墜ちた後
墜落地点を確保せよ
「ぐっ……はぁ、ふ……けほっ、ごほっ」
深夜に堂々と行われたイレギュラーの駄女神姉妹の強引な空間干渉による降臨によりあえなく鷲の国の広大な森へと墜落した大型ヘリコプターの残骸の中で君塚はいち早く気を取り戻した。
最後に時計を確認したのは23時であり、そしてそれから時間が経過しても未明付近なので当然辺りは月明かりすら届かない漆黒の闇に包まれている。
「……あぁ……ぐっ、はあ……ふっ……お、おい、全員生きてるか?」
「何とか……生きてます……同志……」
「うう……死ぬかと思いました……」
「こんな物理的な干渉の使い方が有るなら……けほっ、アタシも一回くらい使えば良かった……」
「ううん、母様、父様……あれ……君塚摂政様? ここはまだ、この世なのですか……?」
「チェルノボーグ……貴女……恨みますよ……」
「元はと言えば貴女のせいでしょベロボーグ……箱庭の中に『神々しく登場したい』なんてバカな我儘を言うから……」
新倉に拘束されていた人質の少女達(ニケ、ナディア、アナスタシア)とレーナ、そして突如現れた謎の双子の女神の生存は確認出来た。だが新倉のスペツナズ兵士達は全てシートベルトをしていなかったか、あるいはヘリの機材に潰されて墜落の衝撃で絶命しており、その主である新倉結菜は何処にも姿が見当たらなかった。
女神の双子は墜落の際天井やら床に激しく叩きつけられていたが物理的なダメージは受ける構造になっていないのか何処にも外傷は無くふらついているが君塚達に比べると無傷のようなものであった。
「はぁ、シートベルトを……切りたいが、くそっ、手錠で動けない……」
「ナイフが、有れば……はぁ……」
レーナは身体を揺すって所持品をある程度確認していたが手錠を切り落とせる様な物はなく、そして硬いベルトを切れるものさえ無い。
それ故にシートベルトで座席に固定された身体を外すことが出来ず、鍵を持っているであろう兵士の死体も距離があり手が届かない。
「……取り敢えずそこのチェルノボーグとベロボーグ。自由なそっちがそこの兵士の死体のポケットから手錠の鍵とナイフを取ってくれないか? こんな森のど真ん中で全員仲良く手錠のまま飢え死には困るんだ」
「あらあら。一介の人間風情が、女神使いが荒いわね。まあ良いわ取れば良いんでしょ取れば……。全く、敬いもせずにこれだから傲慢な人の子は……」
「では取り敢えず私は兵隊さんが持っていた短剣で皆さんのベルトを切りますね、チェルノボーグ」
「助かるよ」
チェルノボーグとベロボーグの不貞腐れた手助けにより何とか手錠とベルトから解放されひしゃげた脱出用のドアから外の森へと出た。
すると、はるか遠くの夜空から複数の重低音のヘリコプターが飛来する音が聞こえてくる。だがローターの風切り音はMi-24やMi-8のものではない。つまり、ソビエト社会主義共和国へ展開している空軍のヘリ部隊は存在しない。ということは――。
「平原の国からの救出部隊か……? この真っ暗な未開の森にもう今から来るとはとても大した忠誠心と電撃戦の速度だな。ったく、一息くらいつかせてくれ」
「だとしても、非常に危うい状況です同志閣下……私達は今丸腰です。コイツらの武器は先程の不時着でほぼ壊れています……拾ったマカロフもスチェッキンでさえ銃身が歪んで使い物にならないようでして」
「そうか……やむを得ん。とにかく残骸から離れるぞ。誰か方位磁針を持ってないか? それかコイツらの装備の中にそういった装備は?」
「……無いようです。どれもこれも、アナログな地図すら破れて読めません」
「この……ああ。少し語弊が生まれるかもだが役立たずしか居ないようだな、この新倉のソビエト兵どもは」
