現実を見る
或いは山積する課題たち
君塚は今、一つの朗報と、抱えきれないほどの「仕事」に頭を抱え、天を仰いでいた。
まず朗報だ。
待ちに待ったスキル『官僚創造』の使用がついに許可されたのだ。
軽薄な電子音と共に、脳内にあのやかましい声が響き渡る。
【おめでとー君塚ちゃん!これで君は幼き姫君を操り、この国の内実を好き放題に牛耳る『悪のフィクサー』になれたよ!!やったね!!!】
「…何も良くない言い方はやめろ。あと、俺はペドフィリアでもないし、女は今は要らん。抱え込めば弱点になるだけだ」
【ふーん…つまんねーの。今の君なら契約内容なんて踏み倒せるのに、わざわざ律儀に守ろうとしてるしー。割とあの子のこと気にしてるよね? やっぱ向いてないんじゃない? 悪の首魁とか】
「喧しい。その喉笛、いつか噛みちぎってやるからな…まあ、貴様のその甲高い声にも慣れたし、今や愛着さえ感じるよ」
【えっ!? ほんと!??】
(皮肉も分からんのか、このたわけは……)
運営の甲高い声に慣れてきたのは事実だがそれは「諦め」に近い。愛着など微塵も感じていなかった。
【それとー、解放された『官僚創造』なんだけどさぁ。これ『国家統治大会』なら必勝スキルだってこと、中身を見る前に伝えておくね? マジだから】
珍しく、運営が真面目な声色で告げる。
【アタシがあんたの担当だから特別に教えるけど、そのスキルは軍人以外の公務員なら『何でも』創造可能なの。警察官から外交官、果てはスパイまで、ね。しかも彼らは24時間365日不眠不休で稼働可能。必要な物資も自動生成。…ま、この国レベルならあっという間に17世紀から20世紀へワープできるかもね?】
「…は? 今、何と言った?」
君塚は一瞬、呆けた。
何と言った? そんな便利どころか国家運営の根幹を揺るがすチートスキルが許されていいのか? 何故取得時にあんな鈍い光だったのだ?
【だーかーらー! 軍人以外の公務員なら何でも創造・維持できます、っつったの!! 聞こえた!? 返事!! 復唱!!!!】
「え、あ、はい。…マジかよ…最高すぎるだろ。これが国家統治を競う大会なら、だが」
君塚は即座に行動を開始した。
溢れ出る事務処理能力の奔流――『官僚』たちを創造し、手足として王国各地へ解き放つ。
まず法務省を設立。法体系を根本から見直し、村単位の私的な裁判を全廃。国王公認の裁判所を王都ズラトポルおよび各地方都市に設置した。
土地所有権を明確化し、貴族が不正に掠め取った土地を王室へ返還させる。法の刃は貴族にも平等に向けられ、彼らの地方支配力を根こそぎ削ぎ落としていった。
また、法務省管轄の『警察官』たちはこれまでの自警団とは一線を画す。スラム街のゴロツキを掃討し、細部に渡る治安向上の為に交番システムを導入。王都を中心に急速に治安が回復していく。
次に大蔵省。複雑怪奇な税制を整理し聖女教の司教区や有力貴族からも容赦なく徴税。非課税特権を剥奪し、火の車だった王室財政を黒字化させた。
重税に耐えかねた貴族が手放した土地は王室が買い上げ、補助金付きで農民へ分配。「自作農の育成」という君塚摂政の目玉政策が実現する。
抵抗する貴族には君塚の私兵が「鎮圧」し、その土地は細分化して現地の農民へプレゼントだ。
国土交通省は全土のインフラ整備に着手。関所を完全撤廃し、河川には橋と渡し船を整備して物流を加速させる。関所や私設の渡し船等の既得権益を失った貴族や騎士団が抗議の声を上げたが、君塚は全て聞こえない様にして黙殺した。
農務省と文部科学省も稼働させる。
農業指導員が種籾と共に派遣され、早生種のソバやキビで飢餓を防ぎつつ、農協的な組織で現金収入を安定させる。
全国的な学校建設ラッシュにより、子供から大人まで読み書きの教育が施された。コストに関しては全て君塚のギフト持ちだ、王都に建てた大学まで学費は無料である。
―と、ここまでは順調だった。
しかし、ここからが君塚を悩ませる「悲報」のターンが始まる。
悲報その1:全ての手柄は「ヤドヴィガ女王」のもの。
あの契約書の第3条、『在位中の全政治的責任は、布告者であるヤドヴィガ女王に帰属する』という文言。
これが完全に裏目に出た。
全ての行政改革、特権階級への厳罰、民への施しは全て「幼き女王の英断」として処理されたのだ。
街へ出れば「女王陛下万歳!」の声。君塚への称賛もあるが、それはあくまで「賢明な女王を支える忠実な摂政」としてだ。
(…今更彼女と喧嘩しても政権が揺らぐだけだ。耐えるしかないが、初手でこれか…)
悲報その2:軍拡しすぎて指揮系統がパンク。
平原の国へのクーデター成功の報酬として運営から莫大な軍事への経験値が付与された。その結果、君塚の軍隊は「旅団」から「軍団」へと進化してしまったのだ。
第1戦車師団:主力戦車がT-55からT-72へ更新。
第2・第3機械化狙撃兵師団:装甲車はBMP-1やBTR-70へ。歩兵火器はAK-47からAK-74へ近代化。
