交流と合流
合流する
君塚一行は深い森の中に鳴り響く乾いた銃声と爆発音のした方向へ向かい、そしてその新手の部隊が展開している凄惨な戦闘現場へと辿り着くことに成功していた。
そこには圧倒的な暴力の痕跡があった。
森の木々はなぎ倒され周囲には無数のゾンビ兵の亡骸が蜂の巣になって折り重なっていた。そしてその中心で見るも無惨に全身を穴だらけにされながらも、まだ辛うじて息のある新倉結菜の肉体を見つける事が出来た。
彼女は頸部や頭部にもそして脚部にも腕部にもくまなく致命的な大口径弾の弾痕が有り、その異様な姿は激戦(というよりは一方的な蹂躙)の痕跡を示した。
遠くで展開している最新の米軍特殊部隊装備(マルチカム迷彩とGPNVG-18暗視装置)の兵士達は警戒の為に一旦射撃をやめていたが、背後に鎮座するM1A2 SEPv3 エイブラムス戦車の120mm滑腔砲の砲口からたなびく白煙はつい先程まで圧倒的な火力を叩き込んだ証のようなものである。
「ヒュー、ヒュー、がふっ、ヒー……がばっ、がっ、ふっ……ぎっ……あっ」
新倉の口から止めどなく血液がこぼれ出し蓮根かエメンタールチーズの断面のように撃ち抜かれた残骸から川の源流の様に流れ出ている血液で血溜まりどころか軽い池のような物が出来上がっている。普通なら即死だが彼女の異常なチート能力がまだ死を押し留めているらしい。
「……これでもこいつは死ねないのか……哀れな姿だな。これがお前の望んだ革命の果てか」
「ええ、私が完全に浄化を致します。アンデッド系やその使役者には、こういった聖属性の詠唱が有効ですので――」
「がっ、ま、て……がはっ……! 私を……ここで、死なせると……後悔、するぞ……っ」
「だそうだ、ナディア待て。……新倉、それはもしかして死の手のことか?」
君塚の問いに新倉は血反吐を吐きながらも力なく縦に頷いてその問い掛けへ肯定した。
「成る程ね……。お前がここで完全に死ねば本国に残されたシステムが自動的に作動し核報復攻撃が発生して世界を核の炎に包むと。ふーむ……狂ってはいるが、抑止力としてはよく考えてたな」
「な、なんてことを……!」
「そこまでですか……。自分が死ねば無関係な者も全員死なせようとするその執念深い意思の強さは感心しますが、本当に往生際の悪い醜い怪物ですね」
レーナとナディアは新倉の『死後の道連れへの備え』へ嫌悪感を示し、まだ諦めず死に際なのに足掻いて生き延びようとする様がまるで醜い怪物そのものであると考えさせられる。
そんな状況だがアナスタシアは震える小さく細い手で近くの死体が落としていたマカロフPM拳銃を持ち銃口を怨敵たる新倉の頭部へ向けていた。その可憐な表情は深い憎悪と責務から発せられた怒りで興奮していて我を忘れかけていた。
「お父様、お母様……そして家族を皆殺しにした貴女が、貴女は私がこの手でしっかりと殺さなくてはならない……!」
「くっ、かひゅ、ぐっうぅ……」
「でも、ここで撃てば……撃てば、私は復讐を果たしても、祖国でさえも核の炎で喪い……仇を討っても私に残されるのは……何もない……!」
「お、くっ、臆病者……。撃つなら、撃て……!! 私なら……迷わず撃つ……!! 貴様の、ような……がひ……子どもでも…わかる、こと…だろう!!」
「わかってます!! わかってますけど……でも……。貴女を撃てば……貴女を撃てば、私は貴女と同じようにこの世界を無茶苦茶にして大陸に、いえ人類史に永遠の汚名を刻む事になります!! だからここで……ここでっ!!!」
すると後ろから君塚は悲しみと怒りの間で涙を流して悩むアナスタシアの手の中で震えているマカロフをそっと優しく取り上げ、そして拳銃のスライドを引き薬室に弾が入っているかを確認した。
「アナスタシア様……これにはそもそも弾は一発も入っていません。こいつはそういう卑怯な所がありますから貴女が理性のせいで弾を撃てないことを愚弄したくてあんな挑発の事をしたのですよ」
「うう……ううう……き、君塚様……わ、私は……意気地なしで……ぐっ……うううう!!」
「無理されないでください、アナスタシア殿下。貴女を守り、鷲の国帝政の復古を無傷で叶えるのが、今の私の為政者としての責務ですので、何卒ご自愛ください。それに、汚れ仕事と言うのは気高き皇族がするものではありませんよ。私のような泥に塗れた政治家が引き受けるものです」
