商会と共同事業②
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恐る恐る隣を見ると、クラウス様がにっこりと微笑んでいた。
笑顔のはずなのに、目がまったく笑っていない。
「マーク………手を、今すぐその手を離しなさい。それと、商品を扱うのは構いませんが、提携に関しては私を通すようにと事前に話していたはずですが……?」
優しい言い方のはずなのに、なぜかものすごい圧を感じる。
マークはその圧に顔を真っ青にして、慌てて私の手を離す。
「も、申し訳ございません! お話を聞いてあまりの商機に……いえ、あまりの素晴らしさに興奮を抑えきれませんでした。お許しください」
「だ、大丈夫ですよ。少し驚いただけですわ。私も妙な声を上げてしまって、失礼いたしました」
「まったく、興奮する気持ちはわかりますが、ちゃんとしてくださいね」
クラウス様がマークを叱責していると、再び扉がノックされ、公爵家の使用人が淹れたばかりのメント茶を持って入ってきた。
先ほどクラウス様が一旦下がる際に、預けたものだ。
(一応淹れ方の紙を入れていたけど、上手く入れられたみたいで良かった……!)
部屋の中に爽やかな香りが広がる。
「良い香りですね。これがその……」
「はい、メント茶です。冷やしても美味しいのですが、温かいものも美味しいので、是非飲んでみてください」
それぞれの前に置かれたカップを持って、まずは香りを確かめる。
すっきりとした爽やかな良い香りが鼻を通り抜ける。
熱すぎず、ぬるすぎない絶妙な温度に淹れられたメント茶を一口飲むと、家で飲んでいるよりも香りが立っていて美味しい。
(さっすが筆頭公爵家の使用人! どうやったらこんなふうに淹れられるの!? 家で飲むものより断然美味しい……! 前世でもこんなに美味しいミントティー飲んだことないわ!)
果たして淹れ方の紙を入れた意味があったのか、悩ましいところだけれど、公爵家なら紅茶専門のメイドとかも居そうだから、当然と言えば当然だろうと思いいたる。
噛みしめつつメントティーを味わっていると、向かいと隣から、感嘆のため息が聞こえてきた。
「はあ〜〜〜」
まるでお風呂に入った時のように、長いため息。
身体中にお茶が染み渡っている感じが声からも伝わってくる。
「これは、新感覚のお茶ですね。後味が実にいいです! こんなに爽やかなお茶があるなんて、知りませんでした。寝起きに飲んだら、さぞ清々しい朝を迎えられるでしょうね」
前世での用途がすぐに思い浮かぶなんて、さすがクラウス様。
寝覚めや眠気覚ましにいいお茶という形で売るのもありかもしれない。
「べ、ベイリー嬢、こちらを我が商会で販売させていただけるのでしょうか!!!」
怒られた後だからか、ソファからは動かないものの、言葉の勢いはあまり変わらないマークにクラウス様の視線が厳しい。
「え、ええ。こちらを是非スプライド商会で扱っていただけたらと思っていますわ。メント茶の他にも、今後香料なども開発していく予定ですので、できればそちらも扱っていただけると嬉しいです」
「もももも、もちろんでございます!!! 是非とも我が商会で扱わせていただけましたら、光栄です!!」
「ありがとうございます」
興奮状態のマークとメント茶の取り引きについて話し始めようとすると、隣のクラウス様が思わぬ提案を持ちかけてきた。
「メント茶の加工についてなのですが、スプライド商会で扱うには量産体制が不安ではないかと思いまして……もしよろしければ、加工工場などについては我がシェラード公爵家に後押しさせていただけないかと。いかがでしょうか?」
「えええ?! よろしいのですか!?」
唐突な申し出に、再び淑女らしからぬ声が出てしまう。
まさかこんな提案をされるだなんて……喉から手が出るほどの提案に、思わず前のめりで話を聞く。
「実は、ちょうどベイリー子爵領の隣のメナート領を先日傍系から預かることになり私が任されたのですが、ご存知の通り、あの周辺は岩山が多く農地には不向きな上、主な産業もない状態で困っていたのです。そこに加工工場を建設し、領民に仕事を与えられれば、こちらとしても大変助かるのですが……どうでしょう? 我がシェラード公爵家とベイリー子爵家の共同事業とさせていただけないでしょうか?」
(え!? ちょっと、クラウス様、どこまで優秀なの!? というか、昨日少し話しただけでここまでの提案を持って来れるものなの!? シゴデキにもほどがあるでしょ!? でも……ものすごく美味しいし、有り難い提案だわ……)
驚きのあまり、目を見開いたまま考え込んでしまっていた。
けれど、クラウス様はそれは当然だとでも言うように、優しく待っていてくださる。
マークも同じく、ここでシェラード家とベイリー家の共同事業に一枚噛めると、期待に満ちた表情で私の答えを待っているらしい。
「……ありがとうございます。ただ、ちょっとさすがにそこまでになると、私一人で決められることではありませんので、父に確認してからでも大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろんです。子爵に確認いただいてからで大丈夫です。急ぎませんので、じっくりご家族で相談してから決めてください」
私を見つめるクラウス様のサファイアの瞳がとても優しい。
なぜだか、本当に大事にされているように思えてきてしまう。
(まあ、今回は互いに利益があることだし、それもあって優しいのかもしれないけど……)
「はい。ありがとうございます。なんだかクラウス様には助けていただいてばかりで申し訳ありませんわ」
「そんなこと、気にしないでください。私がやりたくてやっているだけですから」
二人で微笑んでいると、マークがものすごくやりづらそうに、咳払いをした。
「ゴホン。では、子爵様からのお返事次第で、すぐに量産体制を整えられるということですね。それまでも少しは生産いただけると考えて問題ないでしょうか?」
「ええ。領地で生産しますわ」
「それでは、しばらくの間は、王都限定商品としてこの『メント茶』を販売いたしましょう。ちなみになのですが……薬草につきましても、少しこちらに卸していただくことは可能だったりしますでしょうか?」
マークはなぜかクラウス様にじっと睨まれながらも、グイグイ話を進めていく。
さすが会長、商魂逞しい。
「王都限定はいいですね! それでお願いいたしますわ。薬草については、薬師ギルド以外での取り扱いに問題がないのでしたら、大丈夫ですが……どうでしょう?」
「そうですね……薬師ギルドがない街もあるので、そこでの販売を想定しているのであれば問題ないと思いますが、マーク、どこで販売予定なのですか?」
「まさに、その薬師ギルドがない街を想定しています。意外と多いのですよね」
「それなら、大丈夫そうですね。承知しました。メントそのものも卸させていただきますわ」
「ありがとうございます!」
こうして商談は成立し、まさかの共同事業話まで浮上する形で無事に終わった。
――その後、隣室でずっと終わるのを待っていたエリザベス様が突撃してきて、大騒ぎになったのはいうまでもない。
お読みいただきありがとうございます。
クラウスにどんどん囲われていくカトリーナ。ですが、本人はまったく気づいていないんですよね……。
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