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王の怒り

外遊から帰国した国王陛下は自室で『王の影』と呼ばれる暗部から第一王子失踪の報告を受けた。『王の影』は決して歴史の表舞台には立たず、王のために情報収集を行い、あるいは要人警護を行うこともある。


『王の影』の長は第三騎士団で起こった「契約破棄!」の顛末を王に報告した。

「それで騎士団長は我が子が出てゆくのを放置したというのか。」

「副騎士団長殿が慰留しようとしたのですが、ご意志が硬く。」

「それで今はどうしている。」

「ルシンドラにて冒険者をなされております。」

「ロバートのところか?」

「はっ、しかし王子殿下はルシンドラ侯や他の貴族にはお会いにはならずに、あくまでも市井の一冒険者として振る舞っておられます。」

「では生活はできておるということか。」

「それはクラレンス王子殿下でございますので。」

「ふっ、ふふふ。そういうことならば、少し長めの遠征に出かけたということだな。では今後も王子には気付かれぬように監視を続けよ。」

「御意に」

影の長は音もなく姿を消した。


王は何事かを考えながら旅装を脱ぎ、城での正装に着替えた。

これから城の家臣たちからの挨拶というセレモニーが待っている。

呼びにきた廷臣に先導されて大広間に向かった。

大広間には既にローズマリー王妃と第二王子であるフリードリヒ、その婚約者のルイーザ・シニフォン、それに廷臣たちや各騎士団長たちが集まっていた。

王は玉座に座るとぐっと広間にたむろする家臣どもを睨みつけた。

「留守中ご苦労であった。」


宰相が立ち上がると「王のご無事な姿を拝見して家臣一同安堵の思いでございます。」と答礼した。

「ところでクラレンスはどうした。あやつにも出席するように申し伝えたはず。」

王はやや不機嫌さを含んだ声を放った。

家臣たちが少しざわめいた。

宰相は「みなのもの静まれ。」と家臣たちを統制した後、第三騎士団長の方を向いた。

「クラレンス王子は現在第三騎士団に所属していたはず。騎士団長はいるか?」

「はっ!」

第三騎士団長は立ち上がった。

まさか王が第一王子について言及するなど予想外である。まさか自分が王子をいじめて追い出したなどと言えば自分の首が物理で飛ばされて城門の上に晒されることになるかもしれない。

彼は顔色を赤くしたり青くしたりして黙っていた。

宰相は何も言わない騎士団長に少しイラついたように言った。

「クラレンス王子をここにお連れしなかったことについて速やかに申し開きせよ。」

ついに騎士団長は答えた。

「そ、その、王子殿下は御出奔されておられます。」

「「は?」」

期せずして何人かの声が一致した。

「何を言っている?第一王子、つまりクラレンスを騎士団で保護せよと命じていただろう。」

国王が重ねて問うた。

「そ、それは重々承知でございます。されど、王子殿下は忽然と姿を消し、その行方はわかりません。」


王はギリギリと歯軋りして苦虫を噛み潰したような顔をしているが、王妃は喜びを隠しきれていない。


国王が第三騎士団長を睨みつけているので騎士団長の顔からどんどん血の気が引いてきている。

宰相も何かとりなそうとしているが、国王の形相に恐れをなしたのか、声をかけることができない。


その時、財務卿のオステバン侯爵が「国王よ、第一王子殿下がご自身の意思で騎士団から逐電されたというのならばそれは騎士団長の責ではないでしょう。どうぞ公平な裁定をお願いします。」と言った。


国王はハッとしたように表情を改めた。オステバン財務卿は王妃の父親である。国王も無碍にはできない。

オステバン財務卿は騎士団長に下がるように言い、「第一王子が誘拐されたとか犯罪に巻き込まれたのでないなら捜索する必要もないでしょう。彼は立派な成人なのでご自分の身の振り方くらい自分でお決めになられるでしょうから。」と大きな声で言ったのである。


騎士団長はその隙にさっと下がって騎士たちの中に逃げ込んだのである。


虚を突かれた国王に対して王妃は「王宮には第二王子のフリードがおります。速やかに第二王子の立太子をお願いします。」と国王に甘えるように言った。

「それはまた後日じゃ。」

国王は頭を振って「みな、留守をよく守ってくれた。」と言うと奥に引っ込んでいったのである。


♢♢♢


国王の悩みの種は第二王子のフリードリヒであった。王立学院は厳しい教育で知られているのは確かである。けれども、入学以来常に最下層を維持している第二王子の成績というのは見過ごせるものではない。

「わしも王立学院での成績はやっと平均点ではあったのだが、赤点常習犯ということはなかった。」

少し年上の人は第一王子のクラレンスが学院始まって以来、王族としては初めて入学から卒業まで首席で通したことを知っているのである。


第一王子と第二王子を比べればその違いは明確なのである。けれども、第一王子の母の実家であった公爵家は既に没落しており、現在の当主はオステバン財務卿の忠実な手下になっている。

王宮内の政治力学を考えると財務卿であるオステバン卿と王妃のローズマリーの力が強いので第一王子が王位につく可能性は低い。

もし、国王が第一王子にこだわれば第一王子へ刺客が送られることになるかもしれないし、毒殺の危険性も増える。

実際、第一王子に毒が盛られたという事件は表沙汰になってはいないが何度もあるのである。


そのため、最早、第一王子を王宮内で保護するのは困難だという判断で騎士団に送ったという事情もある。そう考えると行方不明になったというのは安全という意味では望ましいのかもしれない。


問題はそのことで王妃が早急に第二王子を立太子せよと強硬に主張してくることである。

第二王子は学院でも真面目に学問を修めずに、平民から聖女の魔法が使えるという触れ込みで転入してきた少女にちょっかいをかけているという噂もあるのである。

しかも、その少女には第二王子の側近候補も皆熱を上げているらしく、側近たちの婚約者から王家に対してクレームが来ていてその処理に頭を痛めている真っ最中である。


本来ならばその少女を退学にさせるべきなのだろうが、そうすると平民派が「平民を差別している」と騒ぐことは間違いなく、対応に苦慮している。


多分、今頃は第二王子の執務室では婚約者のルイーザが王子が放置している書類の処理をしていることであろう。彼女は王子から「自分より目立つな」と言われているので、わざと試験の点数を王子より低く抑えている才女である。


こちらとしてはそれだけでも申し訳ないのに、こちらが渡した書類の処理を一切やらないサボりの王子のために、宰相に泣きつかれて代わりに書類の処理をしているのである。それだけでも婚約者どのの有能さはわかるであろう。王子は全く気が付いていないだろうけれど。


国王としてできることはルイーザが仕事を終わった頃にこっそりと最上級のお菓子を差し入れることくらいである。


そういう王子であるのに王妃とその父親のオステバン卿は第二王子を早く王太子にせよと迫ってくるのである。彼らは自分の息のかかった貴族たちの連判状を持参して「多くの貴族たちの支持するフリードを早く王太子にしろ」と言ってくるのである。自分が長期間の外遊に出たのはその圧力に対抗するのが面倒になったという事もある。


まさか外遊の間に第一王子が出奔するなんて予想外のことである。しかも、第一王子がいなくなったということで彼らの要求はさらに強くなってしまった。

「とにかくまだだ。第一王子の行方は確認せねばならない。次の段階はそれからだ。」王は言を左右にして王妃や財務卿の申し出を撃退するのだった。

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