対策と対抗
静かに始まり
鷲の国に極秘に築かれたJTFの総司令部『キャンプ・フォード』の冷徹な空気の中、君塚悠里は深く息を吐いた。
「で、だ。ニケ、今俺が考えている悪夢と地獄を言ってもいいか?」
「……何?」
「多分だがすでに空挺降下、あるいは潜入された敵の特殊部隊や工作員が、この鷲の国や平原の国の王都にもウヨウヨいると思う。それも割と大規模にな。あんな大規模な空母艦隊を展開できる『チート使い』が情報収集や破壊工作を疎かにしているはずがない」
「マジ〜……で、どうすんの? 殺るんでしょそいつら。アタシも協力するわよ?」
「無論だ。だが、やるべき事がまだ一つあるんだよニケ。俺たちにはもう一つ使える強大な『駒』が有るからな、そっちを何とかしないといけない」
にやりとニヒルで不敵な、しかしニケにとっては心から安心出来る『強者の軍師』の笑みを浮かべた君塚を見て、元担当官の彼女はすっかり安心した。
「なら、アタシは一旦下がるわ。悠里っちにとって、ニケは『守られるべきか弱い女の子』なんだから♪」
そうステップを踏みながら、案内された仮設の女子寮へと向けて退室したニケを見送りながら、次の行動を君塚は起こしていた。
新倉結菜はまだ使える。使えるならあのチート野郎を打倒するための『泥よけ』としてまだ使い倒してやろう。
そうして彼女を収監している野外の大型コンテナへと向かい、彼女と君塚は再び対面する。
収監時とは異なり新倉はなぜか余裕の笑顔を浮かべ、足を組み、パイプ椅子に深く腰掛けてリラックスしている。そんな彼女と正反対に君塚は内心の焦りを隠しつつ、表情には余裕を浮かべてニヤニヤと語りかけてきた。
「おや、数時間ぶりじゃないか君塚悠里……。とうとう我が軍がまだ健在である事に臆して、私の軍門に降ることを選ぶのかい?」
「うるさいぞ……だが今は貴様の妄想の軍隊の有無どころではなくなったし面倒臭い事に成ったから協力しろ」
「ほう……協力。協力というなら先に君からのひれ伏した謝罪とかは必要だと思うが」
「生かしてやってるだけ感謝しろ。特に今のとっ捕まった間抜け過ぎるその姿で好き勝手ほざくならな。……てか、飯はガッツリ食ってんのかよ。支給したMREどころか隊員の私物のTボーンステーキを1枚ペロリと平らげるなんて元気そうだなぁ、おい」
「『腹が減っては戦はできぬ』、ってやつさ。空腹のまま戦いに臨んでもろくな判断も出来ず無駄に死ぬしか無いじゃないか?」
少し憎まれ口を叩く新倉へ呆れ果てながらもその異常なまでの旺盛な食欲と生命力に『最大の脅威』と『しぶとさ』が存在していると感じた君塚である。
「……敵が出した飯でここまで太々しく食い散らかし、しかも味の文句もなく『大変結構』とか言う奴は多分俺は初めてかもしれねぇ」
「ああ食事なら大変結構なお点前だったよと調理担当の隊員に言い給えよ。ごちそうさまでした」
「いや……はぁ……。代わりにお粗末様でしたとは言わせてもらうがそんなに行儀が良いなら最初からこんな馬鹿な真似しなくても……。いや、狂気的な馬鹿だからこそ行儀も良くて馬鹿な事をしたのか」
「馬鹿とはなんだね馬鹿とは!? 失礼だろう! 訂正したまえ。それか謝罪か、ステーキのおかわりが対価である!!」
「飯か……飯なのか……お前は…飯が第一なのか」
手を合わせて食事への感謝を伝えた新倉に驚きつつも、そんなにJTFの食事が気に入ってしまった件について「生存本能の塊」として見習うべきところが有ると考えさせられてしまう。
「で、協力とは一体何のことだい? 伺おうじゃないか君塚悠里。聞かねば首を何方にも振ることが許されなくなる」
「……そうだな。本題に入るか」
