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スタンピード

ということで僕は指定された日時にギルド前に向かうことになった。

ギルドの前にはワラワラといった感じでいかにも駆け出しといった若い冒険者たちが10人を下らない数で集まっている。

僕が驚いていると向こうでトムが手を振っている。

そちらに向かうと、トムは「やあ久しぶりです。リーナス先生はすっかり時の人ですね。」とニコニコしながら言う。


僕がほっぺたにキスマークをつけていたのは多くの人に目撃されていたので、口さがない町の人の間では僕のお相手は誰だと言うのが話題になっていたのである。

そのためかどうか知らないが、驚くべきことに名も知らないご令嬢からラブレターをもらったり、顔は見た事がある女性の冒険者から同じパーティで冒険しないかと言うお誘いを受けたりした。


トムは「本当にクランに入っていただくのが一番なのですけれど。」と残念さを滲ませながら言う。

「いやあ、僕なんて未熟者ですからね。トム君はクランで頭角を表して若手のホープって呼ばれているらしいじゃないですか。」

トムはちょっと照れたように頭をかきながら「まだまだですよ。」と笑った。


その後、少し改まって、トムは「今回のタスクは駆け出しの冒険者に魔の森を体験してもらうというものです。ほとんどの指導は俺たちでやりますので先生にはクラン長のリンさんのエスコートをお願いしたいのです。」と言う。

「えっ?リンさんって僕より強いと思うのだけれど。エスコートなんて……」

その時後ろに殺気を感じた。

ゆっくりと振り向くとリンがニコッと笑みを浮かべていた。

「お、おはようございます、リンさん。」

僕がぎこちなく挨拶するとスッと僕の横に来たリンさんは僕の腕を抱きかかえるように掴んで言った。

「ねえ、リーナスのことダーリンって呼んでいい?」

僕はヘビに睨まれたカエルのように硬直してひたすらに首をこくこくと縦に振るしかなかった。

「ダーリンも私のことはリンって呼び捨てにしていいからね。」

僕は再び首をこくこくと振る。

そのまま辺りを見回したが、参加するらしいクランのメンバーは皆例外なく気まずそうに視線を逸らせてゆくのだった。


リンは僕の腕をしっかりと掴んで離さないのでリンの胸が僕に当たっている。リンはそれにも気がつかないようにうっとりした表情で、僕の顔を見続けていた。僕と視線が合うとニコッと微笑んでいる。


駆け出したちは徒歩で移動するようだし、監視役のベテラン達も徒歩か馬で移動するらしいが僕とリンさんは馬車で行くことになっているらしい。

流石に貞操の危機を感じた僕は副団長のバージルさんに徒歩か馬かで行けないかと頼んでみたが、少し哀れみを込めた目で「団長が嫌がるだろうし周りにも目の毒だ」と言われてしまった訳である。


結局、僕とリンは馬車に押し込められてしまった。

幸いなことにリンは肉食系ではなかった。


リンはすでに僕の過去を洗い出していて、僕が第三騎士団に所属していたことを知っていた。

「第三騎士団には貴族も平民も採用されているものね。だからダーリンは平民でも優しいんだね。」

僕はどう返事していいかわからないので黙って微笑んでいるしかなかった。

リンは「騎士団で鍛えられているのだもの、実力は折り紙付きよね。」と言いながら僕の筋肉を撫でていた。


幸いにも彼女はその先には辿り着かなかったようである。

僕のことは素直に平民と思っているらしい。

彼女は自分の身の上を語り出した。

どうやら彼女は元々、さる子爵家のお嬢様だったらしい。

それが7歳の時に婚約を結んだ相手がちょっとやんちゃで具体的なことはぼかされたのだけれどイタズラにキレたリンは婚約者を殴り倒してしまったらしい。

相手は格上の伯爵令息だったらしくて大騒ぎになり、寄親であったルシンドラ侯の取りなしにも関わらず、リンは実家から勘当されてしまったらしい。


ルシンドラ侯であるロバートおじさんに大恩を感じているリンは結婚相手として僕を紹介したいらしい。まあ、王子は伯爵家より上の令嬢じゃないと正妃にはできないけれどね。

もう王子の位を捨てて子爵家に婿入りするのもいいかなんてぼんやり考えているといつの間にか馬車は止まっていた。

相変わらずリンは僕とイチャイチャしている。

そんなことでいいのかと思ったが、ベテラン勢が指導するから大丈夫かな?


