光の射すほうへ向かう
思わぬ再会
「君塚っち〜! やっと会えたね〜!! アタシ寂しかったよ〜!! 会いたかったよ〜!!!」
「うわー!! どなた!? あなた一体どなたなの!!??」
君塚は昨晩ヤドヴィガに構った結果、一睡もできずに朝を迎え極限の眠気を堪えつつ帰宅したところいきなり玄関前で派手な私服の美少女に抱き着かれて激しく驚いていた。
だが、そのハイテンションな声には何処かで聞き覚えが有った。
「な、なぁ……もしかしてその呼び方と声は……」
「やぁっと気付いた〜? 君塚っちの元・担当官のニケだよ~!! こんな形で直接会えるなんて感激〜!」
「そんな……嘘だろ……! 嘘だと言ってくれよ……!! 何で運営スタッフがここに直接来てんだよ!? 随分通信で会話してなかったから何かトラブルでもあったのかとは思っていたが、どうしたんだ……」
甘えるような猫なで声で顔や身体をスリスリと擦り付けてくるニケに、君塚はタジタジに成るが、彼女は決して押し負けずそのままグイグイと物理的に迫っている。
「に、ニケ。頼むから少し離れてくれないか。俺も直接会えて嬉しいけど、今はちょっと」
「えーやだ! やっとこさ直接会えたんだし、少しは君塚ニウム摂取する〜! 摂取させるの〜!!」
「離れろ! 暑いし色々な柔らかい所が当たってて……ほら、メイド長のつむぎがモップ握りしめながら修羅の顔でこっち見てるからやめるんだ! やめなさいニケ!!」
「やだ! もうこっから先は絶対離れないもん!! どうせもうあのクソ運営には戻れないし〜!!」
露出度の高い服でグリグリむにむにと抱き着いてくるので君塚は両手で彼女の肩を掴んで引き剥がそうとするが彼の全力をもってしても引き剥がすどころかニケの謎の膂力が勝り余裕で抱き寄せられてしまう。それが君塚のここ最近での最大のショックだった。
思えばこの世界へたどり着いてから全くと言って良い程、女性相手に腕力で勝てた覚えが無い。
自身が保護し幼君として担いだヤドヴィガにさえ、本気を出されれば勝てず終いである。
例えば数年前のある日の夜。まだ18歳だったナディアにふと腕相撲を挑んだ際「一切の手加減は不要だ」と伝えて為政者としての男らしさを見せようとした時の事だ。
「閣下、どうされたのですか? プルプルと顔を真っ赤に赤らめておりますが」
「ふぐっぐぐ……ぐぬぬ……!」
「その……相当な力は籠められているようなのですが……閣下、これでは勝負にならないかもしれません」
「う、うるさい……ふぬぬぬぬ! くそっ、ど、ぉしてビクともしないんだ……!!」
「まぁ、私は聖女ですので常人よりも基礎的な身体能力や力は強く成ります。それに閣下も文官としては十分お強いですしそこまで気にされることでも無いかと」
「だが、これは真剣勝負なんだ……!」
「さようでございますか……なら」
そっとナディアは「ぽん」と君塚の頭を反対の手で優しく慈しむように撫でながら慰める。その瞬間、君塚の「男としてのプライドの芯」が折れる音がしたと自覚すると同時に勢い良く、しかし優しく腕を倒されてそのまま呆気なく敗北してしまった。
口から魂が抜け出すような呆け顔を見せてしまった君塚の情けない姿にナディアは内心で少し興奮し倒錯した背徳感を得たがすぐに完璧な秘書の顔で隠した。
「……ナディア。俺はもう男としての自信が持てなく成ってきたよ……。この世界では聖女故に弟の透もそうだがヤドヴィガ殿下も大変力が強く成られておられる。どうしてこんなに男勝りで物理的に強い女ばかりが育つ世界なのか、非常に気になるね」
自嘲しながらもその眼にはすっかり自信喪失した君塚の姿が有った。
「閣下、そのようなネガティブな事は考えてはいけません。もし閣下が筋骨隆々の力持ちだろうと、ガリガリの虚弱だろうと、何であれ閣下の真の強さはそちらにはございません。閣下は閣下です。もう少し御自身の『頭脳』に対して理解してその上で改めて自信をお持ちください。閣下のお命を狙う輩は私や周りの武闘派の者達に全て任せて、閣下はどっかりと玉座の隣の椅子でふんぞり返りながら私達へ的確な指示を出して最後に責任を取られるのが閣下のお仕事なのですから」
