華麗なる戴冠式
姫が皇帝になる時
昼頃になり、鷲の国のクレムリン周辺は物々しい警戒態勢に包まれていた。
平原の国の国内軍やJTF、高地の国の国防軍や国家人民軍、低地の国の王国軍が警備のために各所に配置されている。T-90Mやレオパルト2A8、M10ブッカーなどの主力戦車が要所を固め、JLTV、ツングースカ、ティーグルM、ボクサー装輪装甲車などの装甲車両が市街地に威圧感を与えていた。
警備にあたる歩兵たちはM7ライフルやAK-12、G95A1などを携行し、いかなる脅威にも即座に対処できるよう引き金に指を添えている。敵は残存する反乱軍だけでなく、いつ来襲するか分からない転生者への備えも兼ねていた。撃退に成功したとはいえ天道の手勢がまた押し寄せてくる可能性だって十分にあるのだ。ラトニクやIdZ-ESといった未来歩兵システムに身を包む兵士たちの表情は硬く、視線は鋭く周囲を監視している。高い建物の屋上ではSVDMやM110A2、G28を携えたスナイパーたちが細心の注意を払いながらスコープ越しに群衆を見下ろしていた。
その厳戒態勢の中、鷲の国から用意された国賓用の馬車に揺られながら君塚は宮殿へと向かっていた。今日の彼は国内軍の軍服でもなくややカジュアルなスーツでもない。完璧に仕立てられた漆黒の燕尾服を身に纏っている。
隣に座るヤドヴィガも到着時とは別の赤と白を基調とした美しいドレスを纏っていた。白く細い首からは金のネックレスが下がり、その先には平原の国の象徴である『金のワシ』が刻まれたサファイアのブローチが輝いている。今の彼女は幼さを残しつつも可憐で気高い女王の威厳を放っていた。
「君塚様、いよいよですね」
「ええ。いよいよアナスタシア殿下の戴冠式です。これでやっと、平原の国に戻れる目処が立ちますよ。何とかここまで来れました」
「でもまぁ、良かったじゃん兄さん。今回の件は無事鎮圧出来てさ。しかも相手の転生者もそこまで厄介なギフト持ちじゃなかったし」
向かいの席に座る透が、軽い調子で口を挟んだ。
紫色のオモフォルとサッコスという最高位の聖職者の正装を纏う透は相変わらず『傾国の美女』という表現が相応しいほどの輝きを放っている。彼女は今回の戦役で厄介なギフトを持つ転生者たちと直接交戦せず、現代兵器の飽和火力のみでほぼ事態が片付いたことに安堵していた。だが、君塚は難色を示した。
「核兵器持ちを『厄介じゃない』と切り捨てるのはどうかと思うぞ、透。もし放射能汚染が広がれば転生者云々どころではなくなっていた筈だ。今回はたまたま運が良かったが、次はこうはいかんだろうな」
「んー、まぁそれはそうだね。でも私の時は、もっとめんどくさい奴とか鬱陶しい奴とか、あとは『運営のカスみたいなイベント』とかがあってさ…」
「運営のイベント…?」
透から何やら不穏なワードが出てきた。運営による介入を「イベント」と呼称するならもしかしたら君塚は自身に対して何らかのアクションを行われる可能性が有る。あるいは今後彼が圧倒的に不利になってしまう理不尽な状況が押し付けられる可能性さえ有る。
「うん。運営側が定期的に『イベント』をぶち込んで停滞した状況を強引に動かそうと干渉してくるんだよ。例えば、一番有力な転生者の首に莫大な懸賞金をかけたり、あるいは『魔王』とか異民族の野蛮な王様みたいなボスキャラを用意して襲わせたりとかね」
「そうか…。なら、それを達成した際の報酬などは用意されているのか?」
「うーん…そうだな〜…例えばそいつのギフトを強奪できたり、ギフトの追加効果解放とか……。あとは凄く強いハーレム要員の追加?とか」
君塚は、そのくだらないように見えて、しかし転生者たちにとってはあまりにも魅力的な『餌』について思考を巡らせた。
もし自分の強力なギフトが報酬にされ、平原の国そのものを奪い取れる権利が与えられるとしたら? 転生者たちは血眼になって食らいつくだろう。転生者とはゲーム感覚で事を起こすため短絡的かつ利己的な存在だ。故に未来への見通しは予測可能だが、欲望による行動の抑止は極めて困難となる。
「? 君塚様、それと聖下。ギフト…とか、あと運営…? 一体何のお話をされているのでしょうか?」
