緊急依頼 狂闘牛 討伐
Cランク昇格試験も数度の戦闘と野営を
終えバルドからの合格の評価を貰った
《漆黒の魔弓》は護衛対象のミザと
試験官のバルドと共に王都へ帰還する
街道をのんびりと馬車で走っていた。
暖かい日差しを受けながら馬車を操り
王都まで、あと2日ほどの距離まで
帰ってきた途中でその異変にアレクは、
気付く。
街道を外れた荒野を“何が”土煙を上げて
駆けているを【遠視】で捉えたのだ。
しかも、“何か”は単体ではなく複数いるのが
見てとれる。
街道に向かって駆けているわけではない
ので緊急ではないが、バルドに報告すること
を決断して隣に座っているバルドに声を掛ける。
「バルド教官、緊急ではないんですが……
進行方向の右側に“何か”が土煙を上げて
複数駆けているのを捉えました。
あれが何だか分かりますか?」
「うん?どれだ?右側で土煙……あれか?」
どうやらバルド教官も【遠視】を使える
らしく土煙の方向を正確に捉えて様子を
窺っているようだった。
少しの間、ジッと様子を眺めていたバルドは
一つの答えにたどり着きアレクに答えを
教えてくれる。
「アレクあれは、狂闘牛だぞ。
こんなところで複数いるとは珍しいな」
「あれが狂闘牛ですか……なんというか
資料では書いてありましたが凄く怒ってますね」
狂闘牛は、雄のみが立派な角を持っていて
その名前で呼ばれることになるのも雄のみの
魔物である。
黒い皮は異常に発達した筋肉で歪な光沢を
放ち、2本の黄色い角は前に向かって生え
二又の槍のような威圧感を持っている。
普段は大人しく冒険者から手を出さなければ
もっとも無害な魔物とさえ言われている。
しかし、一度その怒りに火がつくと黒い瞳は
真っ赤に染まりあらゆる障害物を蹂躙する
黒い砲弾と化し大量の死者を出したことも
あるとされる魔物であった。
「走ると速度は筋肉のために早くはないが
その突進力は家くらいなら軽く吹き飛ばすと
資料に書いてありましたけど……あれは
本当なんですかね?」
アレクが、冒険者ギルドに保管されている
資料に書かれていたことを疑わしい気持ちで
思い出しているとバルドの表情が段々と
険しくなっていく。
不審に思ったアレクは、バルドへと質問を
投げかける。
「バルド教官どうしました?狂闘牛なら
こちらの進行方向とは被らないと思いますけど?」
「いや、まずいぞ……あの牛共の進行方向
には確か小さな村があったはずだ!
距離だと馬車で半日というところだが
この辺りから王都に掛けては魔物も殆ど
出現しないから村の防衛も進んでいない。
ここままだと、村が壊滅するかもしれん!」
「………………」
アレクは、黙り込むと自分達だけで
対処可能な事態なのか冷静に考えを巡らせる。
相手は通常状態でもCランクの魔物……
怒り状態ではBランク相当の魔物になる。
こちらの投入できる戦力は少ないし
パーティーメンバーへの危険性も大きい。
数は恐らく30体以上を相手にすることに
なり馬車を使った作戦を取らざるおえない。
不安要素しかない事態で渋い顔をする
アレクにバルド教官が話し掛ける。
「これは、冒険者ギルド副ギルドマスター
として正式に《漆黒の魔弓》に依頼したい。
内容は狂闘牛の討伐または進行妨害による
村の防衛をお願いしたい!
報酬は最低でも金貨300枚とギルドからの
優遇措置を提示する。
もちろん、依頼を受ける受けないの選択権は
アレク達にある……緊急依頼で危険度も高く
本来はDランクの手に負える依頼ではない。
だが、私はアレク達の実力なら依頼を完遂
できると思い依頼をしようと思う」
暫しの間、アレクとバルドは
無言のまま見つめ合うと先に視線を落とした
のはアレクであった。
「はぁ〜、分かりました……その依頼
僕は受けてもいいと考えています。
けれど、パーティーメンバーとも話し合って
了解が得られなければ依頼を受けることは
できません。
時間がないのは理解していますが……
パーティーで相談する時間を頂けますか?
