渡り廊下
私のことをカトリーナお姉様と呼び羨望の眼差しを向ける目の前の美少女もとい、悪役令嬢エリザベス・シェラード。
その眼差しの眩しさに思わず目を瞬く。
このカオスな状況を見かねたのか、シェラード様が美少女に近寄ると、少し困った感じに柔らかく微笑んだ。
その笑顔に胸を鷲掴みにされる。
(なになに、なんなの!? 学園じゃあんな顔見たことないわよ!? イケメンの優しい微笑みとか、こちとら小説の挿絵しか免疫がないのに!!!!)
「妹が失礼を。こら、エリー。いくら学園でもそれはいただけないよ?」
「あ! わたくしったら興奮のあまり。ベイリー様、失礼いたしました」
「あ、い、いえ。大丈夫ですわ。少し驚いただけですから」
「改めまして。わたくしは、エリザベス・シェラードと申します。以後、お見知り置きいただけますと幸いです」
目の前で行われる優雅なカーテシーに思わず見惚れていると、すぐそばで不穏な声がして、一気に現実に引き戻された。
「嘘でしょ……これが悪や」
慌ててソフィアの口を塞ぎ取り繕った笑顔を向ける。
一瞬不思議そうに首を傾げたものの、私の笑顔に再び瞳がキラキラを取り戻した。
「カトリーナ・ベイリーです。この子は妹のソフィア。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
「はい! あの、早速なのですが……その、お、お姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか!?」
「先ほども呼んでいらっしゃいましたが、何か理由がおありになるのでしょうか?」
「あ……ええ! 実はお兄さ……」
「エリー! そろそろ時間だ。殿下をお待たせしてはいけないよ。さあ、早く控え室に向かわないと。ベイリー嬢たちは私に任せて、行っておいで」
「え? もうそんな時間ですの!? あ、でも、お兄様、わたくしカトリーナお姉様とまだお話が……」
「殿下をお待たせしてはいけない。さあ、早く」
「あの、え、ちょっとお兄様!?」
「ほら、急ぐんだ!」
「もう、お兄様! わかりましたから、押さないでくださいまし! カトリーナお姉様! 後日、お茶会にご招待いたしますので、その時にまた是非ゆっくりとお話しさせてくださいませ〜〜〜」
目の前で繰り広げられる押し問答に唖然としつつ、離れていくエリザベス様に「承知いたしましたわ〜」と手を振る。
突然のドタバタに、なぜか『カトリーナお姉様』呼びが定着してしまった。
一方ソフィアは、エリザベス様があまりにも思っていた悪役令嬢と異なっていたことに動転しながらも、「なんなのよ、あんなの、私の計画が狂うじゃない」とぶつぶつと呟いている。
いったいどんな計画をしているのか、この顔は絶対嫌な予感がする。
(そーいえば、エリザベス様はいったい何を言いかけたのかしら? 『お兄様』と言いかけていたみたいだけど……)
お兄様ということは、エリザベス様はやはり『悪笑み』の主人公である悪役令嬢エリザベスで間違いないようだ。
つまり、この二人に関わるということは破滅ルートに進む可能性が高くなる。
(お姉様なんて呼ばれて戸惑ってる場合じゃないのよ〜〜〜!!)
これ以上接点を持つわけには、目立つわけにはいかない。
ちゃんとモブに徹しなくては!
私はぶつぶつと独り言を続けているソフィアの腕を引っ張り、行動に向かって進み出した。
すると、目の前には先ほどエリザベス様の背を押していたはずのクラウス様が笑顔で立っていた。
「では、私たちも講堂へ参りましょうか」
「は、はい……」
私に頷く以外の選択肢は残されていなかった。
そうして講堂に向けてぶつぶつ言ったまま下を向くソフィアを連れ、三人で歩き出す。
講堂への短い道のりではあるものの、無言で歩き続けるわけにはいかない。
どうしたものかと思いつつ歩いていると、クラウス様が笑顔で問いかけてきた。
「……あの、カトリーナ嬢。今年も同じクラスですね。また一年よろしくお願いしますね」
「あ、同じクラス……そうですわね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
学年首席と次席なのだから、必然的に今年も二人ともAクラスになるのはわかっていたけれど、私の中でクラウス様とこんなふうに話す仲になるなんて想定外すぎる。
けれど、モブに徹したいからと公爵令息であるクラウス様を無碍にすることなんて子爵令嬢の私にはできない。
彼が私への興味を失ってくれたらいいのだけれど。
(生徒会の誘いを断れば、話しかけて来られることもなくなるかしら……?)
「どうかしましたか? もしかして、生徒会のことですか?」
「え……? いえ、その……」
思いの外考え込んでしまっていたらしい。
考えていることを悟られ、驚いて思わずクラウス様の顔を見ると、なぜか嬉しそうに微笑まれた。
「回答は急ぎませんので、ゆっくり考えていただいて大丈夫です。もし毎日の参加は難しいということでしたら、大きな行事の際の助っ人という形でも構いません。カトリーナ嬢にはそれだけの才能がありますから!」
「わ、私に才能ですか!?」
「ええ! 入試の時もそうでしたが、今回の進級試験の成績は子爵令嬢としてはありえないものでした。やはり高位貴族と下位貴族では、入学前の教育内容が異なりますからね。特に今回の進級試験では、一学年で習わなかった範囲まで含まれていました。それなのに、あなたは満点に近い成績を収めたと伺っています。加えて、外国語の成績は満点だったとか。教師陣も驚いていましたよ」
すごい勢いで捲し立てられ、すぐに言葉が出てこない。
(え? なんでクラウス様が私の成績知ってるの!? 得点については、私自身も知らなかったのに!? それにしても、ソフィアに載せられたとはいえ、やっぱり私思いっきりやらかしてる〜〜〜〜!!!)