二人の間で交わされる聞き慣れない単語の羅列にヤドヴィガが不思議そうに首を傾げた。
「殿下にはもう少し早いお話かと…。まぁ、これらは全て何れはお話しますが」
「ええ。今後、もし殿下に関わるような話が来たらちゃんとお話しますのでそれまではご心配なく。お兄ちゃんと私で全部対処しますから」
「…むー、わかりました。ですが、もしその時が来たら必ずお二方から私にお話くださいね?」
すっかり蚊帳の外にされ、不貞腐れてアヒルのように唇を尖らせるヤドヴィガ。現時点で彼女に向けられた転生者によるアクションは神堂による王宮への強盗未遂事件程度だ。だが、いずれは彼女が直接関わる事件も発生してしまうだろう。他の転生者からすれば君塚を揺さぶる最大の弱点の一つが『平原の国の女王の身柄』なのだから。
「それにしても、外はお祭りムードって感じじゃなさそうだな」
「うん。皆が警戒してるのは当然だけどやり過ぎだよ。市民の皆さんすっかり戸惑ってるし、後で何か慰撫する政策してあげないとね」
「『心を読む能力』ってのは便利だな。それも前の大会で得たギフトか?」
「ううん、これは兄さんに助けられて『聖女』に覚醒してからだよ。無差別に何でも聞けるし、お悩みとかもぜーんぶ知る事が出来ちゃう程度にはね! まぁ他人のプライバシーを侵害しちゃうし、聞きたくないドロドロした事も聞こえちゃうから、不便と言えば不便だけど…」
「…聖下の前では、君塚様関連の愚痴や不平不満は決して口にしないでおきましょう」
「ふふ、それはもう聞こえておりましたよ殿下。兄に最近添い寝どころかゆっくり会うことさえ出来てなくて寂しかったらしいではございませんか」
己の秘めたる不満を揶揄われたヤドヴィガは怒りで顔を真っ赤にしてわなわなと震えながら、キッと透を睨みつけた。君塚は「そろそろ不味い」と感じて慌てて介入した。
「…隠し事さえ許されないのですか! 私だって、君塚様にもっと構われたいのですよ!!」
「殿下、それ以上はお控えください! 透、お前もこれより先は止めてくれ。これからオフィシャルな場に出るんだから!」
「…君塚様がそう仰られるなら」
「…ゴメン、兄さん。殿下、先程はご無礼を働いてしまいました。どうか平にお許しを」
そうして馬車の中で痴話喧嘩を収めている内に気が付けば一行は宮殿へと到着していた。全員が馬車から降り、荘厳な大広間へと足を踏み入れる。
「じゃ、兄さんまた後で」
「ああ! またな、透。今日のお前の大仕事、しっかり見ているから頼んだぞ!!」
「任せてよ! 私も失敗したりしないからさ。兄さんこそ、変な女に引っかかったりしないでよ!!」
「聖下。どうかお気を付けて。安心した時こそが最も危のうございますわ」
「御心遣い感謝致します殿下。肝に銘じこれよりアナスタシア皇太女殿下の戴冠の儀は、油断せず厳かに行います故ご安心を」
「ええ。これは我ら平原の国の威信が関わってまいりますので、何卒お願いいたします」
「では、失礼します。殿下」
透は式典の準備の為、ヤドヴィガと君塚から一旦分かれて祭壇の裏手へと入室する。
君塚とヤドヴィガは案内された貴賓席へと向かった。
そこには多数の各国の王室関係者や首脳陣が既に着席しており、君塚達は少し遅れてやってきた形になった。
貴賓席では普段のようなどこかだらしなく緩めた服装ではなく、キッチリとした黒の軍服に身を固め厳かな空気を纏うエリカの姿があった。その後ろでは伍長もまたバラクラバで顔を覆い隠して素性を誤魔化しながら、直立不動で護衛の任に就いている。
また赤いドレスに身を包み、何処か落ち着かず辺りをキョロキョロと見回しているシグルーン女王もいたが、隣に座るグスタフ宰相にそっと脛をつねられて「痛っ」と小さく声を上げ、大人しくさせられていた。
そして低地の国のもね王太女は即座に君塚が入室した事にいち早く気が付き、喜びに満ちた表情で即座に手を振って軽く挨拶してきた。だが彼女の瞳の奥には笑顔がなく、リップシンクで『何故早く連絡してくれなかったのですか?』と明確な圧をかけてきていた。
