戦乙女の騎行、或いはコンキスタドーレによる進軍
大空を切り裂くエンジン音
君塚の率いる旅団規模の武装勢力は集団で居ることへのリスクを避けて平原の国各地に点在していて各々遊撃してゲリラ活動を行っています。
しかし、今回の大規模攻勢は違いました。
王都ズラトポルへ真っ直ぐ部隊が侵攻してきた為王宮は今や混乱の真っ只中にありました。
その日、平原の国王都「ズラトポル」の見窄らしい王宮はかつてない混乱の渦中にあったのです。
玉座の間には様々な重鎮たちの混乱した怒号が飛び交い、各地から報告に来た伝令たちは皆蒼白な顔で立ち尽くしているのです。
「何故だ! 何故あのような各地で我が王国軍と対峙しようともしない賊風情が我が王都の喉元まで迫っているのだ!?」
国王カジミエシュ8世は顔を真っ赤にして、何の解決にもならないのに玉座の肘掛けを渾身の力を籠めて叩いた。
彼の目の前には代々騎士として仕えてきた王室騎士団長ヤン・ビトウスキと山の国から請われた傭兵総隊長イェレンが全身から噴き出した汗を拭うことさえ厭えず垂らしながら跪いている。
「朕は貴様らに命じたはずだ! かの賊がズラトポルへ近づく前に区別せず全て迎撃せよと!! なぜ実行されていない!!」
騎士団長ヤンが下着にさえ張り付く脂汗を垂らしながら震える声で答える。
「へ、陛下…。謹んで申し上げますが、敵は我らの防衛線に見向きもしませんでした。各地の騎士団支部が展開する間もなく、彼らは街道を一直線に…まるで嵐のように突撃してきており、我が国の軍だけでは対処がまるで間に合いません」
「御託はいい! 貴様ら無能な騎士団はともかく、奴等へ対策するために国内に広く展開していたはずの傭兵部隊もあっさりと抜かれたとはどういうことだ! 貴様ら、金だけもらってこの国から逃げようとしたのではないか!?」
矛先を向けられた傭兵総隊長イェレンは苦虫を噛み潰したような渋い顔で、そして重々しく愚王へ口を開いた。
「…面目ございません。ですが陛下、まさか脇目も振らずに王都へ直進してくる大馬鹿者がいるとは我々も想定外でして…。それに、敵の進軍速度は馬の比ではありません。今から追撃や迎撃してもとても追いつけませぬ」
「ええい、もうよい! とにかくこの王城の守りを固めろ!閂をかけて門を閉ざし、壁の穴も塞いで鼠一匹通すな!この国王たる朕が命じたのだ、何が何でも実行せよ!!」
カジミエシュ8世は王室が直接統治していた領地を切り売りし、貴族や商人により油の為オリーブの実のごとく搾取され民を顧みない暗愚な王ではあったがここまで運に見放される男ではなかったはずだ。
だが、この様な悪魔達の襲来に誰が予見できただろうか。
王国軍の持つ矢も剣も通じない「鉄の箱」に乗り、地響きを立てながら雷のような音を響かせて進撃してくる狂気の軍団が現れるなどとこのファンタジー世界で誰が考えようか?
城外を見張る兵士たちから絶望的な報告が届く。
地平線を埋め尽くす鉄の獣―T-55戦車の群れが東西南北すべての方角に展開し、王都を完全に包囲したのだ。
城内は今、全て死に絶えたような沈黙と王室達のパニック寸前の緊張感に包まれていた。
領地の保証を行う王室が倒れたら困るはずの国内貴族たちは領地に引きこもり、誰一人として援軍を寄越そうとしない。
神どころか人にさえ見捨てられた平原の国王家、いつ何をするかさえ判断出来ず終わりの見えない小田原評定。
並み居る臣下たちの目にはすでに敗北の二文字が浮かんでいた。
そんな陰鬱な空気の中とても非力で小さな、しかし愛を以て他者を助けんとする影が動いていた。
末の姫、ヤドヴィガである。
彼女は末席と言えど与えられた自分の食事である白パンと温かなスープを盆に乗せ、城壁を守る兵士たちの元を回っていた。
「…あの、皆様。こちらの食事を食べてくださいませ」
最初は拒まれることが多かった、「まさか姫様の食事を奪うわけにはいかない」と。
だが彼女はそれでも、いや寧ろ拒まれたからこそ諦めなかった。
震える小さな手で重い桶を持ち、兵士や臣下達の行う水汲みを手伝い、顔色の悪い兵士を見つければ「休んでください、これは王族としての命令です」と精一杯の威厳を見せて気遣った。
