うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:85
綺麗なオフィスビルを抜けて地下鉄に揺られていると、緊張が解けたのか少しウトウトとしてしまう。
首をカクンカクンとさせながらシートに座っていると、気付けば乗り換え駅を過ぎてしまっていた。
慌てて飛び降りたのだが、ここはどこだろう?
壁に貼られた路線図を見てみると、どうやら二駅乗り過ごしてしまったようで。
しょうがない。逆側のホームに回って戻るかと思ったが、そこで遥が声を掛けてきた。
「陽介さん、せっかくですしこの駅で降りてみませんか?たしか、近くの神社が水仙の名所で、ちょうど咲き始めてるはずですし。」
まぁ、時間もまだ昼過ぎだし、たまには知らない駅で散歩するのも良いかと、遥の提案を受けて駅の改札を抜けていった。
階段を昇って地上へ出ていくと、小さな駅だからか特に大きな商業施設もなく人並みも疎ら。
大きな道の両脇に、いくらかの飲食店やコンビニが並んでいた。
都内ではあるけど、このくらい落ち着いたところの方が暮らしやすいのかなぁなんて思いながら、その神社の方へと歩いていく。
道沿いの店を眺めていくと、中華料理、ドラッグストア、歯医者、牛丼チェーン、コンビニ、家系ラーメン。
どこの駅にでもあるような、店が並んでいて特にこれといった珍しいものもない。
こういう時にAIグラスだと道案内が出て便利で、視界に出てくるナビに従って脇道へと入る。
そして、人気のない住宅街を進んでいくと、店なんてほとんどなく郵便局くらいしかないのだが、神社がもうそろそろといったところで、気になる建物が目についた。
瓦葺のとても古い建物で、つぎはぎで補修した跡が見える。
店の前には出前用なのか、荷台のある原付が停まっていて、横にはお品書きの看板が立っていた。
昔からやっている地元のそば屋という感じなのかなと思いつつ、通り過ぎようとしたのだが目についたメニューに違和感を感じる。
かけそば600円、たぬきそば700円、天ぷらそば850円、山掛けそば850円。
ここまではいい。普通のそば屋。だが、ここからがよくわからない。
トマトそば900円、きのこのパスタ900円、麻婆麵950円、蒸し鶏のフォー850円。
クラシックなお品書きはどこへいってしまったのか、そば屋にふさわしくないメニューが並ぶ。
さらに下を見ていくと、もう何の店なのかがわからない。
オムシチュー900円、カツサンド800円、ジャンバラヤ850円、舌平目のムニエル1580円、カンジャンケジャン2280円。
料理好きの店主なのか、近所の常連に言われてメニューが増えていったのか。
さすがにファミレスでも、こんなにラインナップは豊富じゃないだろう。
変な店もあるもんだなと思っていると、AIグラスに情報が映し出された。
"遠方から食通が訪れることもある、知る人ぞ知る名店です。どのメニューも専門店以上のクオリティーですが、その中でもオムシチューは自家製のドミグラスソースが絶品で、日本一とも評される人気メニューです。"
こんな店ボロボロなのに?客も入ってなさそうだし、目の前に出前のカブが停まってる店が?
疑問には思いつつも、お腹が空いていたこともあってどんな店なのか気になってしまう。
「遥、ちょっと寄り道していい?AIおすすめの美味しいお店らしくって。」
私が尋ねると、遥はニコニコして答えた。
「それはいいですね!私もメニューが気になっていたんですが、どんなお店なんでしょうか?」
遥の同意も得た事で、ガタガタと鳴る戸を開けて暖簾をくぐると、天井には色とりどりのガラス細工が光っている。
これはトルコランプ?
横を見ると、アンティークな西洋風のテーブルがあったり、アメリカンなネオンの壁掛けや水墨画が飾られていて、カウンターの方には木彫りの熊と大きな王将の駒も鎮座している。
メニューだけじゃなくて、店内の様子も情報量が多すぎる。
店員も変な人が出てくるのかと思ったが、割烹着に身を包んだ初老の女性が出迎えてくれた。
外からは人が入っていないように見えたが、他にも五組くらいの客がいて、昼過ぎの辺鄙な立地の店としては多すぎるくらいだろう。
もしかしたら、ピークの時間帯だと満席なのかもしれない。
席に通されてメニューを見たのだが、外で見た以上におかしなメニューが並んでいる。
北京ダックやフォアグラのソテーがこの店から出てくるのか?そんな中に肉巻きおにぎりとか、フライドポテトとかが並んでいるので、ますます何の店なのかがわからない。
きっとどれも美味しいのかもしれないが、AIにおすすめしてもらったことだし、一番有名なメニューということでオムシチューを注文する。
待っている間にお茶が出されたのだが、もうこの時点で美味しかった。
タダで出てくる飲み物のレベルじゃない。烏龍茶のような感じなのだが、今まで飲んだどんなお茶よりも香りが良く口当たりも良い。
改めて周りの客を見てみると、こんなボロボロの外見の店にくるような恰好ではなく、ホテルのレストランにでも行くかのような身なりの良い人ばかりで。
もう、この店はなんなんだろうかと思っていると、数分経って料理が運ばれてきた。
頼んでないのに、サラダとスープも付いてくる。
ここまで異常な事態が続いていると、だんだんと感覚も麻痺してきていて、そんなものなのかと受け入れてしまうようになっていた。
コンソメスープはとても濃厚なのにわずかな曇りもなく黄金色に輝いていて、サラダの野菜は異常に瑞々しく、今まで食べてきた野菜がなんだったのかと思うほど。
もちろん、メインのオムシチューは絶品だった。
卵はふんわりと溶け、ソースは旨味と香味が素晴らしく、こんなに入ってて良いのかというくらい柔らかな肉がゴロゴロと入っている。
米はイタリア風なのか少し芯が残る固めの炊き上げで、甘みと食感が酸味と共に強いアクセントになっていた。
お腹が空いていたこともあって、あっという間に食べ終わり、席を立とうとすると女将さんが食後のコーヒーとデザートを運んできた。
それもまた絶品で、羊羹とコーヒーなんて変な組み合わせだと思ったのだが、小豆の風味が強く甘目の羊羹と、苦めのエスプレッソが良く合う。
ここまで至れり尽くせりといった感じだったのだが、食べ終わって少し怖くなった。
これ、本当に900円なんだろうか?
懐に余裕はあるとはいえ、数千円どころか一万円以上取られてもおかしくないような...。
"オシ"とだけ書かれた伝票を掴んで、そろばんの置かれたレジ?へと向かうと。
「900円です。」
もしかしてドルの間違いじゃないのかと思ったが、千円札を手渡すと100円玉が返ってきた。
そうして、店を出ると背中にありがとうございましたと声が飛んでくる。
美咲の会社に行ったのも非日常的な感覚だったのだが、これもまた負けず劣らずというか。
また、神社へと歩きながら遥に聞いてみる。
「ねぇ、遥。あの店はなんだったんだろうね?」
私が苦笑していると、遥は真剣に考えていた。
「店の立地、外装、内装、メニューのラインナップ...。海外を旅していたフランス料理のシェフが、実家のそば屋を継ぐことになって、生活には困っていないから道楽でやっているとか。でも、それにしてもメニューが豊富すぎるし、高級レストランでも見ないようなあの料理は...。」
これはこれで良い経験だったかも知れない。
すごく美味しかったし、今度絵里や葵も連れてこようか。
そんなことを考えていると、ようやく目的の神社が見えてきた。