ナディアなりの最大限に気を遣ったフォローであった。
だがそれでも尚君塚の不貞腐れた表情は改善されず、寧ろ己の非力さへのコンプレックスが深まるばかりであり、より苦悩に苛まれてしまった。
それ以来、君塚は「この世界の女性は見た目に反してバケモノみたいに強い」と心の中に刻み付けてしまうものだった。
無論、部屋の片隅に縮こまったり、無闇矢鱈に取り締まるような怯えきっている訳ではなく、あくまで自身の安全を警戒する為であり決して女性恐怖症などではない。
他にもヤドヴィガが軽々と大きな木箱を片手で浮かばせながら運んだり、弟の透が仕事の合間を縫って市街地やズラトポルから少し離れた平原の国の地方都市で『犯罪に走る不埒な輩』を素手で一瞬で叩きのめして警官に引き渡していたり……自身に好意を寄せる女性(と元弟)達の武力がやはり自分より遥かに勝るのは彼にとって常に不安の種であった。
仮にもし、何か気に触れて彼女達を心の底から失望させ激怒させてしまえば、【平原の国の摂政】は物理的に一瞬で八つ裂きにされてしまうだろう。
そして、ニケのフニフニした感触からの現実逃避を停止し目の前の彼女を見て君塚は気を取り戻した。
「君塚っち〜! 君塚っち〜!!」
「……ふぅ、さて。ニケ、何でわざわざここに来たかとか色々な事を聞きたいから、一旦家に上がれ。玄関先で立ち話できるような内容でも無いだろ?」
「そうね悠里。こっちも運営の不穏な動きとかアンタの身に迫る深刻な事態を伝えないといけないし。グズグズしてたらアタシとアンタがヤバいからね」
「俺がヤバい? 成る程だからここに来たのか。なら仕方ない尚更話が長くなりそうだな」
ニケはさっきのハイテンションから一転、声のトーンを落として真剣な口調に代わり二人は話し終えると、玄関ポーチで不貞腐れていたつむぎがイチャイチャしてる君塚とニケへ冷たい声で問い質してきた。
「ご主人様。そちらの方は『ニケ』と仰られておりましたが……あの通信先の、真に担当官のニケ様でしょうか?」
「ん、そうだよつむぎちゃん。久しぶり、美羽共々元気してた?」
「……どうやら、そのようでございますね。ご不沙汰しておりますニケ様。私も美羽も主である君塚悠里の為に日々身を粉にして奔走しております」
「よかったわ。元担当官として貴女達の事は気にかけてたから。もし、このバカが貴女たちを泣かせてたら……今、物理的に首を締め上げてた所よ♪」
「っ……! そうか、お二人さん、仲良さそうに話すなら家の中で話そう。メイドの立ち話で聞かれると不都合な話も多そうだしな」
「かしこまりました、ご主人様」
心底嬉しそうに笑うニケの表情とは正反対にその言葉の中に介在する静かな殺気に青ざめる君塚ではあったが流石にグッと堪えてニケを屋敷の中へと案内した。
「へ〜! 相変わらず割と豪勢な家に住んでるんだね君塚っち〜!! ねぇねぇ、玄関に飾ってあるあのアンティークな剣と盾は何なの!?」
「それは、前政権のカジミエシュ時代の遺産だよ。欲しいならやるが?」
「え!? もらっても良いの!?? ならありがとう君塚っち〜! 後生大切にするね!!」
「あぁ、好きにしてくれ。金がないなら売るのも構わないぞ」
そして厳重に防音された応接間に通すと二人は向き合うようにソファーに座り、君塚はニケの急用について聞くことにした。
「ニケ、単刀直入に聞くが今具体的に一体お前の身に何が有ったのか聞かせてくれ。お前は本来、こんな泥臭い異世界に直接来るような役職でもないのに何故俺の下へ直接逃げてこなくてはならなかったのか」
そう鋭く指摘されニケは一瞬目を逸らした。だがありのままの事実を伝える方が自分にとっても彼にとっても最善で有ることは明白であり、それ故に深呼吸してから神々の運営における現状の報告をした。