「姫様…申し訳ございません」
「ありがとう、ございます…これで少しだけ寝れます」
「いえ、これもまた姫としての役目でしたので」
幼いながらも必死に作った、儚くも健気な笑顔。
普段は王宮の隅で誰よりも何処までも虐げられていた少女が、今この瞬間だけは誰よりも気高く「王族としての使命」を全うしようとしている。
その姿に死を覚悟していた兵士たちの瞳に、わずかながら生気が戻っていく。彼らは湧き出しかけていた涙を堪え再び槍を力強く握り直した。
だがその健気な抵抗も、新しい時代や物語を伴う圧倒的な暴力の前には無力だった。
地上の包囲網が完成した頃空から「それ」はやってきた。
地面から砂埃を巻き上げ腹に響く誰も聴いたことのない重低音。
Mi-24ハインド攻撃ヘリコプターの編隊が王宮の真上へと飛来する。
それはまさに、単眼神の愛娘達ならぬ、鋼鉄の悪魔の騎行。
「な、なんだあれは!?」
「空飛ぶ…鉄の馬!?」
兵士たちが呆然と見上げる中ヘリコプターの編隊は王城の中庭やテラスへと高い技術と大胆不敵な意思の強さで強引に着陸する。
ヘリのローターが巻き起こすダウンウォッシュが砂塵を巻き上げ、飾られた平原の国の王国のシンボルが刻まれた白鷲の旗を吹き飛ばす。
ハッチがゆっくりと重く開き、中から君塚の私兵たちである完全武装の兵士たちが雪崩れ込んできた。AKMやSVDへ着剣したロシア兵装備の彼等が抵抗する間もなく王宮を制圧していく。
そのヘリ部隊の中から、一人の男が降り立った。
黒いスーツと長いコート、そして目深に被った中折ハットに身を包んだ首魁にして今回の件の首謀者、悪虐なる君塚悠里。
彼は眠気を堪えながら冷ややかな目で哀れな被害者たる王宮を見渡すと、短く簡潔に命じた。
「国王一家を全員拘束せよ。この小城からそいつ等だけは一人も逃がすな」
抵抗や逃避は無意味だった。
クローゼットの中や召使いの服を着て逃げようとしていた王族たちは、次々と引きずり出され玉座の間へと連行された。
「離せ! 朕を誰だと思っている!」
「無礼者! 神罰が下るぞ!」
「いや!離しなさいこの下郎どもめが!!」
思い思いに口々に喚く王族たちを呆れて一瞥もせず、君塚は現王であるカジミエシュ8世の前に歩み寄る。
そして、一通の羊皮紙を無慈悲に突きつけた。
「…なんだ、これは」
「カジミエシュよ、これは貴殿退位届と禅譲の誓約書を纏めた物だ。お疲れ様だな愚王よ」
君塚は淡々と告げた。
「あんたは退位し、王位をあんたの娘であり操りやすい末の姫君のヤドヴィガ姫殿下に譲る。さ、ここにサインしろ」
「なっ…馬鹿な! あのような卑しい女の娘になど!!」
「拒否権が有るとまだ思っているのか?そんなだからこの国は衰退したんだよ、バカが!」
ガシャリ。
周囲の兵士たちが一斉に弾を弾倉から薬室に装填して銃を構える。銃剣の冷たい切っ先が王の後頭部に鋭く向けられた。
「ひっ、ひいいい」
迫りくる明白なる死の恐怖に顔を引きつらせカジミエシュ8世は震える手で君塚の渡したボールペンを取った。
署名がなされた瞬間、平原の国の歴史は変わった。
「ふむ、これでこの文章は成立した。ではヤドヴィガ以外は全員連れて行け」
「はっ!!さっさと来い、元王族の皆様方!!」
王族たちはこの署名が成立して直ぐ様全員例外無く離宮へ連行され、軟禁状態となった。
そしてこの日わずか5歳の少女、卑しき血を引くヤドヴィガが平原の国で幼年故暫定的な女王として即位した。
もちろん、この国では実権は彼女にはない。
彼女の後見人として摂政に任命された悪辣なる男―君塚悠里こそがこの国の新たな時代の支配者となったのである。
【ン゛ッぐわっほぅっ! まさかあんたが最難関課題の『国盗り』に成功するとかおったまげー!! あんたを含めてまだ世界で3人目だよ、べあっひゃっひゃっひゃっ!!!】
脳内に直接響く、不愉快極まりない甲高く耳障りで性別を感じさせない電子音声。
君塚は煩わしさから瞼の痙攣を抑え、苦しそうに眉間を揉みながら吐き捨てた。
「うっせえよこのクソ野郎…。ん?3人目?ってことは、俺以外にもやってる奴がいるのか」