その間、馬車の手綱をお願いしても?」
馬車の手綱をバルドに任せてアレクは
屋形に移動するとパーティーメンバーと
同乗しているミザに事情説明を行う。
魔物の種類・数・危険度にバルドからの
依頼内容と実際に戦うことになった時の
作戦など正確に話をしていく。
パーティーメンバーはアレクの話を
聞き漏らさないように真剣に耳を傾け
ミザは村のこと考えたのか顔色を
真っ青にしながら話を聞いていた。
一通りの説明を終えると重たい空気が
屋形の中に流れる。
その沈黙を破ったのは、意外にも普段は
大人しいミカエラであった。
いつものオドオドした様子ではなく
アレクを信じる仲間として、はっきりと
質問を投げかける。
「アレクさんは、今回の依頼上手くいくと
思いますか?パーティーメンバーと
バルドさんとミザさんに村の人々を
守り切れると考えていますか?」
その質問の答えを求めて屋形の中にいる
皆の視線が自然とアレクに集まっていく……
一瞬、瞼を閉じると逡巡することなく
アレクは答える。
「俺は、このパーティーメンバーなら
依頼を完璧にこなすことができると思う。
誰1人失うことなく、村の人々も守り切れる
と考えている!」
静かなけれど力強い言葉が皆の胸に響き
その瞬間に屋形内の空気が“ガラリ”と
変わる。
「アレクのその言葉が聞けたなら迷う
ことない!アレクのやりたいこと全力で
俺達が手伝うだけだ!な?みんな!」
「うん!アレクがやれるって言うなら
それを信じて実現させるのが私達の仕事!
アレクは、出来ないことを断言したり
しないからね!」
「僕も全力でアレクさんとみんなを
支えます!魔法も温存できてるし遠慮なく
放つことができますし」
「ああ、みんなやるぞ!《漆黒の魔弓》
の実力を魔物共に見せつける時だ!!」
「「おう!!」」
覚悟を決めた《漆黒の魔弓》が作戦会議を
始める前にアレクはミザを危険な依頼に
巻き込んでしまうことを謝ろうと
ミザに話し掛けようとするが逆にミザから
呼び止められる。
「あ、あの!アレクさん!私にもできること
はありませんか!?なんでもいいんです!
皆さんのお手伝いをさせて下さい!!」
アレクは、少し驚くがミザの瞳に力強い
覚悟が宿っていることを確認すると
謝ることなく作戦を手伝ってもらうことを
決める。
バルドにも依頼を受けることを改めて伝え
全員で作戦を確認することになる。
大まかな作戦は、馬車で敵の群れの前を
走り攻撃を加えながら進路を誘導して
村からコースを逸らす、というものだ。
攻撃担当は、弓使いのアレクと魔法士のミカエラで屋形から遠距離攻撃を行う。
防御担当と補助担当は、カインとアマリアで
もし馬車に敵が接近してきた場合は槍で
カインが迎撃する。
なお、馬車で走りながらの戦闘なので
揺れで安定しないためにアマリアがアレクの
体をできるだけ支えて固定する。
御者席には、バルドとミザが座り
バルドが馬車を操りミザは連絡係と
雑用を担当することになった。
こうして、緊急依頼の狂闘牛討伐・誘導が
開始されたのだった。
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猛り狂う黒い群集が、まるで黒い津波
のように土煙を上げて猛然と荒野を駆ける。
怒りで我を忘れた獣の口からは泡が立ち
その怒気を物語っている。
その黒い津波の前に猛スピードで馬車が
進路を塞ぐように現れる。
2体の狂闘牛が突然現れた馬車に
襲いかかろうとするが……
“キイィィィ”と甲高い音が過ぎ去ると
攻撃を仕掛けようとした2体が転倒し
崩れ去る。
(ちっ!全く止まる素振りさえ見せないか!
本当に怒りに支配されているようだな)
続けて矢を放ち前方にいる狂闘牛を狙って
転倒させたものを作り出すが……
それすら、意に介さない獣達は屍を超えて
ただ突き進む。
「【火炎弾】×3」
かなりの熱量を持つ火炎弾が狂闘牛を
めがけて飛んでいき着弾すると同時に
周囲を巻き込むように爆発を起こす。
1,2体は絶命させることができたが……
狂闘牛の厚い皮が致命傷を防ぎ思うように
ダメージが通らない。
焦りの表情を見せるミカエラにアレクが
次の攻撃の指示を叫ぶ。
「ミカ!魔力を多く消費しても構わないから
水魔法の氷の槍で攻撃しろ!!
足の周辺を狙って転倒を狙え!」
「はい!分かりました!!」
アレクは、瞬時に作戦を切り替え魔法による
殲滅ではなく魔法による足止めと転倒した
個体を後続にぶつけることで数を減らす
手段を取る。
指示を出しながらアレクは矢を同時に3本
構えると【雷鳴弓】【身体強化】本気モード
のコンボで揺れる馬車の上から放っている
とは思えない精度で敵を仕留めていく。
アレクとミカエラの額には大粒の汗が滲み
少しずつ疲労と慣れない馬車の上での戦闘
での精神への負荷がジワジワと現れる。
それは、そんな一瞬の気の緩みと攻撃
タイミングの隙だったが……それを
見逃さずに1体の狂闘牛が馬車に向かって
捨て身の突進を仕掛けてくる。
“ゔおもゔゔゔゔ”恐ろしい雄叫びを発し
ながら禍々しい形の2本の角が迫ってくる!