「実はさ、アタシ、ちょっとアンタ関連で『不正行為』がバレちゃってさ……。その……まぁ、担当官を外されたんだよね」
「は? 不正行為? 何のことだ。後、担当官を外されただと?」
「アンタのギフトに対する獲得経験値のかさ増しとか、サブミッションの意図的な追加とかしてギフトを無理矢理不正に成長させた件について、上のスポンサーがカンカンらしくって。それで今回、アタシはバカ上司を通じて運営にとっ捕まって懲罰房に入れられたって訳」
「その件か。成る程……。いつかはそうなる日が来るかもしれないとは警戒していたがこんなにも早く来るとはなぁ……向こうも、無能な連中ばかりではないようだな」
「後、あのクソ真面目なエリスが今大会の『監督官』として就任してゲーム進行の段取りを取り仕切るように成るっぽい。なんで担当転生者をここまで活躍させたアタシが追放されて、一番人気の神堂をあっさり死なせたあいつが出世してるんだか?」
「世の中理不尽で不思議な出世はどの組織でも有るものだ、特に存在意義や目的が不可解な組織ほどな。だが、それは警戒するには十分足りる情報だな。全く嘆かわしい」
覚悟はしていたがこうも唐突に梯子を外されるとは考えていなかった君塚はギフトに纏わる不正行為による失格や、運営側からの大規模かつ致命的な妨害工作がいよいよ現実味を帯び始めた事を重く受け止め何とか対策を取らなくてはならないと痛感した。
「ニケ、俺の『失格退場』の可能性はどれくらいある?」
「現時点ではあり得るわ。担当官が不在の場合は、今大会では失格に該当する規定は有る。でも、その失格では、どの該当する項目でも最大限に重くしても、罰則は『大会からの失格(ゲームからの除外)』止まり。だから、悠里はペナルティを食らっても急死したりはしないし、既に実体化している武器やギフトの剥奪はシステム上されない筈よ。エリスの権限も多分そんな強権的な方には傾かないと思うし、あいつはそれよりやりたい事が有るっぽいし」
「そうか、命まで即座に取られないなら良い。ニケ、貴重な情報をありがとう」
ニケから聞かされた情報で最悪の事態は免れたと安心はしたが完全な安堵までには至らず、そしてまだ尋ねなくてはならない重要な項目が出てきた。
「担当官が居ないと失格らしいが俺に新規の担当官が就くことがあり得るのか? つまり、ニケがクビになった後の俺の扱いのことだが」
「んー、そうね……。まぁ、多分、それはあり得ないかなかな」
ニケは少し考えてから残酷な事実を断言した。
「まず君塚っちってさ、もう大会運営側では『近代兵器で神々のファンタジーを荒らす、曰く付きの転生者』だし。ネメシスがもしかしたら新倉の為に情報漏洩させたりするスパイ目的で就くかもしれないけど、ぶっちゃけリスクが高すぎてあり得ないかな~。後、監督官のエリスがブラックリスト入りした転生者に担当官が新規で就くことに対して極めて後ろ向きだし」
「そうか。なら、俺は何時までに新規の担当官が就けば反則負けを回避出来る?」
「『大会終了まで』。つまり、最後の1人が決まるその時までに誰でも良いから就けば失格は回避出来るよ〜!」
そして、君塚にとって今回ニケに聞きたいことの、一番最後のそして最も重い項目を聞いた。
「そしてニケ、お前自身についてだが……これからどうなるつもりだ?」
「そうね、アタシは……その……」
急に不安そうに俯いたニケはいつもの軽口も出ず歯切れが悪く、そして視線も泳いでいた。
「多分、もうあそこには戻れなくなったし。それに今大会での経緯でさ……。まぁ、連れ戻される事は無いだろうけど……多分、その、ええと……。『独房からの脱走』の件も合わせての処分で……見つかれば、殺されるかな、うん」
君塚は目の前の共犯者が不運にも自分の為に行ってくれていた癒着が発覚し、全てを失ったことを理解した。
