幕間─担当官の一日
大会運営側スタッフである彼女、ニケは転生者・君塚悠里の担当官としてこの『転生者サバイバルゲーム(という名の神々の娯楽)』の運営の一翼を担う中堅のスタッフであった。
彼女はこの狂ったゲームの特異点であり台風の目となりつつある主役の一人を扱う重要な転生者担当官ではあるが、今絶賛『拘禁』されていた。
白と黒のストライプ柄といういかにもなステレオタイプの囚人服姿の彼女は、肩まで伸ばした赤髪をゴムで無造作に後ろに纏め冷たいコンクリートと鉄格子に囲まれた重罪囚人が入れられるような1畳半程度の広さの独房に幽閉されている。
その鉄格子の前には高級感の溢れるオーダーメイドの黒色のスーツを身に纏い銀縁の眼鏡が冷酷に鋭く光る彼女の直属の上司、大会運営課長が立っていた。
「……」
「ニケ君、少しはこの冷たい床で反省したかね。我々の『特上スポンサー』の方々が、君の働きに対して大変お冠でね……。分かるだろう、オーディン様とゼウス様だよ。君の、あの君塚悠里という転生者への『忖度行為(チートアイテムの意図的な横流しと干渉)』があまりにも度が過ぎるから、彼らは運営委員会に激しいクレームを出して来たんだよ。だから……ま、こうやって見せしめに懲罰房で1回、頭を冷やして反省してもらわなくてはならなく成った訳だ。大事な顧客(神々)を怒らせる社員は、どの世界でも重い処分の対象なんだよ。心当たりは有るかね?」
「それについては……お言葉ですが課長。現代兵器嫌いの神々が、今回の件(君塚の近代軍隊の暴れっぷり)で騒ぎ立てた結果、この様な見せしめの処分になったというのは、底辺スタッフの私でも流石に理解出来る話です」
「なんだ。処分の本当の理由を、君なりに理解しているのだね。なら話が早くて良いや。まぁ、現代兵器とか近代文明のせいで、この世の全ての神々が人類に対して深く失望してしまったから、それをわざわざ今回のこの『箱庭(ファンタジー世界)』のルールでぶち撒けようとしてるから、色々と運営的に問題が有るんだよ。しかも君と癒着して、剣と魔法のファンタジー世界で、神々の推しである魔法使いの転生者たちをミサイルと戦車で蹂躙して『番狂わせ』を起こすなんて、運営のシナリオ的に言語道断だよね~」
あまりにも愚かな観客達の理不尽な理由による都合上、不興を買った彼女は本来の就業規則の処分より遥かに厳しい処分を受けていた。
確かに神々は、子どもたちが親たる自分達と決別して独自に築き上げた『科学技術』を蛇蝎の如く毛嫌いし、現代社会の産物を全て『神への叛逆』として全否定している。
元の世界の人類は結果として皆己の中の魔力を引き出せる段階には至れず科学技術と呼ばれる『魔法の劣化下位互換』にして、神への信仰と成長が全く進まない技術の道へと進んでしまったのである。
その腹いせでこの箱庭世界で第1世界の人類へ憂さ晴らししようというのが神々の真の目的であった。
「それにニケ。今回、ギフトプールの中に『現代兵器系ギフト』を大量に混ぜたのは君の提案であったと記憶している。間違い無いかね?」
「はっ、それは課長が一番よくご存知でしょう? 『ただの剣と魔法じゃ飽きるから、にぎやかなデスゲーム』にするため、そして『無力な魔法が、強大な近代文明を劇的に打ち倒すプロレス的寸劇』にする為の引き立て役の悪役レスラーとして私が提案しましたからね。課長はご自身で判を押して稟議した書類の内容もお年でお忘れになられるので?」
「……減らず口が。よくもまあ、ぬけぬけと。全てはお前の管理不行き届きのせいだぞ。今回の件で私やエリス、ネメシス、それだけでない全ての担当官が、神々からの連帯責任で左遷されかけたのだがそちらこそ思慮が足りないようだね?」
あくまでも鉄格子の中の囚人と成り果てようとニケは決して上司相手に一歩も譲らず、そして小馬鹿にするように壁を背にしてふんぞり返る。
その不遜な態度に課長は顔を醜く歪ませ、沸き上がる怒りの感情を必死に抑えようとするが、言葉の節々に抑えきれなかった殺意の感情がどろりとした墨のように零れ落ちて広がっていく。
わざとらしく「コホン」と咳払いをして課長はメラメラと燃え上がり腸が煮えくり返る程の激情を、澄み渡る凪いだ湖面の如き薄氷の理性で苛立ちを抑え込むと目の前の罪人たるニケに下されている最終的な処分を早口で畳み掛けるような深い恨みも籠めて通達した。