「……わかりました。であればこの拳銃はお渡しします。ですがこの女には然るべき法の裁きか、それに相応しい報いをお与えください」
「かしこまりました、殿下。……これが国家の重鎮というものだ新倉。己の手を直接血で汚すのは、暴君の愚の骨頂であり名君を目指されるのであれば――」
すると遠くの暗闇から無音でぞろぞろと隊列を組んで、米国式の兵士達が2列縦隊で素早く接近してきている足音が聞こえたので君塚は拳銃をホルスターへしまった。
もし彼らに向けて構えれば恐らく次なる獲物は自分達の事なのだと思えば大人しく敵意を見せないようにしないといけない。
長い付き合いのロシア系兵士達ならまだ銃を向けても「閣下の事情」として直ぐに銃を収めるだろうがこのアメリカ軍式の連中はまだどんなシステム・思想で動いているのか全く理解出来ていないのだから。
「全隊止まれ! 目標の生体確認が完了するまでお前達はそこを動くな!!」
「了解であります!」
そう大声を出した消音器付きのMCXアサルトライフルを装備しているデルタフォース隊員が一人、前にゆっくりと警戒しながら出てくる。
彼等はバラクラバで顔を完全に包み、四眼式のGPNVG-18暗視装置を装備して表情を読めないようにしており近付くと君塚に通信用の無線機とインカムを渡した。そして司令部へ報告の無線通信をその兵士は行う。
「司令部。恐らくVIPと思われる人物(君塚悠里)を発見した。これより保護・収容する。オーバー」
『了解した。であれば速やかに該当区域を離れられたし。そろそろ厄介なテロリストの増援が近付いて来ているぞ』
「了解。……では総司令官殿、我々に付いてきてください。我が『統合任務部隊』は貴方の着任を長らくお待ちしておりました。回収のヘリはこちらです、お足元には気をつけてください」
「あ、ああ。わかった。……あれはどうする?」
「回収します。どうせまた蘇りますがこの強力な拘束衣で縛り上げれば手も足も出ず何も出来はしませんよ」
敬礼した後、速やかに兵士達は『君塚護衛の班』と『新倉拘束の班』に別れて作業を開始していた。
戦車部隊は直ちに後退しエイブラムス戦車は彼らの秘密基地へと向け離脱を開始。護衛部隊は君塚たちをMH-60Mブラックホークまで護衛し、新倉を拘束した班は、大型のMH-47Gチヌークに彼女を重々しい死体袋に包んで文字通り「荷物」として運んだ。
「なぁ……俺をさっき『総司令官』って呼んでいたがそちらの部隊の……まぁ、一番の責任者は俺という事で間違いないんだな?」
ヘリに乗り込む直前、近くの兵士に取り敢えず確認の為に尋ねる。
「はい。確かに我らJTFの総司令官閣下は『君塚悠里』ただ一人です。どうかされましたか?」
「いや、良いんだ……まぁそうだな。うん。俺のギフトは本来なら『ロシア系兵器』しか出せないはずなのにこんなアメリカ軍の最新鋭部隊を指揮しているからシステム的な不安が勝ってきてな」
「物資なら全く問題有りません。我が軍には既に1年程の完全な補給物資が蓄えられております。それに兵站拠点も勿論各地に密かに展開されています」
「だが、ソビエト軍の主力は全く撃破出来ていないと」
「はい、総司令官。やはり厄介な事に奴らはまだそれなりの大兵力と核を有していて全面衝突には大規模な戦力が必要になります。若しくは、今捕らえたHVTを上手く活用して無血開城させるかです」
「その辺りの戦略もまた基地に帰ってから参謀たちと考えようか。今この国に散らばっているのか、それとも集まっているのか。そしてどのような兵器と部隊が、何処に居るのか全体像を確認したい。……後、向こうの指揮官連中にも俺の顔をしっかり覚えてもらいたいしな」
何処に辿り着くか分からないがヘリに乗った一行は、レーナとナディア以外は肩から力を抜いてリラックスしていた。が、二人はまだ見知らぬ軍隊に対し警戒を厳にして気を張り詰めていた。
「閣下。こちらの方々の装備はどうやら我々平原の国の従来の装備とは全く異なるようですがどのような兵器を保有していると思われますか?」
「まあ、そうだな。今国内軍が装備している兵器が有るだろ? T-90MとかT-80BVMとかSu-35Sとか」
