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救ったはずの仲間が、俺を忘れていた。〜追放ヒーラーは“存在を削る回復魔法”で世界の裏側に立つ〜 ―未記録層と界喰いの神話―  作者: 白銀レン


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第29話 最初に削られたもの

 戦いの翌日から、町は“普通”を取り戻そうとしていた。


 崩れた壁を積み直し、欠けた屋根を板で塞ぎ、消えた角を石で埋める。


 失われたものは戻らない。


 それでも、人は生活を続ける。


 その逞しさに、救われるようで、胸が痛んだ。


 俺は瓦礫の上を歩く。


 少年が遠くからこちらを見て、ためらいがちに頭を下げた。


 母親も、目を逸らさずに小さく会釈する。


 覚えている。


 俺を。


 名前を。


 それだけで輪郭が少し濃くなる。


 ミアが隣で微笑む。


「アルド、ちゃんといる」


「ああ」


 まだ、完全ではない。


 胸の奥の冷たい余白は消えない。


 だが世界は、俺を“拒絶”しなくなっている。


 そこへ。


 空気が、静かに変わった。


 雨の前の匂いでも、戦いの気配でもない。


 もっと乾いた、紙の匂い。


 記録の匂い。


「アルド・レヴァイン」


 背後から声。


 振り向くと、リゼが立っていた。


 今日は一人だ。


 外套の襟を高く立て、周囲を警戒するように視線を走らせている。


「話がある」


「今度は観測じゃないのか」


「今回は……個人的だ」


 珍しい言い方。


 彼女が懐から一冊の薄い冊子を取り出した。


 表紙は無地。


 だが、紙そのものが普通じゃない。


 光を吸うような灰色。


 触れれば手が震える、あの感覚。


「未記録層紙」


 俺が呟く。


 リゼの目がわずかに細くなる。


「知っているのか」


「匂いでわかる」


「……境界干渉者らしい」


 彼女は周囲を確認し、低い声で言った。


「これは本来、存在しない」


「持ち出したのか」


「盗んだ、と言った方が正確」


 あっさり言う。


 リゼはそういう女だ。


 観測のためなら秩序も破る。


 だが、今回の目は違う。


 恐れが混じっている。


「記録院の上層部は、あなたを“変数”ではなく“脅威”に分類した」


「今さらだ」


「違う」


 リゼが言う。


「あなたは脅威ではない。脅威は――記録院の中にある」


 胸がざわつく。


 彼女は冊子を開き、ある頁を指差した。


 そこには、短い記述だけがあった。


 文字が、時々欠けている。


 読もうとすると視線が滑る。


 だが、俺には読める。


「……『初回大削除』」


 声に出した瞬間、空気が冷える。


 ミアが身を強くする。


「大削除」


 リゼは頷く。


「未記録層は自然にできた堆積ではない」


 視線が鋭くなる。


「人為的に作られた」


 言葉が重い。


 つまり。


 誰かが、意図的に大量の因果を切り捨てた。


「いつ」


「記録院が成立するより前」


 リゼは淡々と続ける。


「大陸歴以前」


 神話の領域。


「削られたものは、戦争ではない」


「疫病でもない」


「……存在だ」


 背筋が冷える。


 俺はページを見つめる。


 欠けた文字の隙間に、確かに書かれている。


 『存在――“王”――削除』


 王。


 誰だ。


「最初に削られた存在」


 俺が言う。


 リゼはゆっくりと頷く。


「それが界喰いの起点である可能性が高い」


 界喰いは削られた堆積。


 ならば、最初の堆積の核。


 最初の“なかったこと”。


 それが、王。


「記録院は知っているのか」


「知っている」


 リゼの声が低くなる。


「そして隠している」


 拳が握られる。


 怒りではない。


 恐怖だ。


 こんなものを隠している組織は、何をする。


 何でもする。


「なぜ俺に見せる」


 問い。


 リゼは一瞬、視線を逸らした。


「……あなたが触れたから」


「未記録層に」


「界喰いに」


 そして。


「あなたなら読める」


 言葉の意味が胸に落ちる。


 俺は、世界の裏面に触れてしまった。


 戻れない。


 もう戻れない。


「上層部が動く」


 リゼが言う。


「監査局が来る」


「監査局?」


「記録院の中の記録院」


 最悪だ。


 監査は観測ではない。


 処分のためにある。


「あなたも、私も、消される可能性がある」


「……消すのは得意だな」


 皮肉が漏れる。


 リゼは笑わない。


「今の界喰いは半身を退けただけ」


「次はもっと早い」


「そして上層部は、界喰いよりあなたを恐れている」


 俺を。


 削らない道を持つ者。


 削る文化にとって、最大の異物。


「ミア」


 彼女が小さく頷く。


 目が、いつもより深い。


 彼女はこの話を、どこかで知っているような顔をしている。


「アルド」


 ミアが囁く。


「王って、呼ばないで」


「……何だ、それ」


 リゼが眉をひそめる。


「あなたは何を知っている」


 ミアは答えない。


 ただ、俺の袖を握る。


 その手が冷たい。


 未記録層の冷たさと同じ。


 だが、少しだけ違う。


 懐かしい匂いがする。


 俺は、冊子を閉じた。


「次の戦いは、界喰いじゃないかもしれないな」


 リゼが静かに言う。


「組織が敵になる」


「どっちも敵だ」


 俺は答える。


「削る世界が敵だ」


 風が吹く。


 町の仮設の旗が揺れる。


 空は青い。


 だが、その奥に、見えない亀裂が残っている。


 最初に削られたもの。


 その名を知った瞬間から。


 物語は、もう“町を守る”だけでは終わらなくなった。


 世界の根に触れてしまった。


 削られた王。


 削る組織。


 削らない俺。


 次に来るのは、監査局。


 そして。


 未記録層の奥から、また視線がする。


 界喰いではない。


 もっと古い何か。


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。



本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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