15 次のブラック職場(推し)を見つけましたわ!
うららかな日差しの差し込む、穏やかな午後のテラスで、フランチェスカは優雅なティータイムを過ごしていた。
「レオンハルト王子、王宮でノー残業デーを導入……うんうん、ブラック企業改善プロジェクト第一弾は大成功ね! さすが我が社の推し」
有能な部下を育てた上司の視線で新聞の記事を読みながら、フランチェスカは二枚目のクッキーに手を伸ばす——が、ひょいとお皿が遠ざけられた。
「ん?」
「お嬢様、王子殿下は会社員じゃありません。それと、お行儀が悪いですよ」
乳母のオルガが怖い顔をしてフランチェスカを見下ろしていた。
「はいはーい」
「絶対分かっていませんね? お嬢様」
「おほほほ」
オルガから冷えた空気が漂うが、フランチェスカは曖昧に笑ってやりすごす。秘技社畜スマイルだ。
さて、と気を取り直して、再び新聞の記事に目を向ける。
「ん? ルトール魔法伯爵家の天才子息、魔塔へ。実験施設で異常高魔力反応……? あ!」
「どうしました?」
「……次のブラック職場を見つけましたわ!」
記事に小さく写っていた美少年をフランチェスカは見逃さなかった。
「やっぱりノア様!」
フランチェスカはガタッと椅子を鳴らしながら、勢いよく立ち上がった。
「ショタノア様の公式供給とは……!」
記事を持つ手が電撃を浴びたように震え出す。
「お嬢様、お行儀が……」
「保存! 保存しなきゃ! オルガ、ハサミ!」
呆れたような顔でオルガが「はいはい」と、ハサミを取りに部屋に入ると、フランチェスカは記事の写真を目を皿のようにして見つめた。
「こんなちっちゃい写真でも推しは輝けるのね……尊い……でも、なんだか目が死んでる……」
拡大ルーペが欲しいほど小さな写真に映る十歳のノアは、冷徹な美貌のなかに、一切の光を宿していなかった。
フランチェスカは、むむ、と顎に手を当てて思考を巡らす。
(原作ゲームで、確かノア様は桁外れの魔力のせいで周囲から怪物扱いされて、魔法研究機関である魔塔に隔離されるのよね。それより、十歳児を魔塔にワンオペで押し込めるなんて、ルトール家の人事評価制度はどうなってるのよ!?)
「お嬢様、ハサミをお持ちしました……って、あら? いない?」
◇◇◇
屋敷のどこかで、誰かが全力疾走する音がした。
ドドドドドドドドドッ!
「……なんだ? この地響きは? 不審者の次は、猪でも紛れ込んだのか?」
ローデンベルグ侯爵は執務室で書類を処理する手を止めた。地響きは凄まじい速度で執務室へと近づいてくる。
その時だった。
バンっ、と勢いよく扉が開く。
「コンコン失礼致しますお父様私魔塔に行きたいですわ!」
現れたフランチェスカは早口言葉のように要件を告げた。社畜的素早い報連相。時は金なりだ。
「ノックから自分で言うやつがあるか! しかも何でまた急に魔塔?」
「私、魔法を学びたいですわ! 学問に目覚めました!」
「お前は魔法の前にマナーを学ぶべきだ」
上司が手強い。
「悪役令嬢として研鑽のために魔塔へ行かなくてはなりませんの!」
「意味がわからん!」
侯爵が両手でバツ印を作っている。
だが、ここで引き下がるようではデスマーチを生き抜くことはできない。
「お父様、そうおっしゃると思いまして、こちらがローデンベルク侯爵家における『魔導産業進出への事業計画書』になります」
ドンっ、とチェスカはさっきの新聞の切り抜きを貼っただけの、中身の薄い(だけど見た目だけはそれっぽい)企画書を机に叩きつけた。
「……ただの新聞の切り抜きではないか」
「今、魔塔はセキュリティガバガバな上にワンオペ状態です。そこに我が侯爵家が潤沢な予算を投資し、私が監査役として潜り込むことで、将来的に魔法産業の利権を独占できますわ!」
ぎらぎらと輝くフランチェスカの瞳に、侯爵は一瞬、ぐっと、たじろいだ。
「……要するに、その写真のルトール家の子息に会いに行きたいだけだな……?」
侯爵は長いため息を吐く。娘の『おねだり』に侯爵はまたしても深い頭痛を覚えるのだった。
「それで、今回は何を救うつもりなんだ?」
フランチェスカは満面の笑みで答えた。
「もちろん、推しですわ!」
「お……おし……?」
目を爛々と輝かせる娘に既視感を覚えると、侯爵は天を仰ぎ、何を言っても無駄だと悟る。
侯爵はロボットのような機械的な動きで、魔塔への紹介状に判を押した。
◇◇◇
その頃、王国最北端の魔塔。
ドゴォォォォン!!
轟音と共に実験室が吹き飛んだ。魔導具の破片が散乱し、壁は黒く煤けている。
その中心で、一人の少年だけが無傷のまま天井を見上げていた。
「……また爆発か」
天才魔導士ノア、十歳。
後に大魔導士と呼ばれる少年の瞳には何の感情も映っていない。
「被験体は無事です」
「さすがだな」
「やはり化け物だ」
大人たちの囁き声が聞こえる。誰も、ノア自身を見てはいない。だがノアにとってもそれは意味をなさない雑音だ。
ノアもまた、彼らに興味を失っていた。
「……帰りたい。……でも、どこへ……?」
誰にも届かない呟きが、黒く焦げた実験室に落ちた。
「次の実験は三時間後だ」
「了解しました」
ノアは立ち上がる。それは命令されたからではない。
他にやることがないからだ。