「そうだね、そろそろ本題を話さないといけないし良いかな? 私も暇じゃないんだ。エリスは大会首席担当官――監督官への昇格による特権付与の手続きで忙しいし、ネメシスも今担当してる新倉菜月があんな血も涙もない狂った独裁者に成り下がった以上、色々と尻拭いの処理で何かと面倒に成ってるんだからな。君が起こした今回の癒着と運営方針違反についてこの場で簡単に正式な処分を伝える。ニケ。君は今回の転生者サバイバル大会において、担当官としての全責務ならびに権限を完全剥奪。その上で大会終了までこの独房内で無期限の勾留だよ。わかったね? 後、君との不正行為が見られた君塚には新規の担当官が付くかどうかは、この先神々と我々の間で協議が行われる。おそらく、見捨てられてゲームオーバーだろうね」
「わかりましたよ、課長。それくらい起きるとは思ってましたし。でも……最後に一つだけ、言わせてください」
「何だね? 醜い自己弁護でもするのかい。それとも、この裁定が不服だとでも?」
深く息を吸い、課長に向けてニケは彼と、そしてこのゲームを特等席で見物している神々を最大限に愚弄し、苦しめてやる予言の言葉を彼女なりに力強く吐いた。
「君塚悠里は、勝ちます。たとえどれだけの幻想が、理不尽な魔法が、神々の理想が、夢が彼を襲ったとして……私は、冷徹な彼が勝つ事を確信しています。夢幻では、いつか必ず現実へと引き戻されてしまいますから。魔法の盾で逃げるように行使したとして音速を超える一発の銃弾が頭に当たったら、人も、生き物も、皆平等に死にますからね」
「……だが、観客(神々)はそんな泥臭い結末を望んでいない! 君のせいで奴が勝つならこの大会の興行収入はめちゃくちゃだよ。彼に賭けた者は全通り購入のような、つまらないものだ。抗議している観客達も割と本懐では無いようであったしな……。まぁ良い、好きにしたまえ。どうせこの鉄格子の中からじゃ何も出来やしないくせに」
そう負け惜しみのように言い残すとそそくさと課長は足音を荒げて退散した。
そして彼の姿が見えなくなると通路の奥から何かを絶叫している声が響いてきたが、君塚とニケに対する罵詈雑言の嵐で有ったのは間違いない。
(さて、あのクソ上司に一発かませたし……私もとっとと次の行動しましょっか)
独房内で身体検査の目を盗んで極秘裏に持ち込んでいた薄型の情報端末を彼女は囚人服の胸の谷間からスッと取り出して、素早く起動する。
彼女の管理者権限は「剥奪された」と課長は言っていたが、巨大組織故の仕事の遅さか、システムのラグか、まだデータベースへのアクセスは可能であり、ニケは何とか裏口からログインすると君塚悠里の最新のステータスと現状を確認した。
(よかった……まだ何とか無事みたい。アタシがなくても、あいつなら……。ならまだこの状況については何とか成るわね)
端末の画面には彼はまだ平原の国で特に深刻な戦闘状況などに成っておらず、そして(胃を痛めながらも)平穏に過ごしているステータスが緑色で表示された。
そして、勾留中のニケの代わりに成る新規の担当官がまだ誰一人として着任していない事も確認できた。
「んじゃ、ちょっとあのクソバカ達には悪いけど、アタシ行くとこ有るからね〜♪」
そう言うとニケは端末を操作し、運営スタッフのみに許された『緊急ワープ機能』の展開をして大会の舞台となる『箱庭』の中へ自らを直接転移させるコマンドを入力した。
課長はまだ怒り狂って戻っておらず、監督官のエリスも昇格研修の為不在。
そして他の担当官達は皆自身の担当転生者達の管理や統制に忙殺されていたので、誰もこの異常事態に気が付かなかった。
そもそも、この運営特権の転送機能を『囚人が逃亡のために使う』などという前代未聞の事態を起こす奴が出るとは誰も到底思っておらず、承認に対するダブルチェック機構は設定されておらず自由に扱えるザル機能であった。
だから彼女は運営からの完全な自由を求めて、そして共犯者たる君塚悠里への『物理的な保護(という名の押しかけ)』を求めて禁断の転送機能を用いた。
「転送機能起動。平原の国、ズラトポルへのダイレクト転送求む」
『目標地点、平原の国王都ズラトポル、君塚悠里邸前』
『転移準備開始……』
『転移座標確認』
『転移用コース確認』
『転移準備完了』
