幕間─転生者達の策謀
日の出る世界より
転生者たちの間ではここ最近、君塚悠里へ懸けられている『莫大な懸賞金』について度々話題に上っていた。
彼は西方世界の覇者にして、この転生者サバイバル大会という理不尽なデスゲームにおいて突如現れた最大のダークホース。そして何より現地人に近代的な文明社会を与え、自分たちの『痛快な冒険』を終わらせようとしてくる魔王として認識されていた。
曰く、最弱のギフトを持ちながらも担当官と癒着し、不正なレベリングを行なっていた卑怯者。
曰く、一番人気だった神堂龍牙を陰湿な罠にかけて仕留めた悪党。
曰く、悪逆非道な手口で平原の国を乗っ取り、幼い女王を洗脳して国家簒奪の計画を進めている外道。
曰く、周辺諸国へ軍事介入を進め、近代兵器で親君塚政権を次々と樹立して転生者達を追い詰めている独裁者。
曰く、多数の絶世の美女を自宅に囲い、日々彼女たちの身体を弄びハーレムを楽しんでいる好色男。
出どころ不明の様々な噂や憶測が飛び交う中、東方世界に逃げ延びた転生者たちの見解はただ一つに揃っていた。
――大会最有力候補となった魔王・君塚悠里、死すべし。
自分たちが西方世界で築き上げようとした『ハーレムと栄光の居場所』を容赦ない銃弾と砲撃で奪い、渇え殺そうとした絶対的に相容れない存在。魔法という神秘を否定し、冷徹な現代兵器でもって世界を支配しようとしている暴君だと。
実際、君塚悠里とその手下たちは平原の国を軸とした西方世界から一歩も外に出ないものの、東方世界各地では平民たちや奴隷たちの脱走が相次ぎ西方世界へと人口が激しく流出する事態になっていた。
理由は単純だ。魔法が使えない凡人でも人間としての人権を保障し、給与を与え、生活水準も東方のそれとは比べ物にならないほど高いのだから。這々の体で東方世界から逃げ出す者達が後を絶たないのは、為政者からすれば止めようのない必然だった。
東方世界では魔法使いでなければまともな権利が与えられず、国によっては生まれた直後に奴隷として生涯が決定づけられてしまうことすらある。戦士職の人間でさえある程度魔力を練る事が要求され、魔力を籠められない戦士はモンスターの群れの中ですぐに死んでしまうため戦力どころか人間としてすら数えられないのだ。
そんな中、転生者たちは持ち前のチート能力を示して『冒険者』としてギルドに登録しモンスターや盗賊、反乱奴隷の鎮圧を行い、時には他の転生者を狩ることで、自分たちの地位と名声、そして金と女を獲得していった。
冒険者ギルドもそれを歓迎した。上位等級の冒険者であれば犯罪行為の免罪すら認められる超法規的機関。文明が未発展で弱体な政府の多い東方世界において、彼らの存在は貴賤を問わずなくてはならない『暴力の調停者』だったのだ。
だが、今はどうだ?
西方世界での脅威といえばせいぜい鷲の国の戦列歩兵程度のはずだった。しかしこの世界に降り立った君塚により後装式ライフルと機関銃を装備した近代的な軍隊が西方諸国に組織された。装甲車やトラックに跨り、法に則って追いかけて来る治安官憲。ギルドによる超法規的な無法行為に対して容赦なく制裁を加える司法制度。とどめに、東方世界ではまだ現役の奴隷制度を完全否定する人権尊重の精神。
それらを強引に齎し、西方からギルドの影響力を物理的に消し飛ばしたのは他ならぬ君塚悠里である。そこを震源地として、冒険者たちの『自由で痛快な異世界ライフ』は終わりを告げた。
とある領主の依頼で貴族が聖女を欲して人狩りに出かけた冒険者パーティーがあった。だが彼らはたまたま平原の国の『正教会』が派遣していた武装シスター隊に遭遇し、一方的に殲滅された。彼女たちは総主教である透の下で保護された聖女たちであり、世界各地の聖女保護の任務を受けて冒険者達としばしば干戈を交えていたのだ。
武装シスター隊はただ祈るだけでなく、モシン・ナガンやマドセン機関銃を装備し魔法と近代火器のハイブリッド戦術を用いて殲滅してくる、極めて厄介な存在であった。
他にも魔物の群れを討伐中にうっかり高地の国の領内に侵入した際、国防軍のレオパルト2や歩兵戦闘車から容赦ない迎撃を受けて消し飛ばされたパーティーの報告も数知れない。酷いときには、高地の国の国民を誘拐する依頼を受けた冒険者ギルドが、報復として飛来したKSKの強襲により、ギルドの建物ごと皆殺しにされた報告さえ届いている。