君塚はすっかりいつもの調子に戻り、襟元を正してしっかりとパイプ椅子に座る新倉を見下ろしながら現状の地獄を話す。
「今端的に話すと、お前と俺は仲良く『第三勢力』に横殴りされてしまった絶望的な状況だ。それもお前の所の情けない烏合の衆ではなくかなり大規模で高度に現代化された部隊が来ている」
「ほう、これはこれは面倒かつ面妖な……。だがそれはどうせ貴様が原因だろう君塚悠里?」
「……そうなら、ここに来ていないし、自分で対処させてもらうさ新倉。だがそうじゃない。残念ながら、奴らはお前の『秘密兵器』、そしてお前の『身柄』をピンポイントで狙ってるんだよ」
「私?」ときょとんと首を傾げて訝しむ新倉だが事態は一刻の猶予さえない。いや、最早始まってしまった以上この場で全て決定させるべきだ。
「お前の核兵器を積んだ潜水艦隊の居場所が全部割れた。そしてそれを全部敵が狙ってるんだ。全部そいつが分捕りに来てる!」
「……お世辞にも賢いとは言えないな、その第三勢力とやらも。それはまるで他人の車を無理矢理キーが抜かれた状態なのに強盗で奪おうってかい? 動かないよ……システム上、それでは全ての核兵器は撃てない。私がGOサインを出さない……限り……っ!!」
「ああ、奴は『お前にGOサインを強制的に出させるだけのチートギフト』を保持している。そして……そしてそれは……お前の過去の戦闘履歴を参考にしたようだ。つまり奴はお前が『女性支配』の影響を受ける可能性がある女であることを知った上で確実にお前を洗脳しに来てるんだ」
君塚は印刷された『女性支配』のチートギフトに関する悍ましい資料を新倉の顔面へ投げ付けた。そして新倉はそれを拾い上げて読み目を見開いて驚愕した。
「……何故、この記録が有る? 私が神堂と戦った正式な記録が……」
「何でだろうな? 壁に耳あり障子に目ありだ。世の中、何処の誰が何かしら記録を残してしまうもんだ。そしてそれを、奴はシステムの特権で閲覧し知っている可能性が非常に高い」
自身の詳細な戦闘記録の流出とかつて自分を屈辱の底へ落とそうとした能力の存在に驚いていた新倉だが話の主導権を決して譲らない君塚は更なる情報を開示した。
「人気上位層の転生者は基本この『女性支配』スキルを保持している。そしてその者達は何故人気が得られたのかと言えば女性を問題無用で屈服させ意のままに操れるような、その傲慢で雑に使えるエロゲーの主人公様みたいなギフトだからだ。当たり枠のギフトってのは『軍隊創造』ではなくて『女性支配』だったんだ。バカみたいに泥臭く軍隊を率いる俺たちの能力じゃなく、無条件に発動可能な『独裁者向けの精神破壊兵器』が人気なのさ……」
「……」
「剣を振り回すのも現地人の強者の女性を洗脳してやらせれば良い。魔法も彼女達に使わせれば良い。斥候も、財力も、そして王権でさえな。全て女を支配すれば手に入る」
「……愚かな。そして、最高に反吐が出そうだよ……!! それは! それはまるで、まるで!!」
「『寄生虫』だ。複数の宿主を使ってそいつらからアガリを搾取して、自分は労せず成果だけ得るコスパ最強・令和式の胸糞悪いギフトさ」
怒りの表情に包まれ新倉は顔が赤らみ、目には耐え難い『自立の否定』と己の尊厳を踏みにじられる未来への憎悪からか屈辱の涙が出始めている。
「では要求を伝える。俺の保護下に入れ、新倉。悪い様にはしない。俺の軍門に降れば、俺の軍隊と権力が全力でお前を天道から守ってやる」
「!? そ、それは……。だが、私はまだ負けた訳では!」
「で、そいつや俺の最新鋭部隊に今からお前一人で勝てる兵力は有るのか? 見たところ抵抗出来るようなまとまった通常戦力はソビエトには存在しないように見えたが、俺の間違いか?」
「……!!」
