17 推しに語呂合わせを教えたら、神スチルが解放されましたわ!
しばらくして、魔導士達が慌てて持って来たお茶のセットを、フランチェスカは、まだ煙が残る煤けた実験室の机に当然のように並べさせた。
フランチェスカはガタガタする硬い椅子に腰掛けると、ティーカップを優雅に傾け、4K高画質の十歳にして完成された造形美を見つめながら微笑んだ。
「本日はお日柄もよろしく……と言いたいところですが、この地下室、日当たりも通気性も最悪で労務環境的には完全にアウトですわね。きっちり是正するようこのフランチェスカ。お力になりますわ」
うふふ、と言いながらフランチェスカの目は笑っていない。
少年を怪物扱いして遠巻きにしていた周囲の魔導士たちが、令嬢から放たれる謎の「殺気」にガタガタと震え始めていた。
「こんぷら……? ぜせい……?」
ノアは不思議なものを見るような目をしながらフランチェスカを見ると、こてん、と首を傾げた。
(キターーーー!!!! 国宝級の首こてんーー!!)
心の中で危うく尊死しそうになるフランチェスカ。
その一方でノアは、手元の魔導書に視線を落とした。
「……魔法回路や魔術計算は分かるけど、人の言葉はわからない。……ボクは、怪物だから」
独り言のように呟くと、ノアは口をつぐんだ。その表情には何の感情も浮かんでいなかった。
「……ノア様、それは違います」
「……?」
「怪物……それは美の怪物という事です! 人はあまりにも美しいものの前には畏怖してしまうもの!」
突然熱く語り出した令嬢を、ノアは初めて遭遇した珍獣を見るような目で見つめた。
「ならば、私がノア様もわかる数式での会話をお教え致しましょう!」
さっと、フランチェスカはポケットからペンと手帳を取り出し、文字を走らせた。
「……4649? これは何の魔術回路の数字?」
「これは、4649、ヨロシクと読みます」
「……え?」
ノアの藍色の瞳が激しく揺れた。
「す、数字が、言葉に……?」
「ええ、他にもいろいろありますのよ。ほら、たとえばこれは『5963(ゴクロウサン)』。ご苦労さん、って意味ですわ。デスマーチ……もとい、お仕事終わりの挨拶ですわね。他にも……」
愕然とするノアを前に、フランチェスカは手帳の余白に「4649」のほかにもいくつか数字の語呂合わせを書き込んでみせた。
「これは084。おはよう」
「おはよう……」
「こっちは3341。さみしい」
「さみしい……」
手帳に書かれる数字が増えるたび、ノアの藍色の瞳が少しずつ変わっていく。
最初は戸惑いしか浮かんでいなかった瞳に、いつしか小さな光が宿っていた。
(よし! このままどんどん語呂合わせを……)
「お嬢様、お時間です」
聞き覚えのある声に振り返ると、いつの間にか迎えに来たオルガが部屋の前に立っていた。
「え?」
「本日の見学時間は終了です。そろそろ侯爵家の馬車が出ます」
「もう!?」
ガタッと椅子を揺らして立ち上がる。
ノアがあまりにもショタ美声で応えてくれるから、すっかり語呂合わせに夢中になって、時間を忘れてしまっていた。
ノアは手帳の数字に視線を落とした後、フランチェスカをそっと見上げる。
「帰るの……?」
(うォォォォ! 上目遣いの角度まで天才ですよノア様ァァァァ!)
心のオタけびを、ぐっと、堪えて、鞄から羊皮紙と羽ペンを取り出した。いわゆるレターセットだ。
「毎日は会えませんものね。その代わりに、これ」
ノアは首をかしげながら、差し出されたものを受け取る。
「このペンと紙、特殊な魔道具になっていますの」
フランチェスカは自分の紙に、
『4649』
と書く。
すると次の瞬間、ノアの手元にある紙にも同じ文字が浮かび上がった。
「!!」
「私の手持ちの分も含めて、あと少しで魔力インク切れ(サービス終了)になっちゃうけれど……インクがある間だけの期間限定の文通をしましょう?」
ノアは紙とペンを胸元に引き寄せた。
「……いいの?」
「もちろんですわ」
「……ありがとう」
その時、彼が浮かべた笑顔は、フランチェスカの知るゲームのどの立ち絵より美しかった。
(神スチル……尊い……)
あやうく昇天しかけたフランチェスカだったが、オルガの手で速やかに回収され、そのまま魔塔を出ると帰りの馬車へと押し込まれた。
◇◇◇
「はぁ……今日は最高の推し事をしましたわ……」
揺れる馬車の中、フランチェスカは満足げに目を閉じる。
たった一日の出会いと、一通の手紙。
これが後に、世界最高の魔導士の人生を大きく変えることになるなど――
この時の二人は、知る由もなかった。




