよ!?」
バァンッ!!!
突然、バルコニーのガラス扉が勢いよく開かれ、薄いカーテンが夜風に激しく揺れた。
ひんやりとした夜気と共に、視界に飛び込んできたのは——暗闇の中に浮かび上がる、絵画から抜け出して来た天使のような銀色の髪の少年だった。その慈愛に満ちた微笑みは、まるで神話に書かれた聖人そのもの。
(銀髪……! それにこの4K顔面高偏差値……!!)
フランチェスカは思いついた名前に、息を呑んだ。
(セドリック様キターーーッ! ショタでも神話級イケメンです!!)
だが、その華奢な手が握りしめている銀色の短剣は、ちぐはぐなほど冷たく不吉な光を放っていた。
(そしてヤンデレ殺意も絶好調で健在だーーー!!)
「こんばんは、フランチェスカ様」
まるで「明日もお天気が良いといいですね」とでも話すような、恐ろしく穏やかな声だった。
「神の命により、あなたを殺しに来ました」
「…………はい?」
セドリックが音もなく、滑らかな動作で一歩踏み出した。
「お祈りの時間を一分差し上げます。大丈夫ですよ、なるべく痛くないように……一瞬で終わらせますから」
また、一歩。
(まずい、まずい、まずい!! セドリック様が本気を出したら、私なんて瞬殺される未来しかないじゃない! ここで死んだら即再ループ決定になっちゃう!!)
カチカチカチカチ……
不意に、聞き覚えのない機械的な駆動音が、すぐ手元から響いた。
視線を下げると、ノアから送られてきた例の食虫植物——鉢植えの魔導植物が、怪しく震えている。
「……時間ですね。それでは、さようなら」
軽い挨拶のように死を宣告した瞬間、セドリックの姿が視界から消えた。
「ぎゃーーーー!!」
あまりの恐怖に、反射的にきゅっと目を閉じた——その瞬間。
カチカチカチカチッ!
ズババババババッ!!
手元の鉢植えから、ひゅんっ!と風を切る凄まじい速度で何かが飛び出していった。
「!!?」
接近していたセドリックが目を見開くが、コンマ数秒遅かった。
鉢植えから放たれたものは、青白い光を纏いながら瞬時に巨大化し、バリバリと音を立てて無数の蔓を伸ばすと、見る間にセドリックの全身へと激しく巻き付いていく。
「これ、ノア様印の特製食虫植物!?」
生物的な触手かと思いきや、捕獲くんのツルはカチカチカチと規則正しい機械音を立てながら、セドリックの四肢、体幹、関節を人間工学に基づいた配送固定のような精度でガチガチにホールドしていく。
「ななな、なんじゃこりゃぁ!」
それはまるで、前世の一流物流会社の超厳重な梱包、あるいは精密機器を海外輸送する際のプロのロープワーク。
あれよあれよという間に、ベッドの上に、「1ミリも荷崩れしない姿勢」で完全にホールドされた美少年が転がった。
『ピンポンパンポーン♪』
突然、蔓の先端に咲いていた赤い花から、やけに間の抜けた効果音が流れ出した。
『この魔導植物【捕縛くん・試作一号】は、対象を一切傷つけず、絶対に荷崩れさせない拘束アルゴリズムを自己学習しております』
淡々とした合成音声が室内に流れる。
「配送センターのノウハウを何に応用してるのよノア様ァァ!!」
フランチェスカは頭を抱えて絶叫した。
『ご安心ください。過酷なコンテナ輸送の衝撃にも耐えられる仕様となっております』
「何の情報よそれ! 輸出するつもりなんて毛頭ないわよ!?」
ノアは物流革命でも起こすつもりなのだろうか。
一方、セドリックはベッドの上で完璧に縛りつけられたまま、こっくりと真顔で頷いた。
「なるほど。僕は現在、“精密魔道具扱い”(コワレモノ注意)なのですね」
「違う!! 人間!! あなた生身の10歳児だからね!! なんで『モノ』として扱われてちょっと自尊心満たされてるのよ!!」
フランチェスカのツッコミに、セドリックは至極当然のように答える。
「神殿では消耗品扱いでしたので」
「比較対象が終わってるのよ……! はぁ、まさか特級危険物が向こうから勝手に納品されてくるなんて……」
完全に前代未聞の物流事故だ。
セドリックはフランチェスカと目が合うと、ガチガチに縛られたまま、ふわりと聖人の笑顔を浮かべる。フランチェスカにはキラキラエフェクトが幻視できた。
「うーん、これ、どうしましょう?」
神聖なオーラを撒き散らしながらパッキングされている美少年暗殺者を前に、フランチェスカは途方に暮れた。
動かすこともできそうにないので、とりあえず風邪を引かないよう、上からそっと毛布をかける。
「……?」
毛布に包まれたセドリックは、不思議そうにパチクリと瞬きを繰り返している。
「……殺しに来たターゲットに毛布をかけられたのは、生まれて初めてです」
「うるさいわね、危険物には防音と保温が必要なの! とりあえず明日考える! 夢かもしれないし!」
疲労困憊のフランチェスカはそんな彼の様子を深追いすることもなく、思考を放棄し、そのままベッドの端へ潜り込んだ。




