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聖女と悪役令嬢

ゴルディアス王立学院はもともと高位貴族の学習所として設立された。それが拡張して低位貴族や平民も受け入れるようになっている。歴史ある学園は重厚な建物と目の覚めるような緑の芝生の上を爽やかな風が吹いている勉学には最適の環境が維持されている。

この学園では13歳から15歳までの3年間を中等部、16歳から18歳の3年間を高等部として学ぶことになっており、その最上級にはフリードリヒ第二王子とルイーザ公女が在籍している。

フリードリヒ第二王子は未だに立太子は行われてはいないものの第一王子が出奔して行方不明になった現状では王太子になるのは時間の問題と噂されている。


ルイーザ公女は成績の悪いフリードリヒ第二王子よりも更に悪い成績であることは有名であり、最近は学園の授業をしばしばサボってどこかに行っているということで学内での悪評が立っている。

フリードリヒ王子の方は1学年下のストロベリーブロンドのかわいらしい女の子を引き連れて学園内を歩く姿がしばしば目撃されるようになっており、王子と公女の間には隙間風が吹き始めたのだということが噂されるようになっている。


そのストロベリーブロンドの女の子はシャルロッテ・エメロン男爵令嬢である。元々はエメロン男爵の私生児であり、平民として暮らしていたが、聖魔法の発現が見られたことで、聖女候補としてエメロン男爵が貴族籍に入れ、高等科に編入してきたのである。


彼女は読み書き程度はできたが、普通の下町娘である。それが、癒し手の力が発現したということでそれまで放置していた父親の男爵が引き取ったということである。それで聖女候補として学園に途中転入することになったのである。すると、そのチャーミングな容貌が評判になり、多くの男子生徒が彼女を狙うようになった。


天衣無縫な彼女であったが、何人もの男子生徒に告白されたことで精神的な不安定を示すようになったのである。そこでフリードリヒ王子がシャルロッテの保護を宣言したのである。これについては多くの女子生徒も王子を支持した。何しろ、婚約者を持つ男子生徒が婚約者を捨ててシャルロッテに熱を上げてしまう事例が頻発していたのである。すでに数件の婚約破棄事例が発生しており、問題の解決が望まれていた。


シャルロッテの方も好きでもない男に勝手に言い寄られて、その男が婚約者とトラブルを起こして逆恨みされるなんていい迷惑である。王子の保護下に進んで身を置くことにしたのである。


最初は王子の取り巻きがシャルロッテを保護した。なんといっても王子の取り巻きである。将来の王子の側近候補たちは優秀だし美形揃いであった。


天真爛漫なシャルロッテは美形の男たちに囲まれて有頂天になった。取り巻きの男たちはそれぞれ優秀な面々であったが、シャルロッテと付き合ううちに自らの婚約者よりもシャルロッテの方をチヤホヤするようになった。


彼らにしてみれば王子の命令を忠実に守っているだけということだったのだが、それまで誘われていたデートもなくなり、夜会でのエスコートもなおざりにされるようになった婚約者の令嬢たちの不満はどんどん膨らんでいったのである。


彼女たちは王子の婚約者であったルイーザ公女に不満を告げ、公女からその話を聞いたフリードリヒ第二王子は取り巻きたちにシャルロッテを預けることをやめ、自分自身でシャルロッテを連れ回すようになったのである。


残念なことに取り巻きたちの態度は変わらず、それまでは仲が良いことで有名だった騎士団総長の子息であるヒューゴ・グリンベルク伯爵令息とエレナ・ロス伯爵令嬢の婚約は解消されることになってしまった。他の婚約についても婚約解消は秒読みだと噂されている。


そういう騒ぎの中で問題は王宮での執務をフリードリヒ王子が放棄するようになったことである。王子はシャルロッテとの時間を取るために仕事をサボり始めたのである。


困ったのは宰相である。王子付きの文官からの報告を受けて王子に執務を続けるように懇願したものの、王子の執務態度は悪化の一途を辿ってゆく。それで困り果てた宰相は婚約者であるルイーザ公女にフリードリヒ王子の補佐をお願いすることになったのである。