突然、外から「きゃーっ」という悲鳴と「駆け出しは下がれ!」というベテラン達の声が聞こえた。

僕が馬車の窓のシェイドを上げると本来対象だったゴブリンはおらず、もっと大型のオーガのようなモンスターとベテラン達が戦っている。

駆け出したちは後方に下がり、何人かは回復術師から治療を受けていた。

「ひい、ふう、みい。駆け出し君たちは全員無事ね。でもあのオーガの後ろからまだ魔獣が来ているわね。」

ベテランたちの努力でオーガたちはなんとか撃退できてきるようだ。けれどもその後ろからさらにモンスターが来ているのがわかる。

僕とリンは武器を持って馬車を飛び降りた。


やっとの事でオーガを倒したベテランたちに休憩するように言い、僕たちは奥に進んだ。トムだけがついてくる。

「お二人だけの世界を邪魔する訳じゃないんです。」とちょっと照れたようにトムはいう。

いや、迎撃戦力は多い方がいい。

僕が何か返事しようとしたが既に地獄の猛犬の群れが迫ってきている。僕はサムズアップするのが精一杯で犬の群れに切り込んでいった。当たるを幸い切りまくる。最初20匹くらいいた群れも残るは数匹である。

普通は地獄の猛犬といえども群れの大多数が殺されると逃げ出すものだが、この群れは最後の一頭まで戦うつもりのようだ。


地獄の猛犬が全滅すると程なくグレーターオーガの群れが殺到した。

さっきのオーガよりも二回りは大きい。

何人かのベテランたちが治療を終えて防衛戦に参加しつつあるが数的には向こうが有利である。このまま戦線を突破されれば駆け出し君達に被害が出るかもしれない。

僕は氷の壁(ウォールオブアイス)の魔法を二枚使い、グレーターオーガ達を壁と壁の間の隙間に誘導することにした。


リンが「リーナス、あ、あんた魔法を」と口をぱくぱくさせている。

「話は後だ。魔獣がこっちに殺到するから気を抜くな!」

それからは久しぶりに騎士団で魔獣討伐で最前線に立っていた時の気分を思い出した。切っても切っても後からモンスター達が襲ってくる。

騎士団では僕一人だけが投入されていたからもう無我夢中で切り続けるしかなかったが、今回はリンとトムが一緒に戦ってくれているので心強い。

ついにはガルムまで出てきた。ガルムは地獄の番犬とも言われる三つ首の巨大な犬である。あれを一人で戦う時には一つの首を相手にすると残りの二つの首が隙を狙うので厄介だが、今回は三人で戦ったので比較的楽だった。

けれどもこいつの首は時間が経つと再生してくる。それを防ぐためには切った首の切り口を焼いてしまうほかない。

最初は火の玉で焼こうとしたがガルムが必死で逃げるので、

最終的にはいつものように炎の嵐(ストームオブファイア)で丸焼けにするしかなかった。


リンもトムもモンスターの返り血で真っ赤である。僕の体も同じである。

既に氷の壁は消え去っていたが、そこにいた副団長に聞くと壁を突破したモンスターはいなかったようである。

「よかった」と僕が言うと、リンが詰め寄ってきた。

「あなた、魔法が使えるって貴族なの?」

「えっと、あー、まあその。とにかくモンスターを全滅させられたんだからいいじゃない。」

「よくないわよ。あなたは一体何者なの?いずれにせよルシンドラ侯にはこのスタンピードについて報告しますからね。もちろんあなたのことも。」

もう行きの馬車の中でのような甘い空気はどこにもなかった。

リンはもはや僕に視線を向けようとはせずにクランの団長として団員を指揮して倒したモンスターの解体や魔石の収集を行うと速やかに帰路に着いたのである。

僕も気まずいまま馬車に乗るのは嫌だったのでトムに頼んで替え馬の一頭に乗って帰ることにした。

リンとは言葉を交わすことはなかった。


トムは帰り道に「まあ団長は悪い人じゃないんですよ。」と必死でフォローしてくれた。

悪いのはどちらかと言うと僕の方なので返す言葉もない。

ゴルディアス王国では魔法を使えるのは人口のおよそ2割であるが、そのほとんどが貴族である。稀に平民からも魔法の使える者が出ることがあるが、そういう人はもれなく国が「魔法貴族」に任命することになっている。なので僕のように魔法が使えるのに平民という存在は本来あり得ないのである。

リンもそういうことでロバートおじさんに僕の素性を暴いてもらおうと考えているのであろう。もし追っ手が掛かれば本当に国を出てゆくほかないかもしれないなあ。

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