出会いと違和感
合格発表と進級試験から一ヶ月後、ついに今日は入学式。
入学式の後、そのまま新学期がスタートするため、入学式にはすべての学年が参列する。
(まあその分、参列者が多くて派手なのよね……)
そして、合格して入学が決まったからか、ソフィアがまた妙におとなしい。
前回のように部屋に籠ることはないものの、虐めてくれと私に迫ってくることもなくなり、ちゃんと家庭教師の授業も逃げずに受けているらしい。
(殿下に会って、心境の変化でもあったのかしら……?)
真面目にしてくれるのは嬉しいけれど、それが殿下とのさらなる接点を求めてかと思うと非常に頭が痛い。
クラスは入試の成績順だから、殿下や悪役令嬢はきっとAクラスなはず。
ソフィアのクラスがどうなるかによっては、阻止するのが難しくなってしまう。
その時はまた新たに策を立てる必要があるけど……。
今は目の前のイベントを阻止しないと。
今日は入学式……ということは、殿下たちと渡り廊下で遭遇するイベントがあるはず。
(私に見える範囲だけでも阻止しないと!)
馬車に乗り込むと、すでに準備万端なソフィアが座っていた。
いつもなら遅いとか、私のお下げが地味だとか何かしら文句を言ってくるのに、心ここに在らずといった感じで落ち着きがなく、嬉しさを隠しきれていないようだ。
普通であれば、入学式で学校生活が楽しみで仕方ないのだろうと思うところだけれど、ソフィアの場合、明らかにイベントだろう。
その証拠にソフィアはソワソワしながらポケットにあるハンカチを何度も確認している。
『悪笑み』でも描かれていた入学式のイベントは、渡り廊下でハンカチを落としたヒロインを王子が呼び止めるベタな遭遇イベントなのだ。
(これは絶対狙ってるわね……)
ソフィア的には感動の再会場面ってところかしら。
王子に遭遇するのはもちろん阻止したいのだけれど、ここで私が一番阻止すべきなのは、王太子の婚約者、エリザベス・シェラード公爵令嬢との出会い。
『悪笑み』の主人公の悪役令嬢がついに登場する。
(正直、『悪笑み』好きとしては会いたい……! むしろ私が遭遇したい! でもでも……)
彼女と出会い、ヒロインとして王太子を攻略しようと動くことで、破滅への道を進んでしまう。
(絶対に阻止しないと、我が家が終わる……!)
思わず手に力が入る。
そんな私を尻目に、目の前で念入りにハンカチを確認しながら、気持ちの悪い笑みを浮かべるソフィアに、思わずため息が漏れた。
◆◆◆
いつも通り三十分ほどで学園に到着し、馬車を降りる。
ソフィアは渡り廊下を探しているのか、キョロキョロと辺りを見回している。
(え? この子、場所がわかってない……? 入学したてだから、当然とはいえ、乙女ゲームで知ってるんじゃないの!?)
けれど、私に聞くのが癪に障るのか、聞いてくる気配はない。
ラノベだと遭遇のタイミングまでは書かれていなかった。
遭遇して少し会話をしても入学式に間に合っていたから、意外と早い時間な可能性が高い。
(上手く誘導できれば、遭遇を防げるかもしれないわね……)
すると、しばらく悩んでいたソフィアがふいにこちらを向いた。
「あ、あの、お姉様……わたし、渡り廊下に行きたいのだけど……」
ものすごくこちらの様子を伺いながらも、その先を口にしない。
よほど私に「教えてほしい」とは言うのが嫌らしい。
その上なぜか私が答えるのは当然といった様子だ。
「……どの渡り廊下かしら?」
「え? 渡り廊下って一つじゃないの?」
「ええ。学園は広いもの。たくさんあるわよ」
予想していない回答だったのだろう。
ソフィアの表情が一瞬固まり、「複数あるなんて出てなかったじゃない……!!」と何やらぶつぶつ言っている。
実際この学園は広いので、渡り廊下はあちこちにある。
ただ、入学式に向かうことを考えると、きっとあそこだろうなと見当はついているけれど、それをソフィアに教えるつもりはない。
「渡り廊下で何かあるのかしら?」
「お、お姉様には関係ないわ!」
「そう。ならこのまま講堂に行くわよ。入学式に遅刻なんてしたら大変だもの」
言いながら、ソフィアの腕を掴んで、講堂に向かって進み出す。
ソフィアは必死に足を踏ん張りながら、辺りをキョロキョロと見回している。
そして、まばらではあるものの人がいるのを確認してから私に向かってわざとらしく声を上げた。
「お姉様やめて! ちゃんと言われた通りにしますから、放してください!」
誰かに助けを求めるように、哀れな妹を演じ始める。
けれど、外見的にはどちらかというと、私のほうが地味でおとなしそうに見えるせいか、周りの人たちは一瞬首を傾げるだけで通り過ぎていく。
(まあ、そんな爪の先までピカピカに磨いて来てたらそうなるわよね……)
「わたしにはどうしても外せない用事があるのです! お姉様、お願いだから放して!」
それでもめげずに演技を続行しているところはなかなかすごい。
思わず感心してしまいそうになる。
それで私が放すわけもなく、そのままソフィアを引っ張ろうとした時だった。
「あの、どうかなさいまして?」
馬車を降りたばかりの令嬢が声をかけて来た。
少しウェーブのかかった柔らかそうな長い銀髪に、まるで綺麗な空を見ているように吸い込まれそうな碧眼の美少女だった。
(この子、どこかで見たような……。でも、こんな美少女、一度見たら忘れるはずないんだけど……)
「いえ、大丈夫ですわ。お騒がせして申し訳ありません。この子、入学式が嬉しすぎるらしくて、少しはしゃいでしまって……」
「違うわよ! わたしは」
「さ、早く講堂に行きましょう」
ソフィアの言葉を遮って、そのまま行動に向かおうとすると、美少女の後方から見覚えのある男性がこちらに向かってくるのが見えた。
「シェラード様……?」
「ベイリー嬢。おはよう。どうしたんだい? 妹君の腕を掴んで」
「あ、お兄様! え? ベイリー嬢……? ということは、この方が……!」
なぜか美少女はシェラード様の言葉に反応して、私の顔をじっと見つめる。
(というか、お兄様って、まさかこの美少女が悪役令嬢エリザベス・シェラード!? え!? 外見から何もかも私が知ってる悪役令嬢エリザベスと全然違う。髪も巻いてないし、瞳も吊り上がってないじゃない! 一体どういうこと!?)
戸惑って思わず手の力を緩めてしまった私に、隙を狙ってずっと動いていたソフィアが気づかないわけがない。
一気に力を込めて私の手を振り払ったソフィアは、シェラード様にすり寄ろうと駆け出した。
「シェラード様、助けてください! お姉様がわたしを虐めるんです!!」
ところが、ソフィアがシェラード様の腕を掴もうとした瞬間、その腕をさっと掴んで、美少女が私の元へやってきた。
「カトリーナお姉様!!」
(はい!?!?)
銀髪碧眼の美少女がいきなりお姉様と呼んで、私の手にソフィアを手渡す。
何が起こったのかわからず、思わず固まってしまう。
それはソフィアも同じようで、目を見開いたまま、私と美少女を交互に見ていた。
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