「はい、確かに閣下といつも共に居れば常に目にしている精鋭兵器でございますね。それがどうかされましたか?」
「向こうの部隊はそれよりも更に基本高性能なネットワークで繋がれた最新鋭の兵器群で編成された部隊だ。この四眼の暗視装置も……ほら、兵士殿1個貸してくれ」
「了解しました。壊さないでくださいよ?それは高いんですから」
「ありがとうございます……うわぁ……! これって……凄いですね閣下! これなら夜間でも昼間のように安全にっ!!」
「がっ!」
「あぁ…言わんこっちゃない」
手渡されたGPNVG-18を被って外を覗くとそこには漆黒の暗夜であるのにも関わらず日中と変わらずクリアで立体的な視界が確保されていて驚いたナディアは琥珀色の瞳を爛々と輝かせ、興奮気味に勢いよく振り返ってしまった結果四つのレンズを君塚の頭部に思い切りぶつけてしまう。
「いたた……大丈夫ですか閣下!? 申し訳ございません!!」
「大丈夫だよナディア……俺は良いが君は怪我してないか?」
「私は大丈夫です。先程はその……」
「誰だって初めての最先端技術には興奮するさ……ナディアだけじゃない。ほら、レーナも見てみるか?」
「結構です。全く、この様な資本主義の甘い道具に頼り切っては私の狙撃手としての腕が鈍りますから……」
ムッとして居るレーナはともかく現在ブラックホークの機内では女性陣が次々とその暗視装置を使い回して、機外の景色を見ていた。
無論祖国を喪ってしまった後、この様な形で帰還したアナスタシアもである。
「アナスタシア殿下……いかがでしょうか? 外の景色と言うものは」
「……やはり、まだ夏ですから帝国の厳冬の景色とはまるで違う緑色の原っぱで……そしてそこには沢山の民の暮らしが有って、教会があってそこに皆は祈るのです……。でも、今は……」
「確かに、眼下の村には人の息吹は全く無いようです。新倉の愚かで強引な圧政のせいでしょう。まぁそれも今日までですがね、あともう一踏ん張りですよ殿下」
「……はい!!」
隣のチヌークを見やるとその大型ヘリは重さを感じさせない速度で並走飛行しており、少なくとも新倉は逃げ出していないようだった。そして死んだとも報告が無いので死のペリメーターが発動している訳でもない。
「間もなく基地です! 降りる準備をお願いします総司令官閣下!!」
「わかった。なら準備しよう」
前方に煌々と照らされているまるで深い森の夜の中に一箇所だけ『真昼』が訪れているような強烈な照明に包まれた広大な土地が迫ってきていた。
地上には多数の歩兵や装甲車両、そして航空機が整然と配備されて居て司令部の施設にはパトリオットのレーダー施設も存在していてアンテナが常時回転している事から稼働には全く問題無い事がわかった。
M1A2 SEPv3 エイブラムス戦車、M2A4 ブラッドレー歩兵戦闘車、M109A7 パラディン自走砲等を装備した部隊が装備の点検や砲弾の搭載を機械のような正確さで行い、上空ではAH-64E アパッチ・ガーディアンがOH-58Dカイオワ・ウォリアーを伴い定期的な巡回任務を行なっている。
ブラックホークが着陸すると君塚達は降り立ち、現地の幕僚と思われる高級将校たちが出迎えてくれた。彼等は皆現代的なアメリカ軍の軍装であり、一斉に完璧な敬礼をした。君塚は答礼しつつこの基地の威容について眺めていた。
ヘリポートから見える多数の巨大な石油タンク、重厚な弾薬庫、そしてサーチライトも照らしてその大規模な遠征部隊を支える兵站施設が燦然と輝いていた。
「ようこそ総司令官。この該当国家において敵の監視を逃れた僻地に有る極秘の総司令部『キャンプ・フォード』へ」
「あ、ああ……出迎えありがとう。しかしここは凄い大規模な前線基地だな。一体どれだけの兵数が居るのやら」
「そちらのデータも既に統合ネットワークに纏めておりますので。どうぞ、司令部までこちらの車へお乗りください」
JLTVの車列で迎えに来ているが新倉の姿を探した所、厳重にロックされたM931A1トラックへと乗せられていく姿が見えた。彼女は必死に藻掻いておりある程度体力が回復していたようだが残機を使い果たしたのか、それとも手足を完全に特殊な拘束具で固定されてしまった結果かギフトは発動出来ず情けなく捕虜収容所へと連行されていった。