君塚は全員を眺めてから取り敢えず森の中で方角を取れる道具は無いかと思い、兵士の死体から念のため探していたがニケが谷間に隠していた薄型情報端末を取り出す。
「見て悠里っち、これなら多分……出来た!」
「おお、システムのアナログ方位磁針の画面になったぞ! これなら取り敢えず、東に向かえば龍の国との国境経由で平原の国へ脱出出来る……はず」
「そこは言い切ってよ悠里っち……。まあ取り敢えずこれで何とか方角は分かるから、後は安全圏まで歩こ〜」
「成る程……ニケ様。流石、閣下の担当官でいらっしゃっただけはあってこの様な不測の事態に備えられているのですね」
「俺は別にトラブルに巻き込まれたい訳では無いが?」
ナディアはニケの機転に関心していたがチェルノボーグとベロボーグが明らかに不貞腐れていた。
「む。人間さん達が元担当官のポンコツへ夢中になってます」
「私達もそれなりにさっきのあれ以外にも色々見えない所で手を回していたのにね、ベロボーグ?」
「私達の苦労も知らずにつまらないですねチェルノボーグ」
「ほう。手を回していたとは具体的にどのような事をされたのか? お教えくださいますか、同志チェルノボーグとベロボーグ」
少し離れていたのかレーナは何処からか持ってきた護身用の太い枝を背中に背負いながら戻って来て二人に「今度は何を勝手にしでかしたのか」と尋問しようとしている。
「ええ、そうね。ベロボーグ――」
「自分でやった事はちゃんと責任を取って自分で話しなさいチェルノボーグ」
「あ、貴女が今回の騒動で君塚を助けようとしたからでしょ! あのねぇ!? 私反対したのよ! 貴女、まさか忘れて無いわよね、言い出しっぺのベロボーグ!??」
「さあ? でも私はあくまでも勧めただけよチェルノボーグ……。隣の担当官の方の端末を強奪して勝手に操作するなんて」
途端、ニケはものすごい勢いで顔を青褪めさせていた。隣の担当官の人物つまりエリスへ心当たりが有るからだ。
「ね、ねぇアンタたち……まさかだけど……隣のエリスの端末を強奪し悠里のデータに勝手にログインしたとか、そんな感じ?」
「ええそうよ? 何か問題が有るかしら?」
「だって私達へ端末が配られるのが遅いんですもの。遅くて、まるで千年の時を経たされた様な気がしたのよ。だからちょっと借りただけ」
「その端末も……あぁ……はぁ……それ、エリスのじゃない……。アイツが使ってた、一般担当官用の古い方の管理者端末なんだろうけど……。で、アンタら、それで何をしたの?」
「弱きは奪われて当然なのですよニケ。私もチェルノボーグもそう母なる平原と大地と人の子らにより学ばされました」
エリスの端末――彼女がこの二人組に背後から頭部を鈍器で殴打されて古い方の端末をふんだくられてしまった結果、何かとてつもなく良くない出来事が起きてしまったようだった。
そしてニケが自分の端末からその君塚のステータスデータにアクセスした瞬間、その『良くない事』がハッキリと理解、いや絶望的な情報として脳内に激しく叩きつけられていた。
「ね、ねぇ……悠里の分の今まで血みどろになって稼いだポイント有るじゃんさ……あれ、何処に行ったの?」
「……ねぇチェルノボーグ」
「ベロボーグ。全て正直に白状した方が身のためよ」
「全部消えてんだけど……ねぇ! アンタ達何処にやったのよ!? これじゃ、今すぐ必要な無線機も救急箱も食料も買えないじゃないのよ!」
「……全部使いましたよ。でも端末の使い方が分からなかっただけなのです。不正ログインのせいか端末は文字化けもしてるし、数字しか見えなかったし。君塚は無謀な事をして死にかけてるし焦って全部の購入ボタンを押せるだけ押しました」
「あ、あぁ……ぁ……」