航空戦力:Mi-24やMi-8に加え、MiG-23Mが12機、MiG-21bisは24機、Su-17M3を10機も追加。
もはやこれは一国の軍隊そのものだ。
近代化された3個師団、数万人規模の兵力。いかに『官僚創造』があろうと陸空の調整・折衝が可能な軍事指揮官は創造の対象外。君塚ひとりの指揮能力などとっくに限界を超えている。
突如湧いた大規模な航空戦力の維持・運用も含め、もはや自分一人では制御しきれない領域に達していた。
悲報その3:ヤドヴィガ殿下のお守り。
これが最も深刻かつ、切実な問題だった。
「摂政閣下、やはり今夜も…」
「やはりかね…王室内で虐待されていたのは分かってはいたがそこまで心的ストレスを抱えていられるとはな」
君塚が信頼を置く女性兵士、エレーナ・ソコロワ中尉からの報告を受け彼は重い足取りで女王の寝室へ向かった。
入室するとヤドヴィガは慌てて袖で涙を拭い、美しい金髪が揺れるほどの精一杯の笑顔を作って何とか取り繕っていた。
「…こんばんは、君塚様」
気丈に振る舞っているが目は赤く腫れている。
彼女の孤独は察するに余りある。母は生まれ落ちてすぐに亡くなり、父は驚く程の暗愚、無能な兄弟からは虐げられてきた。そんな過酷な経験を過ごしてきた5歳児が全てを打ち崩され訪れた夜の闇に一人で耐えられるはずもない。
本来なら信頼できる侍女を派遣して慰めさせるべきだが、今の彼女に必要なのは「慰め」ではなくより原始的な「安心」―寄り添う体温と匂いだった。
君塚はかつて、両親が仕事で一日中不在の夜に弟の透を寝かしつけていた記憶を呼び覚ます。
「…殿下、失礼する」
君塚は音を立てないように彼女の寝ているベッドの脇に椅子を置いて、彼女の小さな手をそっと優しく握った。
「眠れるまで、俺はここにいるから安心しろ」
「…!はい…!!」
ヤドヴィガは想定外の優しさを見せた君塚へ驚いた顔をしたが、すぐに安堵し彼の手を両手で強く握り返してきた。
だが、本当の地獄はここからだった。
安心して眠りに落ちたヤドヴィガが晴れない悪夢にうなされ始めたのだ。
彼女の夢は母の身に起きた過去の濃厚な追体験。父カジミェシュ8世による母への度重なる暴行、そして他の妃による母の絞殺―その幼児にはとても耐え難い感情と残酷な光景の濁流がフラッシュバックとして彼女を脳内から苛む。
「いや…! こない…で、うぅッ!」
彼女は取り乱して半狂乱になり暴れ出した。
到底5歳の少女とは思えない火事場の馬鹿力、君塚の手は万力で力強く締め上げられたように痛み、鋭い蹴りが抉るように脇腹に飛んでくる。
「くっ…!」
君塚は彼女を起こさないように激痛によるうめき声を噛み殺し、暴れる彼女をなだめるためやむなくベッドに入りその悪魔によって魘されている崩れ落ちそうな小さな体を抱きすくめた。
「大丈夫だ、ヤドヴィガ。もうお前には俺がいる。誰もお前を殺めに来ない」
彼女の耳元で意識して低く、落ち着いた父性を感じさせる声を響かせる。
夢の中の父親を追い払い、彼女を守る「父性」の象徴となるように。
翌朝。
君塚は服が上から下までずたずたに裂けて、その上全身の打撲と筋肉痛でボロボロの姿になっていたがヤドヴィガは憑き物が落ちたように穏やかな顔で目覚めた。
それ以来君塚は彼女に自分の声を録音したボイスレコーダーを渡し、最悪いつでも気軽に自分を呼ぶよう伝えたことで何とか彼女の悪夢騒動は収束していった。
しかしこの「添い寝」と「行政改革」のせいで、ヤドヴィガ暗愚傀儡化計画は完全に暗礁に乗り上げていた。
彼女の心を折るために先王のせいで出来た王国内のスラムの現状を見せれば「君塚様、どうか彼らを救ってください」と涙ながらに懇願され、無碍に断れずに彼らとヤドヴィガの為に君塚の利益にならないのを承知で再開発を実行して彼らに土地と仕事を与えた。
暗愚にする目的を達成させるのに甘やかすために与えた高級チョコやマトリョーシカ、更にはは周囲の兵士や侍女に分け与えられ、彼女の人望が増すばかり。
ハニートラップ要員の貴族出身で君塚の言う事を聞きそうな美少年などを送り込んではいたが、「私は国の母ですので」とお目通りさえ叶わず門前払いを受ける始末だった。
君塚は全身に出来たアザだらけの体をさすりながら、何について思うでも無く悲しみと虚しさから天を仰いだ。
「…俺は、一体何をやっているんだろうな」
その問いに答える運営の声はなく、ただ王都ズラトポルの忙しない日々の業務の音だけが執務室に響いていた。
「どうしてこうなったんだろうか?」
「あら、あなた様がそれはよくご存知ではないのかしら?」
「ヤドヴィガにはいい男が他に居るから良い感じの男を宛行う予定だったんだがどうにもにべもなく断られてしまってね…全く」
「私がプロポーズさせられた時もあなた様はもしやそれをお考えになられてた…とかは?」
「もちろん有る…てか、ヤドヴィガはいつ頃に俺にそういう感情を?」
「…会った時から、に決まってるじゃないですか」
全てはこれより始まる