【え?居るよ。あんた以外にも国盗りに成功してる『怪物』がねー。ま、頑張りなさいよ後発組クン!】
「マジかよ…たとえそうだとしても上には上がいるってか」
君塚が魘されながら虚空に向かってブツブツと呟いている様子に、玉座の間に残された5歳の少女は眼前の精神異常者へ怯えていた。
「あ、あの…君塚、様…?今どなたとお話しに…?」
「…悪い、独り言だ。今回は気にしないでくれ」
君塚は瞬時に表情を切り替える。
狂気的な独り言を呟く不審者から、何処までも冷徹な支配者の顔へ。
彼は父王カジミェシュ8世が震える手でサインしたばかりの『退位届』をゴミのように放り投げると懐からまた別の羊皮紙を取り出し幼い少女の目の前に突きつけた。
「さて、ヤドヴィガ殿下。貴女には別の書類にサインをしていただきたい」
「こ、これは……?」
カジミエシュの使ったペンは即座にへし折り、新しい新品のボールペンを取り出して添えるように丁重かつ恭しそうに渡す。
「貴女と私の、とても秘密で、そして個人的かつ政治的な『契約書』だ」
君塚は武装したロシア兵たちに囲まれ震える少女を冷酷かつ野心を滾らせた視線で見下ろす。
彼女の視線の先、窓の外にはMi-24ハインドがホバリングし城門や城内の市街地には無数のT-55戦車が様々な施設へと無慈悲に砲塔を向けている。
「私の兵士たちはまだ血に飢えている。腐敗した旧体制の王族など革命の精神から洞窟へと投げ込んで根絶やしにすべきだと言う過激な革命的意見も多い。…だが、私は無益な殺生は好まない。公平で平等かつ公正な取引といこう」
【君塚くーん、すっごい棒読みでお声に抑揚無いけど大丈夫?緊張し過ぎてなーい?それとも眼の前のお人形さんで末期のロリコン性癖に目覚めちゃったとかー??】
「…大会特典はお前を物理的にシバく権利にしてやろうか?」
【やーん、もう君塚くんたら失礼だしこわーい☆】
「あ、あの…?」
「本当にすまない…余計な事を言うクソたわけボケカスアホンダラの寄生虫が頭の中に湧いて脳を支配しているんだ」
君塚は深くため息をつき、頭を抱えながら彼女へ結ばせる契約書の書面を広げた。
そこには5歳の子供にはあまりに残酷な6つの条項が記されていた。
1.20歳に達した際、平原の国王位を君塚悠里へ速やかにかつ確実に禅譲する。
2.王家一族─退位したカジミェシュ8世及びヤドヴィガ以外の認知されている子らに対し、確実なる生命の安全と人間として文明的かつ建設的な社会生活を保障する。
3.在位中の発生した全政治的行為の責任の所在は、摂政である君塚悠里ではなく国家の権威にして国民統一の象徴たる布告者であるヤドヴィガ女王に帰属する。
4.君塚悠里は摂政として、ヤドヴィガ殿下が20歳になるまで責任を以て辞すること無く彼女の補佐に務める。
5.女王ヤドヴィガは君塚悠里の許可なく婚姻、あるいは異性との関係を決して一度たりとも持ってはならない。
6.ヤドヴィガ女王退位後は他の王族と同様、離宮にて生活を保障する。
君塚は片膝をつき、わざとらしく少女と目線の高さを合わせて説明を始めた。まるで悪い魔法使いや誘惑しに来た悪魔、門扉を叩いている吸血鬼が子供を騙すときのように優しく。
「まず第2条と第6条についてだ」
君塚は彼女の視線を指先に集めてから離宮の方角を指差す。
「もし君がこの紙に名前を書くなら私の名にかけて約束しよう。あの愚かなお父さんも、君をいじめていたお兄さんやお姉さんたちも誰一人殺さないし殺させない。彼らは死ぬまで暖かくて安全な離宮で、寿命が尽きるまで欠かさずご飯を食べて暮らせる」
「…そうですか。家族には手出しをあなた方からはされないのですね」
「ああ、それは死を賭けても約束する」
ヤドヴィガの脆くて小さな肩からすとん、と力が流れる様に抜けた。自分だけが犠牲になれば家族は助かる、その安堵に気を和らげた。
「その代わりの条件だ。…第1条、第4条、第5条を見てくれ」
君塚は淡々と続ける。
「君はこの国で暫く自由を捨てるんだ。20歳になるまで私の操り人形として動き君の名前を好きなように使う。私の許可なく誰かを好きになることも、結婚することも決して許されない。そして大人になったらその冠を私に渡して引退する。…15年続く、長い長いつまらなくて苦痛な『おままごと』だ」