「どうやらこの基地は完全に安全圏のようだな。助かったよ……本当に命からがらってやつだな」
「はい。まぁ確かにここまで奴らが接近して攻撃してくるのが稀です。あの大軍を抱えてるアカの重装備でもこの険しい地形と我々のISRを抜けて無理矢理こっちに来れる訳が有りません」
司令部本部へ到着して降りると本国の『平原の国・国内軍』の総司令部と変わらない慌ただしさが流れていたが、決定的な米国式部隊との違いは彼らは「紙の書類の束」ではなく「ノートPCやタブレット端末」を全員が用いていて中には軍用のスマートフォンを携帯して情報共有している者もいる。後はカードキーや生体認証による徹底的なセキュリティ対策だ。
そんな未来的な光景に君塚の連れの少女達は色々と驚いてはいたが間もなく総司令官用の重厚な執務室に辿り着いた。
「こちらです閣下。少ししたら現司令官たちから引き継ぎの報告がございますのでもうしばらくお待ちください。ああ、それとお連れ様の方々もどうかソファーでお寛ぎを……大変なことに成っていたと伺っていますのでね。コーヒーとミルクでもお持ちしましょう」
「失礼します」と退室した彼を見送った君塚達はホッと一息ついて脱力し、ニケや双子女神はダランと身体をソファーに伸ばして気絶しかけていた。
「ぁぁぁ……死ぬかとずっと思った〜……もうこれでダメかと……」
「それについては完全に同感ね……ベロボーグぅ……何とか逃げてこれたけど、これならあのヘリを墜とさなきゃ良かったわね」
「チェルノボーグ……はしたないですよ……そんなに脚を大きく広げて座るなんて。女神の品格が疑われます」
「アンタももっとだらしなくなりなさいよ。もう新倉と愉快な仲間たちに取って食われる心配しなくて良いんだし……そこの元担当官様のようにね」
「うっさいわね……少し寝かせなさいよ……」
「それでは、私も少し脱力しますね、君塚閣下……ふぁぁ」
アナスタシアも少し力を抜いて安心から可愛らしい欠伸が出ていたが、ナディアとレーナは窓の外を見つめまだ警戒していた。
例えばキャンプ・フォードの所在地が『平原の国』ならまだ良い。が、残念ながらこの地はバリバリの敵国である『ソビエト社会主義共和国領内』。そして平原の国からの本隊の救援部隊が来るまで暫くかかるだろうし、もし来れても新倉が死ねば「核報復」のリスクが襲っているのだ。
─人間に核が撃てないという幻想は今この世界では通用しない。
「夜分遅く失礼します。只今、軍の引き継ぎの報告に参りました、総司令官閣下」
老いた野太い、しかし理性的で落ち着いている男性の声が、入室を求めていた。
「どうぞ、入ってくれ」
「失礼します」
初老だろうと思われる星付きの将官である男性四人組が入室してきて駄女神とニケが慌てて姿勢をシャンと正し、アナスタシアも咄嗟に気を取り直した。
君塚は彼らの完璧な敬礼に速やかに答礼しつつ、彼らが今までこの部隊を維持してくれた労に対して労った。
「ようこそ、そしてありがとう諸君。ここまでの防衛と管理任務、大義だった。ブラッドレー、スプルーアンス、アーノルド、スミス」
オマール・ブラッドレー(陸軍大将/「兵士の将軍」)
レイモンド・エイムズ・スプルーアンス(海軍大将/「沈黙の提督」)
ヘンリー・ハーレー・“ハップ”・アーノルド(空軍大将/米空軍の父)
ホーランド・マクテイラー・スミス(海兵隊大将/「狂人」)
その第二次世界大戦を勝利に導いた伝説的な四名が今までこの圧倒的で大規模なJTFの指揮統制を担っていたのだ。
そしてこの名将たちの合流は現状「ソビエトを完全に崩壊させるだけの戦力と将官は足りている」事を指しているのだ。新倉の狂気がもたらした赤黒いこの悪夢を完全に断つための反撃の目覚めが近付いている。
自由のドラムを叩け!
蒼き旗は我らの正義と秩序を示し
赤き血潮は悪の敵を打ち倒すために流され
白き明るい明日をこの世界に手に入れるために
我らの星条旗は輝くのだ!!
未来を勝ち取る為に我らは進んでいく
正義と自由の為に。無法者の悪党よ覚悟しておけ
たとえ何処へ逃げようと暗闇に隠れようと
必ず見つけ討ち果たされるのはお前達だということを。
そして交わる




