20 推しとお祭りイベント!公式供給が強すぎますわ!
街の中央広場にやって来ると、お祭りの熱気に満ちていた。色とりどりの屋台と、威勢の良い掛け声があたりに飛び交っている。
「ノア様、はぐれないように私の手を離さないでくださいまし」
ノアは目をチカチカさせながら、頷くと、フランチェスカの手を握りしめた。
(推しが……! 最強の魔導士の推しが……! 最強に可愛いですわァァ!)
そのまま二人で辺りを見回しながら人混みを歩いていると、出店の並びに人だかりができていた。
「あら、金魚すくいかしら? 懐かしい……って、ちょっと待って、泳いでるの全部ガチの鯉じゃないのよ!!」
「鯉?」
ノアが水槽を覗き込む。
「ええ。コイですわ」
「……コイ」
ノアは初めて聞く単語を覚えるように、小さく復唱した。
水槽の中でバシャバシャと凄まじい水しぶきを上げているのは、どう見ても体長30センチは超えている立派な錦鯉たちだった。
すくい網の代わりに、薄手の魔導布の網が用意されている。
「日本の夏祭りの情緒を、この世界の力技で歪めたような超マッスル屋台ね……」
システムの不具合で金魚のサイズ指定を間違えているんじゃないか。
そんな社畜らしい考察をして、一瞬目を離した、その時だった。
急な人波に押され、繋いでいたはずのノアの小さな手が、するりと指先から抜けてしまう。
「あ、しまっ――」
振り返った時には、すでに周囲は浮き立つ群衆で埋め尽くされていた。
(まずい! この人混みでパニックを起こして魔力暴走でもしたら、お祭り会場ごと物理消滅しかねないわ!)
冷や汗を流しながらキョロキョロと周囲を見回した瞬間、ポケットの中の羊皮紙が、青い光を放った。
慌てて取り出して紙面を確認する。
『51』
そこに浮かび上がっていたのは、ノアの美麗な筆跡で書かれた、たった二桁の数字だった。
「51……? ご、じゅう、いち……コイ……?」
フランチェスカの脳が高速回転し始める。
「……来い?」
いや、違う。
「……恋!?」
一瞬だけ尊死しかけた。
「……いや、鯉、鯉だわこれ!」
さすがは我が推し、素晴らしいシステム構築能力! と感動しながら、フランチェスカは「51(鯉)エリア」へと全力で引き返した。
人混みをかき分け、さっきのバシャバシャと激しい水音が響く屋台の前に戻ると――そこには、辺りから浮かび上がるような4K美少年が立ち尽くしていた。
「ノア様ーーー!!!」
「フランチェスカ……」
彼女の姿を見つけた瞬間、ノアはほっとしたように息をついた。
「51……わかったんだ」
「当然ですわ!」
ゼェゼェと息を切らしながら駆け寄ったフランチェスカは、親指を立てて笑った。
「ノア様、もう少し人が少ない所へ行きましょうか」
フランチェスカが再び手を差し出すと、ノアは小さく頷いてその手を取った。
◇◇◇
しばらく歩くと、花祭りらしく花冠を作っている広場へやって来た。
ふと、侍女が言っていたジンクスを思い出す。
「ノア様、ノア様。花冠を作って願い事をすると叶うらしいですよ! さっそく作りましょう!」
フランチェスカはノアの回答を待たずに手を上げてスタッフを呼び止める。
案内された小さなテーブルには、色とりどりの切り花が用意されていた。
「たくさん色がありますね。ピンク……白……ノア様は何色が好きですか?」
「うーん……」
ノアは少し思案して、フランチェスカの髪をじっと見つめる。
「……赤、かも」
「赤もいいですわね!」
フランチェスカは満面の笑みを浮かべながら手元の花を編み始めた。
「……こう、編むの?」
ノアが真剣な顔で花に触れると、バキ、と無残にも茎が折れた。
「あ」
バキッ
「難しい……」
複雑な魔術式をノータイムで展開できる天才の手が、小さな花を前にして見たこともないほど不器用に彷徨っている。
(ひぃん! 天才ショタが眉間にシワ寄せて花と格闘してる! ぶきっちょ可愛い! 4K高画質で全フレーム保存したい……!)
