まさかの遭遇
「ベイリー嬢、おめでとうございます」
「え?」
振り向くとそこにはクラウス様と、どこか見覚えのある金髪と青い瞳のどこか蠱惑的な雰囲気のイケメンが立っていた。
「しぇ、ジェラード様と……」
(え? このイケメンは……もしかして、王太子殿下!? なんでここに? え? ということは……もしかしてソフィアはこれが狙いだったの!? なんとか破滅回避できたと思ってたのに、まさかこんなところに出会いイベントがあるなんて……)
挨拶をしようと制服の裾を持ち上げようとしたところへ、後方から予想通りの声が聞こえてきた。
「やっぱり会えた~~~! オスカー様!! 入学前のイベントはここしかないのよね~」
(やっぱり!!)
名乗りもせず、いきなり王太子殿下をファーストネーム呼びするソフィアに、冷や汗をかきつつも、自らの使命を思い出す。
(この二人を接触させてはダメよ。しかも、クラウス様まで揃ってるなんて、破滅しちゃう……!!)
「そ、ソフィア! ご挨拶もせずに殿下のお名前を呼ぶなんて、失礼すぎるわ! 殿下、失礼いたしました。ベイリー子爵家の長女カトリーナでございます」
「妹のソフィアです! でん」
「いや、構わないよ。ベイリー嬢。あ、ベイリー嬢だとややこしいかな。カトリーナ嬢と呼ばせてもらうね」
殿下はソフィアの言葉を途中で遮ると、まるで彼女が見えていないかのように、私に向かって爽やかな笑みを浮かべた。
とはいえ、その微笑みからはなぜかソフィアへの不快感が滲み出ている。
普段は空気が読めないソフィアでもわかるほどの険悪な気配に、たじろぐ様子が面白い。
(でもまさか、発表日に王太子ルートの出会いイベントがあるなんて……。どうやらソフィアの様子を見る限り、殿下の反応は乙女ゲームとは違ってるみたいね)
『悪笑み』には、入学前のヒロインと王太子殿下の出会いイベントは描かれていなかったから詳しくはわからないけれど、入学後すぐの二人の会話を思い出すに、きっと同じようなイベントはあったのかもしれない。
(ということは……『悪笑み』とも異なってきている可能性があるのかしら? いえ、今はそんなことよりも、早く殿下からソフィアを引き離すことを考えなくては!)
「あの、殿下はなぜこちらに? 殿下の発表はホール前では……」
「ああ。元はクラウスの結果を見に来たんだが……ずっと待ち望んでいたものが見られたものだから、嬉しくなって待っていたんだ」
そういえば、王太子であるオスカー様と公爵令息のクラウス様は幼馴染だった。
確かクラウス様の母親が現国王の末の妹姫で、二人は従兄弟同士。
そのせいか、美しい顔立ちはどこか似ている。
「待っていた……?」
「ああ。殿下は君を待っていたんだ」
殿下の隣で様子を伺っていたクラウス様が口を開く。
「私を? なぜです……? それに待ち望んでいた、とは……」
「それはこの掲示の先頭を見ればわかるよ」
「先頭?」
(一体殿下は何を待ち望んで……しかも、なぜ私を待っていたのかしら? それに先頭って……? もしかして、私もクラウス様のように上位に入れたのかしら!? 一桁台とか!?)
喜びを表に出さないように、できるだけお淑やかに振り返り、掲示板の先頭へと向かう。
ソフィアもものすごく怪訝な顔でぶつぶつ言いながら、私の後に付いてくる。
「お姉様が上位とか、そんなことあるわけないじゃない。きっとオスカー様たちの見間違いよ」
ところが掲示板の先頭に到着すると、まさかの位置に私の名前があった。
「……え、うそ…………一位?」
信じられず、何度も名前を確認する。
けれど、何度確認しても、一番上の位置に『カトリーナ・ベイリー』という名前が書かれていた。
しかも、二位にはクラウス様の名前が並んでいる。
隣で見ていたソフィアも、何度も掲示板を確認しながら憤慨した。
「はぁ!? どういうことよ!? お姉様が一位!? そんなのあり得るはずないじゃない!! おかしいわよ! こんなの間違ってるわ!!」
けれど、何度見ても変わらないからか、目を見開いたまま黙り込む。
そんなソフィアとは裏腹に、私は嬉しさと信じられない気持ちを噛み締めていた。
「首席おめでとう、カトリーナ嬢」
「あ、ありがとうございます」
殿下に改めて「首席」と言われて、なんだか落ち着かない。
「おめでとうございます。少しばかり悔しい気持ちはありますが、これでようやくあなたを生徒会に勧誘できますね」
クラウス様が不敵な笑みを浮かべながらとんでもないことを口にした。
「ありがとうございます……え? あの、今なんと……?」
「カトリーナ・ベイリー嬢、あなたにはぜひ、生徒会に入っていただきたい」
「ええ!?」
「はあ!?」
私とソフィアの声が重なる。
殿下たちの前にもかかわらず、ソフィアは今にも食ってかかりそうな態度で私を睨みつけ、それを取り繕う様子もない。
「な、なんでお姉様なんかが生徒会に!? どうせこの一位だって何か裏があるに決まってるのに、そん」
「少し黙っていただけますか。私はカトリーナ嬢に話しているんです。あなたの意見など求めていません」
氷の貴公子の噂通り、クラウス様から淡々と冷たい言葉を放たれたソフィアは、握りしめた拳を震わせながらも、懲りずに言葉を続ける。
「で、でも、きっとお二人とも騙されているんです!」
すると、少しの間黙って様子を伺っていた殿下が不機嫌そうに口を開いた。
「君は一体先ほどから何なんだ? 礼儀もわきまえない上にうるさいばかりで……不快だし、邪魔だよ」
優しいはずの殿下からまで厳しく咎められた上に、邪魔とまで言われたソフィアは、瞳を潤ませながらも、悔しそうに私を睨みつけると、そのまま何も言わず、どこかへ走り去ってしまった。
(まさかヒロインの自分がメイン攻略対象である王太子殿下に邪険に扱われるとは思わなかったでしょうね……まあ、自業自得だけれど。まあでも、これで諦めてくれれば、我が家は破滅せずに済む!!)