ショックのあまりその場でがっくりと項垂れて、しかも大事にとっておいた「将軍ガチャチケット」も勝手に消費されて消えてるしでニケは真っ白になって霊体が口から飛び出てしまっていた。
「ニケ、ポイントってのは今までどうやって貯まってたんだ? 取り敢えずまた地道に貯めればそれで……」
「100億ポイントよ……。貯める方法は……アンタが……平原の国の実権を握って血反吐吐きながら政治をしたり、他の転生者に勝ったり、サブクエスト達成したりとかして、何年もかけて追加されたのよ……。ふふふ……せっかく貯めたものが、全部ぱぁ……あははは……うふふ…」
「……ありがとうニケ。取り敢えず事態が深刻なのはよく理解出来た。でだ、そこの双子。何を買ったか見せてくれないか? とにかく現状の情報は必要だろう」
「え、ええ。まあ……でも読めるの?」
「見ないと何とも言えない。とにかく見せてくれ」
「はい。君塚悠里」
手渡されたタブレットには、確かに二人のアカウントがハッキングでログインされていたが、購入履歴の欄が乱れていたり文字化けも有ったが、それでもロシア語と英語が混ざった文字列は読めなくはないので確認する。
「で、だ……成る程……ああ。あー成る程……面倒くせぇなこれ……。ちょっと待て、これ、どういう理由でガチャ回したらこうなるんだ?」
「……このまま逃げますか、チェルノボーグ?」
「逃げるのに必要な端末置いて逃げてどうするのよベロボーグ。今さら逃げても仕方ないわ。こんな事に成るなら私がしっかりとシステムを抑えておけばこんな事には……!」
「聞こえているぞ、そこの腐敗神二柱! 同志閣下の保有している国家の血税の資産と同等の宝ををよくも……!!」
レーナはもし手にA-545が有ればその場で二人を即決処刑していただろうが無いので怒りを飲み下して収める。
一方で、死ぬ程嫌悪する視線を向けているのはナディアであった。
「……つまり。閣下の血と汗の結晶であるお金を使って無駄な買い物をされたのですか。この駄女神どもは」
「駄女神とは言うな……俺も全く同意見で言いたいが」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! でも何かは買えたでしょう!? その何かはきっとこの絶体絶命の窮地で役に立つ筈です!」
「ベロボーグ……この件については片割れとして謝罪させてもらうわ。申し訳無い事をしてすまなかったわね」
チェルノボーグは恭しく謝罪した後、事態を飲み込んでやむなくベロボーグも謝罪する。
「お前らが購入品目の内容について履歴の中身が今大体判明したぞ女神共。お前達を全力で罵りたい気持ちと……腹立たしいが『よくやった』と言う事の感情が入り乱れている」
「?」
全員が君塚の発言に注目する。
「お前らが買った内容だがエリスの端末であったのが功を奏して……どうやら俺のポイントで俺の『軍隊創造』の権限とは別の奴のギフトを行使した結果、別の装備の『軍隊創造』のギフトが適用されたようだ。その結果、俺はとんでもない化け物を買ったらしい」
「どういう事?」
「つまり同志閣下、我々は有利な状況であるということでしょうか?」
「まぁそうなる。……ほら。買い物の結果が、今、逃げた新倉を発見したらしいぞ……」
ドッドッドッ……という小気味良い重機関銃の発砲音とそれに続く強烈な爆発音、そして遠くからの新倉の絶叫と悲鳴が聞こえてくるが同時にこれまでのロシア軍の車両とは明らかに異なる重低音のガスタービン・エンジン音も森の中から聞こえてくる。
「さあ、行こう。あっちで暴れてる部隊は多分俺達の味方だ」
「なら良いのですが……」
ナディアは不安げではあったがしかし主が大丈夫だと言うならと信じる事にした。