フランチェスカが推しに身悶えていると、ノアは思いついたように細い魔力を編み始めた。
「ん?」
見る間に魔力は形を作り始め、あっという間にキラキラと輝く銀色の魔力の花冠が出来上がった。
「この方が、効率がいいから……」
(推しが自作エフェクト付き花冠を装備している……だと……!?)
「ノア様、凄いですわ! バグを力技で修正するどころか、新規エフェクトまで実装してしまうなんて……! あ、頭を少し下げてくださる?」
チェスカはノアの頭に、自分が作った赤い花の花冠をぽん、と乗せる。
(推しに花冠とか公式供給の尊みがすぎますわ! こんなに花が似合うショタはこの世界にいないわ!)
花冠を乗せたノアの美画像に手を震わせていると、ノアが少しだけはにかんだ笑みを浮かべた。
「……ボクからも」
ノアが少し背伸びをして、キラキラと輝く魔力の花冠をチェスカの頭に乗せる。
その瞬間、ノアの魔力がチェスカの髪に触れて、まるで星屑が降るように優しく煌めいた。
(ひゃあ〜! 推しからの直接装備! 尊死! 今すぐ尊死してもいいっ……!!)
「さあ、ノア様。今度は願い事を言う番です」
「願い事?」
「はい。花冠を身につけて願い事を言うと花の妖精が叶えてくれるそうですよ」
ノアが思案げな顔をした時だった。
ドォン――ッ!!
突然、夜空が割れるような大音響とともに、大輪の光が花開いた。
「……っ!」
ノアがびくりと肩を揺らす。
フランチェスカにはその理由に心当たりがあった。
彼にとって「爆発と轟音」は、魔塔の実験室での暴走や、孤独な隔離部屋の記憶そのものなのだろう。
だから、怯えかけたノアの小さな手を、ぎゅっと力強く握りしめた。
「ノア様、見てくださいまし! あれがこの世界で一番綺麗な爆発――『花火』ですわ!」
「花火……」
ノアは空を見上げた。
色とりどりの光が、夜空いっぱいに咲いている。
爆発なのに、誰も逃げない。
誰も恐れていない。
隣にいるフランチェスカは、嬉しそうに笑っていて——その瞳には、夜空の光がきらきらと映っていた。
それを見たノアは、生まれて初めて思った。
——爆発が、綺麗だ、と。
フランチェスカは花火を見ながら手を組んだ。
(神様、仏様、クソシステム様。ノア様が明日も笑って過ごせますように。あと、404エラーはもうこりごりですっと……)
むむむ、と唸りながら願い事を心で唱えるフランチェスカを見て、ノアもまた花火を見ながら手を組んだ。
(神様がいるなら……)
ノアは心の中で唱える。
(また、フランチェスカと花火が見たいな……)
◇◇◇
お祭りの帰り道。
慣れない人混みを歩き回って疲れ切ったフランチェスカは、歩きながらこっくりこっくりと船を漕ぎ始めていた。
「フランチェスカ……?」
「……ふぇ? あ、す、すみませんノア様、社畜の習性で、定時を過ぎると強制スリープモードが……」
今にも地面に倒れそうな彼女の前に、ノアはすっと背中を向けた。
「……おぶるよ」
「えっ!? 滅相もありませんわ! 十歳の推しに労働させるなんてオタクの倫理に反し――」
「いいから。ボク、君より力はあるよ。魔導士だし……男だから」
有無を言わさないノアの言葉に甘え、背中にペタッと掴まると、驚くほど安定した魔力の補助で、ふわりと身体が持ち上がった。
ノアの小さな背中は、けれど驚くほど温かくて。
「……ありがと、ございます、ノア、さま……」
チェスカの意識は、そこで完全に途切れた。
小さな寝息を立てる彼女を背負いながら、ノアは夜の街を静かに歩く。
◇◇◇
ローデンベルグ侯爵家に着くと、彼女の部屋のテラスへ、飛行魔術でふわりと降り立つ。
窓の鍵を魔術でそっと開き、ノアは眠るフランチェスカをベッドに寝かせると、しばらくその寝顔を見つめた。
花火を見上げていた時と同じように、胸の奥が少しだけ温かい。
084。
5963。
51。
少しずつ覚えた言葉を頭の中でなぞる。
けれど今の気持ちを表す言葉だけは、まだ知らなかった。
机の手帳に、
『0833』
とだけ書き残し、ノアは夜空へ飛び立った。
(おやすみ、フランチェスカ)
それは、また明日会える人に贈る言葉だった。