アレクとミカエラの間に緊張が走るが……
その緊張を切り裂くように風切り音が聞こえ
二本の角の間を貫くように1本の槍が
突き出される。
「そんなに簡単に俺の仲間に触れられると
思うなよ?この牛野郎が!!」
狂闘牛の脳天を貫く一撃をカインが放ち
迫り来る狂闘牛は大きく転倒して崩れ去る。
カインは2人の顔を見ると“ニカッ”笑い
槍を構え直した。
アマリアは、アレクの体を支えてながら
疲労が見えると回復魔法を使用して
アレクとミカエラを援護し馬車から移動して
きたミザはカインが突きたあとの槍の血と油
を落とすのを手伝い共に立ち向かった。
それから何度も何度も攻撃を繰り返し
追われるプレッシャーを感じながらも
確実に狂闘牛の数を減らしていった。
そしてようやく、残りが1体になった時に
アレクは異変に気付き言葉を漏らす。
「あれは……変異種か……!?」
その言葉に屋形にいた全員が眼を凝らし
1体の狂闘牛を見つめる。
その個体は、他の狂闘牛よりも一回り小さく
何故か後方にいたのか徐々に速度を上げて
馬車に近付いている。
全員が、しっかりと見える距離まで近付いて
きた狂闘牛は他の個体と同様に黒い毛皮で
覆われていたが明らかに違う点があった。
黒い毛皮に所々、銀色の毛が混じり
2本の角は鉄のように鈍い光を放っている。
「とりあえず攻撃を仕掛けて変異種の
戦闘能力を確かめてみよう」
アレクは、そう言うと弓を構えて【雷鳴弓】
を放とうとすると急に変異種の狂闘牛は
弓の射線を切るように馬車の横へと
速度を上げて死角に入ってくる。
「なっ!こちらが弓で攻撃しようとしてる
のを理解して死角に回ったのか!?」
銀色の狂闘牛の行動に驚きを隠せず
カインが大きな声を出す。
アレクが弓を構えるのをやめると元に位置に
戻ってこちらの様子を窺ってくる。
今度はミカエラが魔法を放とうとすると
後方に大きく距離を取り放たれた魔法を
素早い身のこなしで回避してみせる。
しかし、攻撃は仕掛けてこずに一定の
距離を保って追いかけてくる。
「攻撃に対処する賢さを持ち、魔法を躱す
素早さまで持つ変異種か……しかも
体が他の個体よりも小さく攻撃が当て辛い」
(もしかして他の狂闘牛は、あの変異種に
追われていた?後方にいたのは様子を見るため?何のために?いや、今はそんなことを
考えている場合じゃない)
膠着状態に陥ったことで余裕ができた
アマリアがアレクに問い掛けてくる。
「ずっと、このまま走り続けて変異種を
振り切るって案はどう?向こうから仕掛けて
こないみたいだし……」
その案をアレクは頭を横に振り否定する。
「あの個体は、この馬車の馬が疲労して
止まるのを待つつもりなんだろう……
それか速度を落としたところに馬車ごと
突撃してきて俺達を仕留める気だろう。
あの賢さがあれば、それくらいのことは
やってのけるだろうからな」
「そりゃ……ありえないだろう……
魔物が理性を持って戦いを仕掛けてくる
なんて……それに相手は狂闘牛だぞ?
賢い狂闘牛なんて悪い冗談だぜ……」
信じられないものを見る目で変異種を眺める
アレク以外のメンバーは底知れない不安を
感じていた。
逆にアレクは、自身の初戦闘を思い出し
ずる賢い狼を想像していた。
「で、でも、このままでは僕達は追い詰め
られてしまいますよね?何か策はあるんですか?」
一同の視線がアレクに集まるとアレクは
“ニヤッ”と笑いアイテムボックスから
あるアイテムを取り出して皆に見せる。
「相手が賢くて怒り狂っていないなら
“これ”が使えるかもしれない……
あとは風向きを確認してミカが上手く
協力してくれれば十分に試す価値のある
策だと思うんだが……どうだろう?」
アレクが考えた策を一同に伝えると
皆が肯定する意思を示してくれる。
バルドにも策を伝えて《漆黒の魔弓》の
変異種討伐が再開された。