さらに後列には鷲の国解放の立役者たるJTFのスプルーアンス提督やブラッドレー将軍、アーノルド将軍にスミス将軍といった英雄にして重鎮たちが勢揃いしている。
何がともあれ無事に国賓たちは呼ばれ戴冠式は豪華なメンバーを揃えることができた。西方諸国の祝福を受けた新たな国家体制で、そして新たな女帝と共に未来へと歩んで行くことを約束された様なものである。
「西方諸国の主立った方々をあらかた揃えたら、このような壮観な景色になるのでしょうね」
「我が国の、つまりヤドヴィガ殿下の正式な『王としての即位式』の予行演習でもありますので、これくらいの人員は呼ぶべきではありますね」
「…その時までに、私は王であると同時に、君塚様に相応しい方になれているでしょうか?」
ヤドヴィガはふと、不安を口にした。
君塚は次々と親平原の国政権を樹立して外交関係を改善し続け、今や平原の国の関心は『東方』へと向かいつつある。東方からの難民達が流れ込み、東方は今や一大フロンティアであるかのように国内の資本家達は考えて膨張路線を主張している。
そんな荒れ始めた時代。もしまた君塚が勝手に動いて、勝手に他国の政権を無理矢理こちらへ靡かせたら? 戦狼の国や神聖皇務庁を親平原の国政権に染め上げる事など、今の彼の武力なら恐らく造作もない。山の国も政権が崩壊して今内戦が起き、血で血を洗う地獄絵図なのだ。
もし、また君塚がそれらの危機をすべて解決してしまったら自分は果たして『その英雄』と並び立つ事が許される存在になれるのだろうか?
「殿下、いかがされましたか?」
「…! い、いえ、何でも有りませんわ。君塚様」
「であればよろしいのですが。もし体調が悪ければ、ここから先は私が―」
「そのような配慮は不要です。私は平原の国の女王として参りました次第、ここで下がる訳には参りませんもの」
ふと透が玉座の裏手から出てきた。
儀式用の準備が整い、聖水の用意さえ万端な様子だ。澄ました顔で厳かな雰囲気を漂わせているが、表情を一切動かさずにコッソリと君塚に向けて『OK』のジェスチャーをして来た。
そして、いよいよアナスタシア殿下が入場する段階に成った。
「アナスタシア陛下に万歳!」
「新たな皇帝へ、讃えあれかしや!!」
室内に居た国賓たちや大臣たちが一斉に起立し、割れんばかりの拍手で新たなる女帝の門出を出迎える。君塚もヤドヴィガと共に立ち上がり彼女の姿を眺めた。
髪には綺羅びやかに光を反射する大きなダイヤモンドを嵌めた宝冠を載せ、最高級の絹で出来た純白のドレスを着飾って登場した彼女は、かつての怯えきった、復讐の為に身の破滅を覚悟していたような哀れな少女ではなかった。
新たなる時代の幕開けを告げる『象徴』として堂々とした歩みで玉座の前へとやってきたのだ。
悠然と歩みを進めたアナスタシアは君塚を見つけるとこっそりと小さくウィンクした後、透の前にて静かに跪いた。
「我、君塚総主教は全ての聖女教徒を代表し、アナスタシア・セルゲイヴィチ・オリョーラの皇帝即位を祝福し成聖する」
至って冷静で神聖な表情でそれを告げ、透は平原の国・正教会の総主教として彼女の皇帝即位を祝福した。
「ありがたき幸せです、君塚聖下。謹んで皇帝としてこの地の民に、信徒の模範として振る舞うことを…我が名、アナスタシア・セルゲイヴィチ・オリョーラにおいて誓います」
透の手から帝室に伝わる皇冠を被せられ、そして聖水で清められたアナスタシアはついに鷲の国の玉座に腰を下ろした。
「新たな陛下、万歳! アナスタシア陛下、万歳!!」
どこからかエキストラと思われる人物の称える声が聞こえ、それに続くように他の者たちも「万歳! 万歳!!」と讃え始める。広間は祝福の嵐に包まれた。
君塚も彼女の最終的なゴール地点への到着を祝福する為に、そしてこれからの苦難の道程への応援として、声を大にして叫んだ。
「アナスタシア陛下万歳! 鷲の国に栄光あれ!!」
そして帰りの時は迫る
続きが気になる方はブックマークをお願いします!
下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の励みになります!