もし彼がここで彼女を見捨てれば運営に戻れば死罪。見つからなくてもこの世界では結局何処かで彼女は野垂れ死ぬか、あるいは東方から西方へ戻りつつ有る『無法者の転生者』に捕まり辱められて殺されるだろう。
転生者は最近東方世界での敗北や魔法文明への失望から一部が西方へ戻りつつあり、彼らは平原の国の文明に帰順せず自暴自棄になって犯罪行為を行う者が多発している。
それはこの国、平原の国でも同じで転生者による凶悪犯罪が多発していた。特に彼らのチート能力を用いた暴行・殺人・強盗は増える一方であり、君塚の国内軍の憲兵が治安維持に追われている状態だ。
だが、極めて冷徹で控えめに言ってしまえば彼女はもう『運営とのパイプ』という利用価値を失っている。
自身の担当官を外されたのは今日明日の話であり、次の担当官は当面来ないのは事実上決まった現実である。
君塚はこの元担当官の「不要品」を見捨てるか、それとも利用価値も無いのに自国のリソースを割いて養うか政治家としての二択が迫られている。
「はぁ……。成る程、仕方ない。本当に仕方ないが、そこまで迫られた以上やるしか無いんだろうな。こんな泥被るようなことはしたくないが」
「うん、ごめん。やっぱりアタシは、助け舟も出せないしもう要らないよね……。ご、ごめんね君塚っち! やっぱアタシ、どっか行くわ!」
「ニケ、お前はここに居るべきだ」
「へ?」
てっきり見捨てられると思っていた予想外の返答に間の抜けた声を上げて驚くニケだったが、気にせず君塚は冷徹な損得勘定を捨て、ニケを屋敷の一員として迎える事を選択した。
「俺は、俺に尽くし、俺のために泥を被ってくれた人間は極力見捨てる事はしたくないんだ。それをしたら俺は俺でなくなる。そこらで己の欲望のままに暴れている馬鹿な転生者達やどうしょうもない傲慢な運営側の奴らと全く同じような存在になるからだ」
「良……いの? アタシ、もう君塚っちの役に立たないけど……」
「ああ、無論だ。此処に居ろニケ。俺が何とかお前の復権も含めて何とかしてみせるさ。担当官の不在も、そしてお前の命も、俺の周りの者達も、全て俺が何とか拾い上げて大会で優勝して景品を獲て、必ず願いを叶えてみせる。俺の名にかけて約束しよう」
出来るか出来ないか分からない「不確定な約束」を言うのは合理主義者の君塚にとって一番嫌な事柄だったが、こうなった以上は男として全てを背負い走り抜ける必要性が有る。
もし彼女を見捨てても君塚の政治的・軍事的な利害は直ちに悪い方向には傾かない。だがこうも切羽詰まり涙目で頼られ、かつて自分に恩を売ってくれた相手を切り捨てるような薄情な真似は彼の良心が許さなかった。
ならやむを得ないのだ。助けを求められたなら助けねばならない。
ニケの大きな瞳に涙が浮かび、それはポロポロと彼女の露出の多い服とズボンに落ちて染み込んでいく。
彼女にも「君塚なら見捨てないだろう」という打算はあれど、まさかここまでスムーズに何の対価も求めずに上手くいくとは思わずそしてそれを『善意』だけで受け止めるようなこの男の深い器に、これほど甘える事が許されるとは思ってもいなかった。
「ありがとう、悠里」
「どういたしまして。それに、俺も俺の軍隊をコケにした大会主催者に、一回デカい花火を打ち上げてギャフンと言わせたかったんだよ。……それとハンカチだ、使ってくれ」
「ん……うん」
差し出されたハンカチで涙を拭うと彼女は勢い良く、今度は感謝の念を込めて君塚に強く抱き着いた。
「悠里……ありがとう、ほんとに、ありがとう……!!」
「もう心配するなニケ。誰もお前を責めたりしないし、お前はここを去らなくても良いんだ」
君塚はこうしてまたもや一人の仲間を背負い、神々の理不尽な大会を最後まで駆け抜けなくてはならなく成った。
(そしてこの後、つむぎ以下メイド達やナディアから「あの抱擁は何ですか」と一時間以上正座で尋問と説教を受けることになるのだがそれはまた別のお話である)
そして笑い声は増える