「…はい。もうこんな事になってしまった以上、仕方ありませんから」
「…ふっ、成る程。理解が早くて助かる、だが…いや。何でもない」
5歳とは思えぬアッサリとした諦観を見せるヤドヴィガ。あるいは、彼女の王族としての素質の高さによる早熟さか。だが、君塚はここからが本番だと知っている。
彼は声を低くし、最も残酷な第3条を指差した。
「最後に、ここが一番大事な所だ。よく聞いてくれ」
「はい」
「これからこの国は大きく変わる。私が変える。だが私のやり方は強引だ。反発する者も当然出るだろう。民衆が飢えることもあるかもしれない。私の命令で、家族の待つ誰かが理不尽に突然死ぬかもしれない」
君塚は逃さない様に少女の頭を鷲掴みにして脅す為瞳を深く覗き込む。
「その時―皆へ向けて『ごめんなさい』を言うのは、君だ」
「え…?」
「苦しむ民から石や泥を投げられ、宗教家から悪魔や魔女だと罵られ、世界そのものから一身に憎悪を浴びて恨まれる。その全ての悪因悪果を君一人だけが被るんだ…家族を守るためにだよ」
ヤドヴィガの顔が強張る。
君塚は彼女が先ほど城壁で兵士たちに水を配っていた姿を監視していたので思い出していた。あの健気な…だがその幼稚で無様な承認欲求を満たそうとする自己犠牲の精神を可能な限り利用する。
「君は先ほど兵士のために水を運んだな? 立派だった。…なら今度は家族のために、その小さな体とお飾りの冠で世界の全ての憎悪を受け止められるか?」
沈黙が落ちる。
君塚にも運営の茶化す声すら聞こえない、張り詰めた長い長い重苦しくて仕方ない時間。
やがて、ヤドヴィガは青褪めた震える唇を開いた。
「なら、君塚様。一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「つまり…全ての責任は私ヤドヴィガに有るということは、私の名前で政務が行われるということですわね?」
「…まあ、形式上はそうなるな」
ヤドヴィガは堪えられず出た涙を鋭く袖で拭うとキッと君塚を見返した。そこにはただの子供ではない、稀代の名君の素質を見せる『女王』としての萌芽があった。
「分かりました。…私が、泥を被ります。ですから約束通り、家族を守ってください」
「ほう?私を試そうとするか、成る程手強いお嬢さんだ」
「侮らないでくださいまし、平原の国の女は老若関係なく逞しい女が殆どですわよ」
彼女は力を籠めて震える手で羽ペンを握り、契約書にサインをした。
『Yadwiga』
まだ自分の名前の綴りさえもおぼつかない、可愛らしくて幼い文字。
「…商談成立だ、よろしくな。殿下」
君塚は無理やりふんだくる様にお手製の契約書を回収し、カジミエシュから回収していた彼女の頭に大きすぎる王冠を一回香水をかけた上で乗せた。
こうして、平原の国は無血開城され転生者・君塚悠里の支配下に落ちた。
―後に君塚はこの契約の内容を深海よりも深く後悔することになる。
特に第3条の全責任の所在と第5条の恋愛の禁止である。
この二つが予想もしない形でヤドヴィガではなく彼自身を何処までも残酷に縛る鎖兼十字架になるとはこの時の彼はまだ一端でさえ知る由もなかった。
後ついでに第2条の王族の保護。
否、寧ろこの契約全てに対して後に死ぬ程悔やんだ。
「…もしやり直せるならこの辺りでかっこつけずに素直に全員幽閉して王国を乗っ取れば良かったな」
「あら?あなた様は私の事がそんなに憎たらしかったのですか、このヤドヴィガにご不満が有ったのなら…妻として悲しく成りますわね」
「…そうじゃないヤドヴィガ。もう少し別のやり方が有ったはずなんだ、あれには─」
「あなた様?」
「はい…ヤドヴィガ。俺は今凄い幸せだよ」
「ふふ、なら良かったじゃないですか」
後に幼かった女王は王配たる彼を圧倒する様になるのだがこれは別の話。
悪魔と契約をする時は契約に隙が生まれるようにしろ。
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