そして他のもの達も君塚に付いていくことで何か事態が好転する事を信じて後に続いていたが君塚は正直不安ではあった。敵地のど真ん中で有るが故何も信じないより遥かにマシであったが。
彼らがもし味方だとしてもこちらを味方と思うのかと。その別の転生者に所属していると向こうの部隊が信じていたら、今は無防備そのものであり、彼らが君塚を『主』とみなすかは完全に博打であった。
「さて、鬼と出るか蛇が出るか。アメリカの騎兵隊のお出ましと行こうか……!」
「君塚摂政様、お気を付けを。この辺りはすっかり闇に包まれていて、近くに何か目印になるようなものも、恐らくは無いものと思われます」
そして、新倉が逃げるために通ったであろう人型の茂みの窪みや足跡を辿って、森の中から徐々に抜けていく。地元の筈のアナスタシアでさえ、この様な土地には全く地理が分からない程辺境の土地であるのは分かっているが、これ程方角が分からないのは初めてである。
こうして一行は君塚が向かっている方角、西へと歩みを進める。
彼の端末には、その『新部隊』の所在がマップに青いアイコンで示されており、そこへ向かえば友軍との合流も可能になるからだ。
一方、君塚が消息を絶って1週間が経過し平原の国国内軍総司令部では既に『報復の全面開戦』の手筈が着々と整っていた。
少なくとも平原の国の会議室には既に将校はおらず皆、龍の国国境線の部隊の各々受け持つ部隊の前線指揮所へと向かっていた。
君塚を監視していたドローンは何者かに撃墜されそのまま通信が途絶してどうなったかは不明である、生死不明の君塚摂政ではなく彼らの臨時の指揮権はヤドヴィガが握っていた。
彼女はすぐさま敵討ちの為に平原の国国内軍の総動員を発令し開戦事由として君塚摂政の捜索または遺体の回収、そしてテロリストへの討伐を目的とするのだ。
高地の国からは特使が急遽送られて今後の対策を協議していて具体的には「ソビエト社会主義共和国への平原の国同盟国としての報復措置」の戦争で共同戦線を取ることに成った。
参謀本部ではそれに合わせてまたもや戦争計画を練り直させられていたが、しかしそれも半月以内に全ての実働部隊の調整は終わる見込みである。
そんな中ズラトポル近郊の空軍基地、ワスクァのレーダーに所属不明の巨大な輸送機『C-17 グローブマスターIII』と護衛と思われる『F-15EX イーグルII』が接近していた。
取り敢えず空軍基地から急ぎ首都防空の任を担うMiG-31BMの3機編隊がスクランブルで離陸し、領空侵犯機の目的と所属を尋ねることにする。
「こちら平原の国国内軍。所属不明の大型機、貴機の目的と所属を答えられたし」
《警戒しないでくれ、ロシア人の旦那。俺達は敵じゃないぞ》
「繰り返す、所属と目的を答えろ。さもなくばミサイルで撃ち落とす、それとも機銃で踊りながら死なせようか?」
《ったく……血の気が多いな話も通じねぇ。俺たちの目的はアンタの所の大将についての『重要な荷物』の輸送だよ! それと所属は、平原の国国内軍? だ!! 一応な!!!》
「バカを言うな。俺達はそんな西側の輸送機を装備している部隊は存在しない。貴様らはソビエトの偽装機か!?それとも新手の敵勢力か!??」
《最近追加で出来た部隊と言えば分かるか!? とにかくさっさと滑走路に降ろさせてくれ。この荷物をアンタらの司令部に受け渡ししたいんだ!!》
「……わかった。なら、こちらの基地の滑走路まで誘導する。余計な真似はするな。ついてこい」
MiG-31BSは翼を左右に振り自分達の基地へと誘導する。
そして輸送機の編隊もそれに応じて機首をワスクァ空軍基地へと向けて国内軍の指示に従っていた。
歓迎されない来訪者