「もう肩ひじ張らずさっさと降れ。で、核兵器もこっちに渡すんだ。そうじゃないと間違い無く俺は数で負けるし、お前はその寄生虫(天道)に捕まり良いように『性欲発散の道具兼核発射のキーその3』として利用されて終了。お前も俺も負け犬の仲間入りだ。で、どうする? 俺に降るか、天道に尊厳と自由を踏み躙られながら永遠に慰み者にされるか。選べ」
唸り声を上げながら新倉は考える。確かに負けは負けだ。認めたくない。まだ自分が世界の舞台に乗って間が無いのにこんなあっさりと退場させられなくてはならないなんて不公平だ。だが……でも……。
そう逡巡していたが彼女の極端な自立心とそれを超える知能が絞り出した結論は、結局のところ天道への究極の嫌悪から「夢を諦める」しかなかった。
「……くっ、……うこうす……」
「何だって?」
「投降する。私、新倉菜月は君塚悠里の軍門に降伏する。そしてこの転生者サバイバル大会を棄権し全ての創造した資産と人員は譲渡する」
落ち着いた、しかし酷く疲労した表情で新倉は君塚悠里へと屈服し助命と保護を事実上嘆願した。
「そうか、それは良かった。ならソビエトの全戦力も俺のものなんだな?」
「無論。全てを放棄せねば貴様は許さんだろう。ならば喜んで全てを捨てよう」
「……ふぅ、やれやれ。これで本格的に奴の艦隊を叩けるな。今すぐ戦線の将校下士官兵士全てに今の降伏を伝えて俺の指揮下に入るように命令も出せ。それから核兵器もこちらのシステムに渡すように」
「……わかった」
そうして、新倉が空中にシステムパネルを出すと全ての人員と兵器、そして食料や衣服などの資産が完全に君塚へ譲渡された。
そして君塚もパネルを出して確認した。確かに譲渡の手続きは完了していて核兵器のアクセス権も――待て、これは何だ?
そう君塚はパネルをスワイプする手を止めて、目を丸くして確認した。
「ふふ、お気に召したかな? 君塚悠里。私もただのバカじゃない」
「やりやがったな新倉菜月! 貴様、最後の最後までとんだ食わせものだったようだな!」
「私と君の『共同署名』でないと核は起動しないぞ? 譲渡はしたが発射の最終決定権の半分は私が握ったままだ」
「くっ……! 俺がシステム上お前を殺せなくなる『保険』を見越した決断だったか!!」
「……君はアホなのか? 普通、そうやって権力の座から降りる時には命を保障させる最大の対策はするだろうに……。君も甘いね」
新倉はまたもや首を傾げて君塚悠里の人の良さと知能の低さを心配していたがこの様な事態が起こり得る可能性は排除出来なかった─新倉の執念を読み切れなかった君塚のミスだ。
「まあ安心し給え君塚悠里。どうにも私は今最高にご機嫌だよ。私が奴に犯されず、安全に生存出来るなら上出来。そして……まぁあの寄生虫をぶっ殺すための協力については、吝かではない」
「……」
「不機嫌そうに睨まないでくれ。取り敢えず核弾頭を積んだ潜水艦隊は事実上君の指揮下に入るんだから良かったじゃないか? では我々の目下の議題は奴の空母艦隊をどうやって海の藻屑にするか、それが次のフェーズだろう」
「そうだな。お前が仕切っているのが猛烈に気に食わないが、さっさと次に動かないと俺達が死ぬからな」
そうして二人は奇妙な『共同戦線』で強大な敵・天道へ戦いを挑む一方沖合にて激しい艦隊攻防戦が繰り広げられていた。
撤退する『ソビエト・JTF連合艦隊』は南下し平原の国方面の沿岸地域へと脚を伸ばして防空の傘に入ろうとし、天道の『多国籍グローバル海軍』は南進し圧倒的な物量で追撃を続けていた。
ハルゼー提督率いる空母機動打撃群は猛追を続けており、艦隊機動は獲物を追う猛牛のようにやや直線的に成りながらもスプルーアンス提督率いるJTF艦隊を徐々に追い詰めていた。
