カトリーナの試験
ソフィアの試験から一週間。今日は年度初めの進級試験の日。
ついに私の試験日がやってきた。
三年制の王立学園では、一年間の成績とは別に主要科目と選択科目、計三科目の一斉試験を行い、その成績も含めた総合成績によって、クラス分けを行っている。
私にとって初めての進級試験。
これまでの定期試験では目立たないように、けれど、悪い成績にはならないよう注意して、平均点より少し上くらいを狙って受けてきた。
だけど、今回は上位を狙わなくてはならない。
とはいえ、入試の時も全力で挑んで首席にも次席にもなれなかったわけだから、全力を出さないと上位になんてなれないわよね。
(気合を入れていかなくちゃ……!)
「お嬢様、今年もあの髪型で行かれるのですか?」
私の髪をくしでとかしながら、侍女のニナが不満そうな顔になる。
「ええ、もちろんよ」
「せっかくこんなにも美しい赤毛ですのに、もったいない……」
「いいのよ。目立ちたくないの」
「それは存じておりますが……」
まだ何か言いたそうにしながらも、ニナはテキパキと私の長い赤髪を編んでいく。
お父様のブロンドとお母様の赤茶色が綺麗に混ざった私の髪は、ブロンドに赤が入っているような目立つ髪色。
そのため、学園やお茶会では極力目立たないよう、髪をおさげにしている。
(まあ極力目立たないようにっていうのもあるけど、前世で好きだった赤毛のアンみたいでちょっと気に入っていたりもするのよね)
「できましたよ、お嬢様」
鏡越しに、少し複雑な編み込みがほどこされた髪型を見て、思わず笑みがこぼれる。
「今日もバッチリね!」
ニナが満足そうに笑顔を返してくれた。
そうして、良い気分で部屋を出て、朝食をとる。
隣に座るソフィアは、俯き加減で黙々と食事をしているのだけれど、あの入試以来、ソフィアは少し落ち込んでいるようで、前みたいに絡んでこなくなった。
お父様とお母様は入試のできが悪かったのだろうからと、そっとしているようだ。
大人しくなったのなら良いのだけれど、どうにも何か企んでいるような気がして仕方ない。
まあ、試験に落ちれば、乙女ゲームどころじゃないものね。
私からしたら、没落回避決定で万々歳なのだけれど、子爵家としてはあまりよろしくない。
引き取った孤児に満足に勉強も教えられないなどと言われて陞爵の話が白紙に戻ってしまったら……!
(もう結果を待つしかないんだけど……。自分の試験よりよっぽどあの子の結果のほうが気になるのよ!! まあでも、とにかく私も約束を果たしに行きますかね)
「では、行ってまいります」
そして私は、赤毛の三つ編みを撫で付け、ゆっくりと馬車に乗り込んだ。
◆◆◆
学園に着くと、いつもとは違う天井の高い大きな教室に案内された。
前世でいうところの階段教室のような場所に思わず懐かしくなってしまう。
(大学も真面目に通ったなあ……。まあ、資格とかTOEICの勉強ばかりしていたけども)
入口で渡されたのと同じ番号を見つけ、一番前列端の長机の教壇側の席につく。
周りを見ると同学年ばかりのようだ。
(何順なのはわからないけど、私の名前だとこんなに早くはないから、成績順?)
そんなことを考えながら、ふと隣の、窓際の席を見る。
まだ誰も座っていないその席がこの教室の一番端の席。
ここが一番だとしたら、前から順に後ろまで行ってこの席だろうから、やっぱり入試の時の成績順といったところかしら。
(全力を出したのに、まだ前にこんなに居たのね。じゃあ、今日も本気を出して問題なさそうね。むしろ、上位に入るのは無謀かもしれない……頑張らなくちゃ!)
気合いを入れ直したところで、入口の方から騒がしい声が聞こえてきた。
思わず他の人に倣うように入口に視線を向けると、騒いでいるのは主に女子生徒のようで、入口近くの席の女子たちが嬉しそうに廊下へと駆け出して行く。
「誰か来たのかしら……?」
少し立ちあがろうとして、女子生徒の合間から頭ひとつ分飛びでた頭が見えた。
触り心地の良さそうな銀の髪が動くたびにキラキラと輝いている。
(あれは……なるほど。相変わらずおモテになるわね)
一年の時の同じクラスだった公爵令息のクラウス・シェラード。
学園に首席で合格する秀才で眉目秀麗。その上、運動神経もいいときている。
その一方で『氷の貴公子』なんていう呼び名もある。
(『悪笑み』には出てこなかったのだけど、もしかしたら攻略対象なのかもしれないと疑ってるのよね……。『氷の貴公子』とか、まさにそれっぽいし)
乙女ゲームなら隠しキャラとかいるっていうし、もしかしたらそれかもしれない。
そして、転生してから知った事実……王太子殿下の婚約者である悪役令嬢は、クラウス様の妹らしい。
それを知って、私がどれほど驚いたか。
『悪笑み』では兄がいるという話は出てくるけれど、本人は登場しない。
とはいえ、何が影響するかわからない。
なるべく目立たないように学園生活を送りたい私は、彼とは同じクラスではあるものの、できる限り接点を持たないようにしてきた。
そんな彼は女性たちを躱しながら、私の前を通って隣の席に鞄を置こうとしたところで、ふと目が合う。
(うっかりそのまま見てしまった。どうしよう!?)