「ひとまずこれでヨシ! 通信妨害もなかったし、これなら早速自由の身になれるわね。それじゃ!」
君塚っち、これからも末永くよろしくね★
そう不敵な笑みを浮かべて独り言を言い終わると、「バシュンッ!」と言う空間が弾ける音と共に運営空間からの強制転送が実施された。
眩く、網膜を焼き焦がすような青白い光が視界を完全に覆い、轟音が腹の底に響き骨を伝って耳を引き裂くような不快な感覚がするがニケはそれに歯を食いしばってひたすら耐えていた。
「……!! こんなに生身の転送が騒がしくて内臓が裏返るほど苦しいなんて聞いてないし知らなかった!!! 誰よこんな馬鹿げたシステムにしたのは!! ……あーもう、これそう言えばあのドSのエリスのお手製じゃない!!!」
悠久とも思える転移の苦痛の時間を過ごして、何処かの憎たらしい同期へ恨み節をぶつけながら肺の中にゴミゴミとした、だが確かに「人が生きている現実の世界」の薫りが染み込むのを感じた。
白い稲光がズラトポルの上空に地響きを伴う程の衝撃と共に降り注ぐと、ニケはいつも籠もっていた無機質なオフィスからうってかわり土と排気ガスの匂いがするズラトポルの石畳の大地に立っていた。
(ってヤバい! こんなに大袈裟な派手なエフェクトで降臨しちゃったんだからきっと現地の警察とか軍の連中が来るわよね。なら、さっさと逃げないと!!)
遠くから落雷の通報を受けた内務省所属のパトカーのサイレンが接近してくる音が聞こえたので咄嗟に人混みの有りそうな大通りに向けて全速力で逃げだした。
「やばいやばいやばい!! 囚人服で職質されたら一発アウトじゃん!!」
こうして警察の捜索を路地裏に隠れて振り切り何とか雑踏に紛れ込んだ後、彼女は近くの安い衣服店に入るとポケットに入っていた財布の中を確認していた。
担当官の現地転送が行われるとその者には現地での活動資金として「大会運営の都合上」、システムから自動的に現地の現金が一定額支給されるという便利な機能があるからである。
確認後、財布の中の分厚い札束と相談しつつ目立つ囚人服をゴミ箱に捨て自らのサイズに合う手短な私服(少し露出が多めで動きやすい、彼女好みの赤基調の派手な服)を購入して変装を完了してから店の外に出た。
「よしっ、と! それじゃ早速行きまっしょい!!」
そのまま獲物を見つけた肉食獣のような軽い足取りで君塚邸へと鼻歌交じりに歩いていった。
一方その頃。
ヤドヴィガの寝室での一件を終え、朝疲れ切った顔で何とか自宅へと帰還していた君塚悠里は玄関前の門扉に寄りかかっていた『赤髪の女性』を見つけ、何故か猛烈に胃がキリキリと痛むような嫌な予感に襲われた。
具体的には「親戚で失業し、家から追い出されたから『仕事が見つかるまで暫く』泊めてくれ」とか、絶対に長引くような図々しい事を平気な顔で言いそうな雰囲気を放つ女性であり、かつ、君塚を遠くから見つけた瞬間凄まじい笑顔で手を激しく振りながらアピールしていたからである。
「ご主人様、おかえりなさいませ。所であちらの門の前にいらっしゃる方はご主人様のお知り合いでしょうか?」
「……いや。知り合いじゃないと……思いたい。だが……あそこまで明確に俺を待ってアピールしている以上、無視するのも申し訳無いしとりあえず少し話を聞いて会ってくる」
「かしこまりました、ご主人様。得体の知れない女ですのでお気を付けて」
「ありがとうつむぎ。ちょっと、会ってくるだけだ。何も問題はないさ」
メイド長のつむぎは折角ヤドヴィガ殿下に朝まで拘束され、一睡もできずに帰ってきた主がまた余計な疲労をする様なトラブルが起きているので本来なら止めたかった。
が、主の個人的な女性問題(?)は主が解決するのが筋だろうから、あえて止めはしなかった。
――数分後、つむぎは前言撤回した。
あの赤髪の得体の知れない女が主の顔を見るなり弾丸のように向かってダイブしながら首に抱き着いていやがったのである。
つむぎが少し遠くの玄関ポーチから冷静に見ているのに気安く「君塚っち〜! 会いたかったよ〜!」とか馴れ馴れしく叫んで、その豊満な胸部を主の顔に押し付けるように熱烈なハグをしてやがったのである。
「……少しだけこの屋敷のメイド長として、後で主に『今回の泥棒猫の件』を小一時間ほどみっちりと尋ねる必要が有るようですね……」
つむぎの手に握られたモップの柄が、ミシミシと不穏な音を立てていた。