公女はすでに王太子妃教育を完了していたし、宰相は彼女の学園での成績が擬態であることを見抜いていた。ルイーザ公女は溜まっていた王子の仕事を速やかに処理したが、そのことで王子は公然と仕事を放棄するようになったのである。そのために公女は学園の授業を休んで王子の仕事の穴埋めをすることになったのである。


宰相は恐縮しきりだったが公女は王太子妃教育ですでに卒業までの必要なものは済ませていると言って王子の仕事を肩代わりすることになった。そのために公女のいなくなった学園では王子は公然とシャルロッテと交際できるようになったのである。


王子とその取り巻きはシャルロッテの周囲で常に行動したため、それは傍目からも異様だった。シャルロッテだけは美形の王子たちに囲まれてその天真爛漫な笑顔をいっぱいに輝かせていたのである。


学園の卒業は夏である。夏季休暇の前に卒業式がある。

王子の取り巻きたちは卒業までには全員婚約者とは別れてしまっていた。流石に親たちもいくら時代の王の側近候補であったとしても不実な婚約者と可愛い自分の娘を結婚させる気はなかったのだろう。

王子も夜会には公然とシャルロッテをパートナーとしてエスコートするようになっていたが、ルイーザ公女にはどうすることもできなかった。父の公爵も難しい顔をするばかりで何も言わないのである。

普通の婚約であれば婚約解消が当然だろうが、相手は王子である。王室から婚約解消が求められない限り、公爵家からは動くことができない。

公爵は苦虫を噛み潰した顔をするより他ないのである。


こうして、卒業式が近づいてきた。

卒業式の前夜には生徒会主催の夜会がある。本来ならば婚約者の男性が女性をエスコートするものなのであるが、ルイーザ公女にはフリードリヒ王子からの連絡はない。

父の公爵はルイーザ公女に婚約者からのエスコートの申し出もないのに無理に夜会には出なくてもいいのではないかと言った。これは父親としての精一杯の優しさであっただろう。

けれどもルイーザ公女は卒業生の義務として夜会には出席すると言ったのである。

父の公爵にできることは昂然と苦難に立ち向かってゆく娘に最上級のドレスを贈ることだけだった。


夜会ではざわめきが広がっていた。フリードリヒ王子がシャルロッテを公然とエスコートしていたからである。卒業生の婚約者が学院生であれば夜会には参加できる。けれどもいまだにフリードリヒ王子の婚約者はルイーザ公女である。シャルロッテは卒業生ではない。

王子とシャルロッテの周りには二人を守るように取り巻きがいる。

その取り巻きたちを汚物を見るような目で見ている女性たちがいた。扇で顔の半分以上を隠しているが、その取り巻きたちの元婚約者たちである。


そんな中、ルイーザ公女が到着した。

豪華なドレスを身に纏っているが、単身である。


ルイーザ公女をめざとく見つけたらしいフリードリヒ王子は公女に近づくと彼女を指差していきなり叫んだ。

「貴様との婚約は破棄する!」

会場のざわめきは消え、シンとなった。

「どういうことでございますか?」

「私は真実の愛を見つけた。貴様との婚約は破棄してこのシャルロッテ・エメロン男爵令嬢と婚約する!」

「国王陛下にはご許可を頂いているのでしょうか?」

ルイーザは昼に王宮で国王陛下とお会いしていたのである。その時には婚約破棄などという話は一切出ていなかった。

「ええい、うるさい!貴様のような犯罪者の言うことなど聞けない。お前はシャルロッテを傷つけただろう!その罪は決して許されるものではない!」

フリードリヒ王子は顔を真っ赤にして叫んだ。

そうして王子はルイーザがシャルロッテの教科書に落書きしたとか、筆箱を盗んで隠したとか意地悪なことを言ってシャルロッテを泣かせただの階段からシャルロッテを突き落とそうとしたなどという罪状を並べ始めた。

