16 爆発音のあとは、お茶会にしましょう
——数日後
フランチェスカはローデンベルグ侯爵から勝ち取った魔塔への紹介状を握りしめて馬車に揺られていた。
推しの切り抜きを見ながらニタニタしていると、石畳を転がる車輪の音が止まる。
「これが、魔塔か……ファンタジーだ」
意外にも魔塔は活気に満ちていた。魔導士たちは忙しそうに行き交い、見たこともない魔道具が運ばれていく。まさに絵に描いたような巨大な魔法研究所だ。
「ようこそ、フランチェスカ嬢。早速ですが、ぜひ中をご案内させてください」
迎えてくれたのは、黒い法衣に柔和な笑みを浮かべた案内人だった。
「お嬢様は魔力判定を受けられた事はありますか?」
「いいえ、ないわ」
薄暗い廊下を進むと、二人の足音に反応して青い魔力灯が次々と灯っていく。
まるで人感センサーのようだと思っていると、案内人は他より少し大きめの扉の前で足を止めた。
「——でしたら、今日はまず魔力判定をしていただきましょう。さ、こちらへ」
通された部屋の中央には、豪華な台座にセットされた大きな水晶玉が鎮座していた。
「こちらに手を置いてみてください」
「え、ええ」
フランチェスカは言われるがままに手を伸ばす。
(待って。もしここで、すごい規格外のチート魔力とか出ちゃったらどうしよう!?)
期待にドキドキと心臓を昂らせながら、フランチェスカはその手をえいやっ!と置いた。
…………。
水晶は、沈黙した。
一秒。
二秒。
三秒……。
「壊れてるようね!!」
「あり得ません!」
すかさず魔導士が叫び返す。
「これは、おかしいな。誰でもわずかな魔力は持っているはず。無反応なんてあり得ない……」
周りにいた魔導士たちがざわめき出した。
「規格外だ!」
「ま、まさかついに私もチート主人公!? ジャンルはハイファンタジーに鞍替え!?」
輝く瞳で叫んだフランチェスカに、案内人が冷や汗交じりで呟く。
「マイナス方向に、ですが」
「逆方向に規格外チートしてる!?」
フランチェスカは膝から崩れ落ちた。
「観測不能……いや、装置の周囲の魔力そのものが消えている……!?」
「何だと!?」
周囲の魔力灯がパチパチと音を立てて消え、魔導士たちの持っていた魔道具が一斉に沈黙する。
フランチェスカは天を仰いだ。
「またステータスバグってる!? 歩く処理落ち認定!? もうやだこのクソゲー!」
だが、叫ぶフランチェスカに対し、周囲の魔導士たちは一切笑っていなかった。
「魔力を打ち消すなんて前例がないぞ」
「すぐに過去の記録を調べろ!」
「いや……ノア様なら、何かわかるかもしれないぞ?」
その名を聞いた瞬間、フランチェスカの耳がぴくりと揺れた。
(お? 案内をショートカットして、ダイレクトに推しの部屋へ直行ルートが開通? ラッキー!)
マイナス判定のショックもどこへやら、予想外の展開にフランチェスカは心の中でニヤリとほくそ笑んだ。
◇◇◇
案内されたのは、魔塔のさらに地下。
さっきまでの活気ある研究所が嘘のように、奥へ進むほどに空気は冷たく、静まり返っていく。
石造りの通路には窓ひとつなく、人の気配もない。
まるで罪人でも閉じ込めるための牢獄みたいだ。
(え……推しの部屋って、こんな場所なの?)
しばらくして、案内人は重厚な鉄の扉の前で足を止めた。
「ノア様、失礼いたします。少々、奇妙な事象が発生いたしまして……」
先程まで柔和だった案内人の声が、わずかに緊張したように固くなる。
扉の先から返事はない。
——その時だった。
ドゴォォォォン!!
「ぎゃあーーー! 死んだーー!……ってあれ?」
激しい爆音と共に扉が吹き飛ぶ。
もうもうと煙が立ち込める中、しゃがみ込んだフランチェスカと案内人の周りだけ、丸く縁取ったように瓦礫が避けていた。
フランチェスカは顔を上げる。
——そして、息を呑んだ。
薄暗い部屋の奥、黒く煤けた壁を背に、一人の少年が立っている。
青みがかった黒髪に、深みのある藍色の瞳。
氷のように整った美貌。
ゲームの立ち絵より少し幼い、十歳の美少年——ノアだ。
天使のような顔立ちをしているのに、その瞳だけがひどく空っぽだった。
「天才……天才がいる……! 顔が天才だ……!!」
フランチェスカは立ち上がると、磁石に引き寄せられる砂鉄のごとく、フラフラとノアへ向かって足を踏み出した。
「近づかないで」
温度のない声が響いた。
「……ボクに近づくと、魔力が干渉して暴走するから」
そっけなく警告すると、ノアは興味を失ったように手に持った魔導書へ視線を落とした。
よく見るとノアは特殊なローブを着ており、さらに手足や首、耳飾りに至るまで、全身に重々しい魔力抑制の魔道具が取り付けられている。
(装飾過多なノア様も最高だけど、これじゃ特級呪物扱いじゃない!?)
空虚な藍色の瞳を見つめていたフランチェスカは、はっとして手を打った。
「それなら大丈夫ですわ!」
「……っ! だから危ないって……」
「私、魔力が規格外マイナスチートですの!」
「……は?」
初めてノアの無表情が崩れた。
その隙を逃さず、フランチェスカはつかつかと距離を詰める。
「だから暴走しません!」
ガシッ!とノアの手を掴み、悪戯っぽく笑って見せた。
――その瞬間。
ノアの全身から溢れ出ていた、触れるものすべてを拒絶するような禍々しい青い魔力の火花が、嘘のように、綺麗に消え失せた。
「はて?」
「……っ!?」
首を傾げるフランチェスカとは対照的に、ノアは驚いたように目を見開いた。
「……暴走魔力が……耳鳴りが……聞こえない……静かだ……」
ノアは掴まれた手を数秒間見つめた後、信じられないものを見るようにフランチェスカを見上げた。
「ノア様……!?」
「暴走が止まっている!?」
「原因を調べろ」
「所長を呼べ!」
押し寄せて来た魔導士達が一斉に騒ぎ始める。
そんな騒ぎの中で、フランチェスカの視線は、ノアの手元からポロリと落ちかけた分厚い魔導書へと注がれていた。
びっしりと書き込まれた、幾何学模様と数式の羅列。見た瞬間、フランチェスカの脳が限界突破を起こした。
(うわ、何この魔導書!? 細かすぎて白と黒のどっち見ればいいか分かんない! 前世で仕様書が文字化けして画面全体が真っ黒なエラーログになった時を完全に思い出すわ……!!)
フランチェスカはパンッ!と盛大に手を叩いた。
「推し事中ですよ。お静かに」
ざわめいていた魔導士たちが、ぽかんと口を開く。
「あ、あとお茶をお願いします」
「……はい?」
「初対面ですもの。まずはお茶会でしょう」
当然のように胸を張るフランチェスカ。
「お茶会……?」
爆発した実験室にはあまりに似つかわしくない単語に、ノアは呆然と首をかしげた。
——この時のノアはまだ知らない。
この暴走機関車のような令嬢が、自分の平穏を根こそぎ破壊する存在だということを。