「妹が失礼いたしました」
「いや、君の妹だということを忘れて、つい、我慢できずに言ってしまった……大丈夫だろうか?」
申し訳なさそうに項垂れる殿下がなんだか怒られた大型犬のよう。
隣のクラウス様も同じくすまなそうにしていて、そのしおらしい様子が可愛く思えてしまう。
「ええ。いつものことですから、まったく問題ありませんわ」
「いつものこと……ですか。カトリーナ嬢も大変ですね」
「まあ、仕方ありませんわ。父に慈善活動を勧めたのは私ですから……」
思わず出てしまったため息にクラウス様がなぜか心配そうに私を見つめてくる。
その視線がなんだか居た堪れなくて、不自然なのはわかっているけれど、話を元に戻した。
「ところで……なぜ私を生徒会に?」
「それはもちろん、あなたが優秀だからです。ベイリー子爵家の話は有名ですし、ずっとお誘いしたいと思っていました」
(家の話はすべてお父様のしたことになっているはずなのに、なぜ知っているの? それとも父親が優秀だから娘も……くらいな感じなのかしら?)
おそらく進級試験で首席になったことが最後のひと押しになった、ということだろう。
「……それは身に余る光栄ですわ。ですが、生徒会への加入はご遠慮させていただきたいです」
(目立つのはもちろんだけど、王太子殿下に、悪役令嬢の兄で殿下の側近、他にも攻略対象が目白押しな生徒会になんて絶対関わりたくないわよ!! 自ら首を突っ込むなんて自殺行為じゃない!!)
ソフィアの出会いイベントらしきものが破綻した今、我が家の破滅回避が近いのに、そんなヘマはできない。
「あらら。まさかクラウスが令嬢に振られるなんて。珍しいね〜」
様子を伺っていた殿下から楽しそうな声が上がる。
「うるさいですよ、オスカー。外野は黙っててください」
「外野じゃないから」
「今はまだ外野です」
(殿下とクラウス様はずいぶん気安い仲なのね……)
そう思いながら二人を見ていると、私の視線に気づいたクラウス様が補足してくれた。
「私の母は国王陛下の末の妹で、殿下は私の従兄弟にあたるんです」
たしかに言われてみると、瞳の色や面差しなど、クラウス様と殿下は髪色以外似たところが多い。
「歳も近いからね。小さい頃から一緒に遊ぶことも多かったんだ」
「それで今日もお二人一緒に」
「まあ、それもありますが……」
「クラウスの『理想の君』が——」
「オスカー、ほんと、いい加減にしてくださいね?」
にっこり微笑むクラウスが黒いオーラを纏いながらオスカーの口を塞ぐ。
「まあとにかく、生徒会の件はもう少し考えてみてください。子爵家にとっても悪い話ではないでしょうし。また新学期が始まって落ち着いた頃に、改めてお伺いします」
「は、はい……」
クラウス様のあまりの圧にうっかり頷いてしまった。
私の返事を聞いた彼はにっこり微笑むと、オスカー様を引き摺りながら去って行った。
(どうして頷いてしまったのよ、私〜〜〜!!)
後悔するものの、どうせ時間が巻き戻っても頷く自信しかない。
「厄介なことになってしまったわね……」
独りごちながら、もう一度掲示板にある自分の名前を見る。
無意識に口角が上がってしまう。
やっぱり努力が認められるのは嬉しい。
「あ、そういえば、ソフィアったらどこに行ったのかしら? ちゃんと合格発表見て手続きしたかしら……」
その後、私はソフィアの発表を確認し、手続き受付で憤慨しているソフィアを回収してから帰ったのだった。
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