「あの、王子殿下?私は公務で王宮におりましたのでシャルロット様とお会いしたことなどないのですよ?」

王宮にいる間は記録されるのでそれを調べると学園での不在はすぐに明らかになってしまう。出鱈目な断罪はすぐにばれてしまうのである。

シャルロッテは泣き出したようで「公女様はひどい!ご自分のなさったことを恥ずかしげもなくお隠しになっていますわ!」と王子に甘えている。

王子はシャルロッテの背中を優しく撫でて「よしよし」というとルイーザに向き直り「お前のような悪女の言うことは誰も信用しないぞ!シャルロッテのいうことこそが真実だ!」と叫んだ。

「何をおっしゃろうと婚約破棄は王子殿下の一存では決めることなどできません。お父上の国王陛下とご相談になって、正式に婚約の破棄を我が父にお伝えくださいませ。婚約は家と家との繋がりであることは王子殿下もご承知でしょう。」


「ぐっ!」

全ての主張を正論で打ち返されたフリードリヒ王子は逆上してはらわたが煮え繰り返る思いであった。自分よりも成績の悪い子のバカ公女にやり込められたと言う屈辱をどう晴らしてくれよう。

王子は学園に入学した最初の試験で公女が一位を取り、自分が下位に低迷したと言う屈辱のあまり、「女が男よりいい成績を取るな!」と言ったことでルイーザ公女がそれ以降、わざと王子より低い成績を取るようにしてきたことに気づきもしなかったのである。

自分の悪い成績よりもさらに悪い成績を取るルイーザ公女を愚か者と侮るようになっていた王子にとって公女は常に優越感を得られる対象だった。それが覆される事態なのである。


ルイーザは涼しい顔をしていた。特にフリードリヒ王子には恋愛感情はない。政略結婚として婚約を結んでいただけである。将来、王太子妃、更には王妃となって王となるだろうフリードリヒ王子を支え続けるのが自分の仕事なのだと自らを納得させてきた。

もしあのシャルロッテという娘が「真実の愛」とやらで、このおバカ王子の世話をしてくれるのなら何の問題もない。王太子妃や王妃の立場など喜んで渡すつもりである。


冷めた目で見ているルイーザと違ってフリードリヒ王子はシャルロッテの手をしっかりと握りしめながら、顔色を赤くしたり青くしたりしていた。


彼はルイーザに言った。

「貴様、エスコート相手もいないのに綺麗なドレスを着ているじゃないか。どこの浮気相手からもらったんだ?この浮気者が偉そうな口を聞くな!」

ルイーザは自分の顔色が変わるのを感じた。思わず王子に歩み寄った。

「ふざけたことを言うな!このドレスは我が父、シニフォン公爵から賜ったものだ。」

同時にルイーザの右フックがフリードリヒ王子の頬にクリーンヒットした。

王子は体を宙に浮かせ、横に吹っ飛んでゆき、意識を失って白目を剥いて倒れてしまった。


あまりのことにシャルロッテも周りの取り巻きたちも動くことができない。


(やってしまった)

ルイーザは顔色が青ざめるのを感じながらそれでもくるりと後ろを向くと早足で歩いて夜会会場の大広間を出てゆく。群衆はルイーザを通すように自然に別れて道を作ってくれた。

後ろからはやっと気を取り直したのだろう、シャルロッテが王子!しっかりしてください!と叫ぶ声が聞こえていたが、振り返ることなく公爵家の馬車を探して乗り込み、御者に屋敷に戻るように伝えた。


(これは申開きのできない不敬罪ね)

ルイーザは累を公爵家に及ぼさないためにどうすればいいか馬車の中で必死に考えていた。

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