戸惑う私をよそに、クラウス様は満面の笑みでこちらに声をかけた。
「おはようございます。ベイリー嬢」
「お、おはようございます。シェラード様」
彼からの急な挨拶に声が上ずってしまう。
周りの女子たちからは先ほど以上に大きな悲鳴が上がった。
クラスメイトであっても、今まで挨拶を交わしたことなんてほとんどない。
個人的な挨拶など皆無だ。
なのに、普段ほとんど笑わないというクラウス様からこんな見たこともない満面の笑みを向けられるなんて。
しかも、彼は微笑んだままじっと私を見つめ、「今日はお互い頑張りましょうね」と言いながら席に着く。
透き通った青い瞳に目を奪われそうになって、私は思わず視線を逸らしてしまう。
(イケメンの破壊力半端ない……こんなの心臓が持たないわよ!! じゃなくて、どうしよう!? 認識されてる!?)
視線を逸らしたまま、騒がしい鼓動を必死に鎮め「はい」と小声で返すと、隣から微かにクスッと笑う声がした。
どんな顔をしているのかわからないけれど、それを見る勇気がない。
見てしまうと頑張って覚えてきたものがきっと飛んでしまう。
自分の中の好奇心を必死に抑え込み、持ってきたノートを見つめる。
結局その後、クラウス様が声を掛けてくることはなく、試験が始まった。
試験科目は、主要科目二つと選択科目一つ。
主要科目は王国の歴史や古語、貴族や領地の歴史などを学ぶ王国基礎と領地経営などを学ぶ経営基礎。経営基礎は算数のようなもので、中学生の数学までは及ばない。
そして、選択科目として私が選んだのは外国語。少し離れたフェルベリオン帝国の言葉なのだけれど、高位貴族の間では必須科目と言われている。
実はこのフェルベリオン帝国の言語が前世の英語とほぼ一緒なのだ。
前世では、学生時代に海外ボランティアで活動し、外資系企業で働いていた私にとって、この学園で学ぶ程度であれば、満点を取れて当然。
他の主要科目にいたっても、古語はほぼ古文で、中学時代に源氏物語にどハマりして、古文をマスターした私にはおちゃのこさいさいだし、国の歴史や貴族の歴史なんて、『悪笑み』世界の裏設定を先生が詳しく教えてくれるような状態で、オタクにとってはまさに幸せの時間だった。
経営基礎だって、実際に領地経営の手伝いというか、本腰を入れてやっている私に取って、特に難しいものではない。
なので、王国基礎の試験では、問題の出し方に嬉しくなってしまい……
「なるほど……時代を並べてみるとここが繋がっているように見えますわね! 面白いわ!」とうっかりつぶやいて、注意されてしまった。
そして、案の定、左隣の席からはクスッと小さく笑う声が。
さらに、経営基礎では、最後に理想とする領地経営について論じる問題があり、思わず熱くなりすぎて裏面まで書いてしまい、回収に来た先生にびっくりされてしまったり……。
(うちの領地経営を変えた時に最初に決めた部分だったから、思わず熱くなってしまったのよね。仕方ないわよ、こればっかりは)
最後の外国語の試験は大人しく受けたから、特に問題はなかったし。
というか、試験時間があまりすぎて、気づいたら少し寝ていたのよね……試験官の先生に気づかれなくて良かったわ。
そんなわけで、色々ありつつも、私の試験も平和に終わった。
と、そう思って荷物をまとめて座席を離れようとした時だった。
「ベイリー嬢、試験はどうでしたか?」
またもや隣からクラウス様が話しかけて来た。
まさか帰りも話しかけられるなんて思ってもいなかったので、一瞬固まる。
「…………まあまあ、でしょうか……出せる力は出せたかと」
「そうですか。それは良かった」
「は、はい……」
「また同じクラスになれたらいいですね」
「……ええ」
きっと社交辞令なんだろうと思いながらも、綺麗な微笑みにうっかり見惚れそうになる自分を奮い立たせ、少しお辞儀をしてからその場を去る。
少し遅れてから、女子たちのざわめきが聞こえてきたけれど、気にすることなく馬車寄せまで向かい、屋敷へと戻った。
(……シェラード様の今日のあれは一体なんだったの!? これまで全く交流なんてなかったのに! 今後もなるべく関わらないようにしなきゃ!)
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