うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:88
美咲の会社へ行ってから数日。
一旦、案件は受けることで返事をして、また日常に戻っていったのだが。
「あー、これは完全に風邪引いた...。」
目が覚めると、身体が重く熱っぽい。
這うように床を進んで戸棚を開け、体温計を掴んで脇に挟むと、電子音が鳴り数字を指し示す。
38.2℃。
幸いにも今日は休みだったので、ゆっくりできるのだが明日回復しているかもわからない。
コロナやインフルエンザだったら数日は出勤できないだろうし、とりあえず店長にLINEを送っておく。
そして、重い身体を引きずりつつ、病院を調べていると遥が声を掛けてきた。
「陽介さん大丈夫ですか?病院は私が調べておきますし、行くのもタクシーを使った方が良いのでは...。」
心配してくれているのはわかるし、身体も辛いがなんとかある程度は動ける。
「ありがとう遥。病院が遠かったらタクシー使おうかな。そこまで酷くはないから、大丈夫だよ。」
家族と言うには少し違うし、物理的に世話をしてくれるわけではないのだが、それでも一人じゃないだけ気が楽になる。
前に風邪引いた時は、食料も尽きて大変だったなぁなんて思いながら、病院を探していると一番近いところは空いてなくて、歩くと20分くらいかかるところがヒットした。
歩いて行ってもいいのだが、遥も言っていることだし甘えてタクシーを使おうか。
最低限の身だしなみを整えようと洗面所で蛇口を捻るのだが、水は突き刺さるように体温を奪ってくる。
真冬でもないのにピリピリとするような感覚で、改めて熱があるんだなと実感する。
洗面所を出て、アプリでタクシーを呼びながらガサガサした喉で煙草を吸って待っていると、遥は怒っていた。
「陽介さん!具合が悪いなら、煙草は禁止です!治るものも治らなくなりますよ?」
別に多少煙草を吸ったくらいで変わらないのにと思いながら反論してみたものの、勢いに圧されて灰皿に煙草を押し付けるとスマホに通知が来る。
「じゃあ、病院行ってくるね。帰りにコンビニに寄って、日が落ちる前には帰ってくると思うから。」
そうして、タクシーに揺られながら病院に着いたが、ずいぶん小さくボロボロだった。
まぁ、事前に予約取らずにすぐに受診できるような病院なんだから、綺麗で人気があるようなところではないか。
おそらく昭和のころからそのままなのだろう、診療時間に午后と書かれた看板の横の扉を開けて中に入ると、思ったほどは汚くはなかった。
病院ではあるのだから、それはそうかと思いながら受付の方へ行くと、看護婦さんが出迎えてくれたのだが。
「予約は?ない?保険証出して。」
ハロウィンの仮装なのか、ゾンビメイクの若い看護婦が不機嫌そうにカウンターを叩く。
これは、一般の人は来なくなるだろうなと思いながら、保険証を差し出すと代わりに問診票を差し出される。
「あっち。奥のソファーで座って書いて。持ってこなくていいから。」
そう言いながら、金魚が泳いでいる水槽の隣のソファーを指差される。
染るような病気だったら他の患者に迷惑が掛かるからか、奥の方を誘導されて指示に従って座って書いていると、先ほどのゾンビメイクの看護婦が受付を出てこちらへ歩いてきた。
「こことここ、ちゃんと書いて。持病は?服薬はない?熱測ってきたの?何分前?」
見た目と態度はアレだが、仕事は丁寧で細かい。
あれこれと突っ込まれながら、問診票を書き終わるとひったくられるように回収されてチェックされる。
「うん、まぁいいか。ちょっと待ってて。じいちゃん呼んでくるから。」
じいちゃん?家族経営なんだろうか?
少なくとも普通の病院で、こんな格好してたら即クビにされるだろう。
スカートもやたらと短いし、胸元が開いていて目のやり場に困る。
看護婦が奥へ引っ込んでいくと、何分も経たずにこちらへ戻ってきた。
「もうちょっと掛かりそうだから、これでも飲んで待ってて。飲み終わったカップはそのままテーブルに置いてて。」
淡い色のお茶?が入ったカップが差し出された。
態度はぞんざいだが、何故かサービスはやたらと手厚い。
病院でお茶出されたことなんて初めてだなと思いながら、口を付けてみるとふんわりと甘くじわっと身体が温まる。
独特な香りがするし、漢方か何かのお茶なのだろうか?
そんなことを考えながら待っていると、また奥から看護婦が出てきて手招きをされる。
診察室の扉を開けて中に入っていき、薄緑のカーテンを開くとそのおじいちゃんが待っていたのだが。
「こちらへお掛けいただいて。荷物はそちらのカゴに入れてください。」
てっきりヨボヨボの老人が出てくるのかと思っていたが、やたらと筋骨隆々で大柄な厳めしい偉丈夫が出てきた。
頭は禿げているし顔にも皴はあるのだが、白衣ははちきれそうに張っていて肌は黄金色に光っている。
カルテを書く手は岩のようにゴツゴツとしていて、大きく分厚い。
そこからは胸に聴診器を当てられたり、鼻の奥に綿棒を突っ込まれたりと、普通の診察が続いていき、検査結果が出るまでと待合室へと戻された。
先ほど座っていた、水槽の横のソファーに戻って待っていると、暇なのか看護婦がこちらへ近づいてきた。
「風邪かなぁ?もうちょっと流行ってからにしなよ。まだ早いって。」
からかうように言ってくるのだが、その手にはまたお茶のカップが握られていた。
それを受け取って、啜っていると看護婦は続けて話しかけてくる。
「建物はボロボロだけど、じいちゃんの腕は確かだから安心していいよ。ああ見えて、若い頃は従軍医で世界飛び回って、日本に戻ってからは大学教授やってた人だから。ひいじいちゃんが死んで、ここ継いでからは半分隠居みたいなもんだけどね。」
あの風貌を見たら、すごく納得できる気がする。子供のころのかかりつけだった、枯れ木みたいな先生とはぜんぜん違うし。
ここまで話を聞いたら、看護婦さんに対しても興味が湧いてきた。
「看護婦さんはずっとこの病院なんですか?前になんかやってたとか。」
私がそう尋ねると、看護婦は恥ずかしそうに頬を掻きながら返してくる。
「まぁ、私もじいちゃんに憧れて、アメリカで救急やってたんだけどね。でも、ひいじいちゃんが死んで、ずっと働いてくれてた看護婦さんも辞めちゃったから、日本に戻ってきちゃった。父さんも母さんもここ継ぐ気ないみたいだし。」
なんだか思っていたより、いろいろとストーリーがあるらしい。
看護婦だと思っていたけど、医師免許を持ってるということを聞いたりしながら待っていると、診察室の奥から野太い声で呼ばれる。
「行ってら。コロナではないと思うけど、インフルじゃないと良いねぇ。」
ニコニコとしながら手を振られ見送られると、私はまた診察室の扉を開いていった。