「そ、それは……たまたまよく知っている範囲が出ただけで……きっと運が良かったのです。そう! 運が良かっただけですわ」
たじろぐ私に、さらにクラウス様は詰め寄るように続ける。
「そんな謙遜しなくても大丈夫です。あなたは十分すぎるほどに優秀ですし、今の応対もそうですが、まさに淑女の鏡です! だからこそ、そんなあなたにはぜひ生徒会の一員になっていただき、生徒の模範となっていただきたいのです」
「い、いえ、私はそんな大層な存在ではありませんし、下位貴族の私が他の生徒の方々の模範になるなど……」
(いくらなんでも子爵令嬢が他の生徒の模範とか、上位の方々から絶対目をつけられるじゃない! 目立つ以前の問題よ……)
そんなことクラウス様は百も承知なはずなのに、どうしてこんなことを言い出すのかがわからない。
それに、私が生徒会になんて入ろうものなら、「なんでお姉様なんかが!! 本来はヒロインであるわたしが入る場所よ!!」と強引に生徒会室に乗り込んでくるソフィアの姿が目に浮かぶ。
(そんなことになったら、それこそ我が家は断罪とか関係なく、陞爵どころか、破滅真っしぐらよ〜〜!!)
ソフィアが居る限り、生徒会なんてあり得ない。
決意を固めてふとソフィアを見ると、彼女は私たちの会話など全く聞いていない様子で、遠くを眺めている。
その先には、私がきっとあそこだろうと目星をつけた渡り廊下に繋がる扉が見えていた。
ソフィアを掴んでいる手に再び力を込める。
「カトリーナ嬢、そこは心配要りま――」
どうやら私の視線の先に気づいたのか、クラウス様が話を止めて、真剣な眼差しをソフィアに向ける。
渡り廊下に繋がる扉が開いた瞬間、渡り廊下が見えたのだろう。
ソフィアが私の手を振り払おうと動き出すと同時に、大声で怒鳴り始めた。
「放して!! あの先に渡り廊下があるのよ!! わたしはあそこに行かなきゃいけないの!! もう! 放してってば!! 放せって言ってんでしょ!!!!」
貴族令嬢とは思えない言葉に呆気に取られつつも、手を離すわけにはいかない。
掴む手にさらに力を込めて、ソフィアを必死に止める。
ところがソフィアは、自身を拘束している私の腕を叩こうと、掴まれていない反対側の腕を振り上げた。
「マジでうざいのよ!! いい加減、放しなさいよ!!」
叩かれることを覚悟して身構えていたのに、一向に痛みが襲ってこない。
目を開けると、ソフィアの腕を掴み、心配そうにこちらを見つめるクラウス様の姿があった。
「カトリーナ嬢、大丈夫ですか?」
「クラウス様……。助けていただき、ありがとうございます」
突然の出来事に、慌ててお礼を言うのが精一杯。
(え、なに、物語のヒロインみたいにイケメンヒーローに助けられちゃった……。どうしよう、無茶苦茶カッコいい…………顔が良いだけじゃなく、中身までイケメンとか、マジ半端ない!!!!)
脳内でテンション爆上がりしている私とは裏腹に、腕をクラウス様に掴まれ身動きが取れなくなったソフィアは、さらに喚き散らす。
「なんでクラウス様までこいつの味方をするのよ!! わたしはただ渡り廊下に行きたいだけなのに!! なんで邪魔するのよ!!」
周りに他の生徒がいるにもかかわらず喚き散らすソフィアに、クラウス様が怪訝そうな表情を浮かべる。
「ソフィア。静かにしなさい」
「なんでそんなに行かせてくれないのよ! 時間ならまだあるじゃない!」
「確かに開始時刻まではまだあるかもしれないけれど、私たちは子爵家、下位貴族。下位貴族は高位貴族の方々よりも前に講堂に着いている必要があるわ。ギリギリや遅れての到着など以ての外よ。だから、時間はほとんどないの」
「そんなのわたしには……」
「関係あるわ。あなたはベイリー子爵令嬢。子爵令嬢として守るべきことは守らなくてはならないわ。それが貴族というものよ」
「でも……!」
それでもなお抗おうとするソフィアに、なぜかクラウス様がにっこりと微笑む。
(え? さっきまであんなに怪訝そうな、今にも眉間に皺が寄りそうな感じだったのに、急にどうして!?)
「カトリーナ嬢をあまり困らせないように。それに君も今日から貴族デビューなのでは? そんな晴れの日に、他の生徒たちに変な印象を持たれてしまっては、学園生活が台無しになってしまいますよ」
戸惑う私をよそに、とびきりの笑顔を向けられ諭されたソフィアは、どうやら満更でもないようで、頬を染めて黙り込んだ。
(イケメンのスマイル、恐ろしい……)
クラウス様の協力のおかげで、なんとか渡り廊下の近くを無事に通り過ぎ、講堂へと到着した。
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