商会と共同事業①
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応接室に通された途端、準備があるからとクラウス様は一旦部屋を出ていった。
(おかげで騒がしい心臓を少し休ませることができるわ……! ここからは商会の方も来られるから二人きりではないし、大丈夫なはず!)
とはいえ、思い返せば、馬車の中でもずっとクラウス様の視線は熱を帯びていた。
もしかして、殿下がおっしゃっていたことは本当なのかもしれない……。
(だとしても、私はしがない子爵令嬢。あんなにカッコ良くて、頭が良くて、優しくて、困った時にはいつも助けてくれる、そんな人……ダメよ、ダメ!! 考えちゃダメ! 今はメントよ、メント! 領地の未来がかかっているんだから!!)
うっかりときめいて脱線しそうになる自分の心を必死に呼び戻すため、私は勢いよく頬を両手で叩く。
結構良い音が響いてしまう。
ヒリヒリする頬をさすりながら、私は届けておいてもらった荷物を確認することにした。
しばらくすると、制服から私服に着替えたクラウス様が入ってきた。
貴族然としたその姿が、制服とは違って、さらに美しさを引き立たせている。
(薄い紺? 水色かしら? 執務服って、なんだかシゴデキ感が増すのよね……より一層『氷の貴公子』って感じがするけど、硬質な感じがして近寄り難い美しさがあるわよね〜〜!! やっぱり素敵……じゃなくて、今はメントよ、メント!!!!)
首を左右に振って、懸命に頭の邪心を振り払う。
そんな私の精神状態など知る由もないクラウス様は、笑顔で話しかけてきた。
「お待たせしました、カトリーナ嬢。……あれ? 頬が腫れていませんか!? 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です。緊張をほぐそうと少し頬を叩いてしまって……」
言いながら腫れを誤魔化そうと、両手を頬に当てる。
けれど、クラウス様は私の手首を掴み、手を退けるよう促した。
「少し……ですか。痛そうですね……」
そのまま私の頬を覗き込み、そっと彼の両手が頬に触れる。
そして次の瞬間――
【クーラ】
クラウス様は氷属性魔法の呪文を唱えた。
冷気が緩やかに頬に注がれる。
「……冷たくて気持ちが良いです」
「良かったです。少し冷やしたほうが腫れも引きますから、もう少しだけこのままで」
「ありがとうございます」
(さっき切り替えようと気合いを入れたばかりなのにー! これじゃあ、切り替えられないじゃない!!)
心の中で叫び出しそうになっていると、扉をノックする音が響いた。
「あ、えっと、その、て! 手を……!」
「残念ですね……。また腫れが引かないようなら後でやりましょう」
にこやかに微笑みながら名残惜しそうに手を離したクラウス様は、そのまま隣の一人掛けのソファに移動してから、扉に向かって淡々と声をかけた。
「どうぞ、入って構いませんよ」
「……失礼いたします」
扉をゆっくり開けて入って来たのは、お父様くらいの年齢で、生地の良さそうな服を着た痩せ型の男性だった。
私が思わず立ちあがろうとすると、クラウス様がそれを制止する。
すると、男性は私の向かいに立つと、礼をとった。
「お初にお目にかかります。わたくしは、スプライド商会で会長をしております、マーク・スプライドと申します。以後お見知りおきを」
「まあ、あなたがあのスプライド商会の会長さんなのですね。カトリーナ・ベイリーと申しますわ。これからよろしくお願いしますね」
スプライド商会といえば、このホーグナー王国一を誇る大商会。
取引のない国はないと言われているほど、多くの国で商売をしていることでも有名で、確か『悪笑み』でも登場していた。
そんな大商会の会長を思い立った翌日に呼びつけられるなんて……さすがは筆頭公爵家だ。
(でもそんな大商会が弱小子爵家のうちなんかと、取引してくれるの!? いくらクラウス様からの紹介でもさすがに無理なんじゃ……)
「ベイリー様のお噂はかねがね伺っておりましたので、ずっとお会いしたいと思っておりました」
「私をご存知なのですか!?」
「ええ、もちろんですとも!! 以前農地改革をされた際に、我が商会からもいろいろとご提案したいとチャンスを伺っていたのですが、あいにく子爵様のお知り合いの商会でとのことで、泣く泣く諦めたのです。まさか今回、このようなチャンスをいただけようとは……!!」
着席を促す前に立ったまま前のめりで力説するマークの圧に、なかなか言葉を返せずにいると、隣から落ち着いた声が聞こえた。
「マーク、落ち着いてください。ひとまず、座ったらどうですか? カトリーナ嬢が引いているではありませんか」
「も、申し訳ありません。嬉しさのあまりつい」
「しっかりしてくださいね」
どうやらクラウス様がきちんと間に入ってくださるようで、少し安心する。
先ほどの勢いから一転、叱られたマークは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ベイリー嬢、失礼いたしました」
「いえ、問題ありませんわ」
マークが落ち着いたところで、私は荷物の中からメントを取り出し、まずはメントについての説明を始めた。
絶滅したとされていた希少な薬草であること、その効能は幅広く、解熱や鎮痛、抗炎症薬として用いられ、殺菌、抗菌作用も持つこと。
さらには食用としても、香料としても加工することができること。
そして、ベイリー領で栽培方法をすでに確立できていて、今後量産可能なこと、メント茶についても加工方法は確立していて、量産を相談したいことなどを伝えた。
メントのことを知っていたはずのクラウス様もなぜかマークと一緒に目を見開いて唖然としている。
「何か気になることがございましたか?」
私の声かけに、クラウス様が我に返る。
「い、いえ、先日発見したばかりと伺ったのですが、もう栽培方法を確立されたのですか?」
「ええ。昨夜ちょうど領地にいる父から連絡がありました。提案していた栽培方法で、無事に栽培できたそうです」
「「提案していた!?」」
クラウス様とマークが同時に驚きの声をあげる。
(あ、しまった! 栽培方法については、博士が考案したことにする予定が……! でも、今後一緒にやっていくのであれば、こんな大きなことを隠しておくのはいけないわよね)
「……はい。メントの栽培方法については、私が考案いたしました。その方法で無事に栽培が可能だったとのことで、今後は量産も可能になると思います」
「はあ……優秀だとはずっと思ってきましたが、まさか絶滅種の植物の栽培方法まで考案できてしまうのですか……」
クラウス様がなぜか大きくため息をつきながら頭を抱えている。
一方のマークは、なぜかふるふると震えて天を仰いだまま、言葉を発する気配がない。
(泣いているのかしら……? え? でも、何に泣くの?)
すると、次の瞬間、マークは身を乗り出して、私の両手をガシッと取った。
「是非!! 是非、そのメントの販売と商品開発を我が商会にさせていただけないでしょうかあああ!! もちろん、それに必要な場所や人員の手配などもお任せください! 我が商会の威信をかけて、全て滞りなく手配してみせます!! どうか、どうかあああああああ!!!!!」
「え、えええええ!!!!」
あまりの迫力に押されて、淑女らしからぬ声を上げていると、隣から地を這うような低い声が聞こえてきた。
心なしか少し寒気がして、私は思わず息を呑んだ……。
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