それ以外にも低地の国の商船団を襲撃しようとした海賊まがいの転生者たちが、近代的な装甲艦隊や王太女である月白もねが沖合に描き使役するクラーケンやモビーディックによって海の藻屑にされた。低地の国へ私掠船を派遣することも叶わず、東方世界の海洋覇権は完全に失われた。
このように東方世界の人間からすれば、魔力も扱えぬ二等種族が「科学」という魔法の紛い物――あるいは魔法に似た異常な力――を以てして、東方を打ち砕かんとしているようにしか見えなかった。
東方世界は魔法が既得権益化したため文明が発達せず、旧弊の打破を許さない硬直した社会だった。未来を憂い始める若手貴族達もいたが、結局彼らもまた魔法文明の住人であるが故に科学文明の『飽和火力』へ対抗する手段を概念的に持ち合わせていなかった。
そんな中、東方のとある冒険者ギルドの奥深くで上位転生者たちの一部が集まり、極秘裏に対策会議を開いていた。
「さて、お集まりいただき感謝する。取り敢えずこんだけ集まれば、それなりに対策を皆で協議出来そうだね。……やれやれ、運営さまも人使いの荒いなぁ」
河合光一─保有ギフト『天槍』
どんな物でも刺し穿ち、距離に関係なく対象を断ち切る無双の槍の保持者。
彼は多数の転生者とも矛を交えて生き残ってきた有力な人物であり、それ故に大会運営に見込まれ「君塚悠里討伐レイドバトル」のリーダーとして招集された。好青年そうな見た目ではあるが、只者ではない冷徹な佇まいで他の転生者たちと相対している。
「けっ、本当なら今すぐてめぇをぶち殺してやるってのになんで俺達はこうも手を結ばされなきゃならねぇんだ」
六道麗園─保有ギフト『賽子緞子』
ダイスを転がしてランダムな効果を持つ絹織物を出して戦況を混乱へと導き、今まで勝利を拾って来た豪運の持ち主。綾錦繭の『被服生成』と系統が同じ下位互換のような能力だが、それでもここまで生き残れたのは奇跡だけではない。茶髪で粗野な人柄だが、生存本能は極めて高い。
「まあまあ、皆さん落ち着きなさいよ。どうせ生半可な準備と覚悟で挑んでも、あの軍隊には返り討ちにされるだけですし……ね?」
ヴィルヘルミーナ・フォン・アインハルト─保有ギフト『雷霆進撃』
自らの肉体に電撃を身に纏い、即座に突撃して相手を討ち取る神速の刃を持つ女性。かつて多数の魔物や転生者、果ては国家の軍隊さえ打ち滅ぼした女傑。
ギフトの副次特性として「生体信号から相手の微弱な思考を読み取る」ことができ、彼らの脳内を監視していた。東方世界において心の読み合いを出来る能力者は極めて貴重な存在である。
「この面子で、西の半分を仕切っている魔王を暗殺、か……中々にハードで非現実的な仕事だな」
マリオ・ブルーノ─保有ギフト『晩鐘賛歌』
夕暮れから夜明けまでの間限定で、彼がカルカノ・ライフルから放った銃弾は「距離や障害物に関係なく標的の心臓に必中する」という暗殺特化のギフト。さらに夜闇を見通す副次ギフト『鬼の目』を併用し、天然の暗視装置として使っている。
「とにかく君塚だ……! 俺は奴に仕返しさえ出来りゃ、それで良い……!!」
アレックス・ヴァン・シュトロハイム ─保有ギフト『残影旅団』
彼の持つギフトは詳細不明だが、過去の兵隊の亡霊を召喚して戦わせる能力である事は判明している。召喚される仲間はライフルや弓矢、あるいは刀剣類など武装がバラバラだがなぜなのかは本人しか知り得ない。君塚への深い恨みを抱える、謎多き壮年の男である。
河合はこの五人で構成された即席の冒険者パーティーで、運営からの『君塚討伐』の特別依頼を受けていた。達成報酬として「君塚悠里のギフトをそのまま継承する権利」「莫大な資金」「君塚が得た地位を全て簒奪できる権利」という、破格の報酬が提示されている。
「では、君塚悠里の討伐について建設的な議論をしようじゃないか。同志諸君……」
「おい河合! てめぇが仕切ってんじゃねぇぞ!!」
「ちょっと麗園、落ち着いて! 貴方が場を荒らしてどうするの!?」
「うるせぇ! こいつには過去に借りがあるんでなぁ……!!」
六道はどうしても河合に主導権を握られたくなかった。彼は過去に河合のパーティーから攻撃を受け、這々の体で逃げ延びた事がありそれ以来彼を憎んでいたのだ。
「あん時はよくもやってくれやがったな、河合光一!!」
「あれは仕方ないだろ? 第一、本来俺たちは皆『最後の一人』になるまで殺し合う敵対関係なんだから、出会って即戦闘になるのも普通じゃないか」
「……ぐっ、てめぇ……!」
「いい加減にしねぇか、小僧ども!!」
ドンッ!