すっかり朝日が昇り、巨大なジェラルド・R・フォードの甲板から最新鋭のF-35Cが1機、速やかに爆装してまた電磁式カタパルトに乗り発艦する。まるで彼らの勝利が既に決まったかのように。
実際、君塚側のF-35B部隊は数に勝る天道軍の迎撃の為に忙殺された結果、最早ソビエト艦隊への攻撃について完全に防ぎきれていないのが実情だ。
空軍の増援も向かっていたが、敵のE-2Dの管制下にあるF/A-18E/FやF-35Cの物量では押し切られる事も多かった。
一方、天道艦隊旗艦ジェラルド・R・フォード。
「ご主人様! お紅茶入りましたよ!!」
「ああ、ありがとう、メリル」
ティーポットとマイセンのカップを乗せた銀のカートを押して腰にH&K MP7を提げているメイド――天道輝親衛隊の一つ、『バトルメイド隊』の隊員メリルである。
東方世界において天道輝が『女性支配』の力で助けた奴隷出身の少女達により構成される部隊であり、彼女達に特殊部隊軍事教練と『胎蔵電池』の恩恵を施して親衛隊の一つとしたのだ。
服装は裾が極端に短いスカートを履き、胸元をこれでもかと露出させている、いわゆるファンタジーな「フレンチメイド」と分類されるエロティックな服装だった。
太腿にもベレッタM9A4拳銃をレッグホルスターに差し込み、白いオーバーニーソックスを履いてコンバット仕様の黒いブーツを着こなしている。髪の毛はサラサラした金髪のストレートであり、顔立ちも可愛い子リスを思わせる幼さと可愛らしさを残している男ウケしそうな愛嬌が有る。
だが彼女の腹部は異常に膨れ上がっており、安定期のような不自然な膨らみがその華奢な肢体とメイド服との間に強烈なミスマッチを起こさせられる。
その腹の中には、天道との『名状しがたい赤子』が宿っている。そしてそれは少なくとも彼女の、いやバトルメイド隊の特徴であり、洗脳された皆が彼の子を宿す事を無上の喜びとしている。
『胎蔵電池』の応用で彼女達バトルメイド隊は天道の子を身籠ると、全ての才能や魔法が天道にも共有される代わりに天道を介して様々な専門技能や戦闘能力の共有を行う事に成功している。
そしてそれは主君と閨を共にして得た最高の名誉の証しであり、洗脳された彼女達にとっての無上の勲章なのだ。
「ご主人様? 本日のお茶はいかがでしょうか?」
「うん。最高に美味しいよ、メリル。今日の茶葉はとても良いものを使ってるようだね」
「はい! 何とか現地で入手した物でしたが、積み込み後も無事最適な状態で保管出来てたからか美味しく淹れられました!!」
「ありがとうメリル。今日も世界一可愛いよ。この戦いが終わったら、またお腹の赤ちゃんにたっぷり栄養を注いであげるからね」
「……! ありがとうございますご主人様!! わたし、頑張って産みます!!」
ジェラルド・R・フォードの空調の効いた艦橋内でこの様な狂気に満ちた愛のやり取りを交わす程度に圧倒的な戦力差の余裕が有った。
ものの見事に驕り高ぶっていた天道とハルゼーは致命的な見落としに気付いていない。
彼らの猛追する『直線の進路』の側面から迫る巨大な矢の存在に。
元の世界では終ぞ一度も本気で振るわれる事なくただひたすらに牙を研ぎ澄ませてきたその『巨大な槍衾』――ニコライ・クズネツォフ提督率いる、平原の国・第1艦隊空母機動部隊。
数十隻のミサイル巡洋艦と駆逐艦、そして無数の潜水艦が海面を覆い尽くすほどの対艦ミサイルをVLSのハッチに装填し、徒党を組んで隊伍を乱さずノシノシと迫る『強大なテルシオ』として天道艦隊の脆い脇腹へと着実に近付いていることを。
そして朝焼けに包まれ終わる
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