激しい力で机を殴りつけ、大きな音を鳴らして二人を黙らせたのはアレックスだった。
「いいか、てめぇらの因縁なんてどーでも良いが、俺は君塚に仕返ししてぇから、今回のこの馬鹿げた遠征へ参加することにしたんだよ。ごちゃごちゃ文句言いてぇなら、外でやれ!!」
苛立ちを隠せないアレックスだったが、彼としてはどうしても果たしたい悲願のためこの無意味な主導権争いをいち早く終わらせたかったのだ。
「……ちっ、わーったよおっさん。ならさっさと進めろ、河合」
「すまないアレックスさん、この場を収めてくれて」
「構わねぇよ」
場が静まると、途端に不安そうな表情になったヴィルヘルミーナが具体的な質問を開始した。
「で、どうするんですか? 戦狼の国から平原の国の国境を越えるだけで骨が折れそうなんですけど……。国境線は無人機が24時間徘徊してますし、私だけなら電磁パルスを飛ばして落とせば侵入出来ますけど、皆さんを連れて行くのは無理っぽいですし……」
マリオも同意するように潜入の困難さを説明する。
「そこの嬢ちゃんの説明に足させてもらうと、海もダメだ。帆船なんて泳がせてたら速攻で怪しまれて軍艦か何かに臨検され、そのまま海に沈められて始末される可能性大だぞ。あの国に入港する船は今や最低でも蒸気船や大型タンカーだからな」
「で、空からは一番無理筋だろうな。空は奴等の戦闘機が常に彷徨いているし、戦闘機以外にもレーダー積んでるバカでかい機体が飛んでるから、すぐワイバーンも竜も見つかっちまう」
「成る程、なら一筋縄では行かないか」
海も空も陸も、近代的なC4ISR網によって完全に封鎖されている。
そんな課題が山積する中で、河合は一つギャンブルに出る事にした。
「なら、一つだけ方法が有るかもしれない」
「何だ?」
「戦狼ではなく、『高地の国』から行くのはどうだろうか?」
「は?」
「気でも狂いましたか!?」
「おま、それは流石に無理じゃね?」
「平原の国の同盟国だぞ!? しかもあんなに近代化が進んでる科学の国に!?」
一番あり得ない選択肢を出されて全員が驚愕の声を上げた。
「だが、一つ良い情報が有るんだ。あの国は今、女帝と議会が激しく対立しているらしいんだよ」
「……まさか、不満を持った議員とコネを使って入国して、そのまま平原へ行くってか?」
「あ、危なくないですかそれ……。もしバレたら、KSKとかいう化け物部隊が飛んできますよ……」
「嫌いじゃないが、暗殺するのに関与する人間を増やすのは情報漏洩の観点から危険だぜ」
「まぁ……良いんじゃないか? 正気にて大業成せず、だ」
「だから、この案でいく。このまま神聖皇務庁領まで向かいそこから高地の国へ密入国する。任せてくれ、俺には向こうの『不満分子』にコネが有るんだ」
こうして、平原の国へと五人の刺客たちが向かう。
君塚悠里の首とその全ての権力を己のものにする為に、それぞれが欲望と復讐心を蒸気機関車のように滾らせながら。
日の沈む世界へ
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