うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:74
「かんぱーい!」
私が音頭を取ると、こぼれないように二人でそーっと枡を合わせる。
なみなみと注がれた枡の中のグラスの上では、表面張力で盛り上がった酒がぷるぷると震えていた。
口を寄せて、静かに啜ると日本酒の豊潤な香りと旨味が口の中でふわりと広がる。
久しぶりの日本酒に、アルコールの酩酊感を味わっていると葵はすでに上機嫌になっていた。
白く塗られた頬はほんのり赤らみ、長くアイラインの引かれた目尻も下がって表情は緩んでいる。
突き出しの小鉢をつまみながら、日本酒を啜っていると次々と寿司が出されていく。
そこまで高級な店ではないので、一貫ずつ煮切りを塗って出してくれるわけではないのだが、握りたてで出てくるとお昼に食べたものよりも美味しそうに見える。
そして、一つ、二つと口に運んでいくのだが、期待を裏切らずに美味しい。
隣を見ると、葵がニコニコと嬉しそうに勢いよく食べていた。
寿司が美味しいのもあるのだろうが、お腹も空いていたのだろう。
出されていく寿司は並ぶ間もなく、どんどんと胃の中へ消えて行き、あっという間に最後の玉子まで終わっていった。
私も少し遅れて食べ終わり、ガリをつまみながら残りの日本酒を飲んでいっていると、カウンターで寿司を握っている大将が声を掛けてきた。
「新物のイカが入ったんですが、お造りでいかがですか?大きさもお二人でちょうどいいくらいのサイズでおすすめですよ。」
寿司も食べきって、そこそこ腹は膨れていたのでどうしようかと思ったが。
「お願いします。あと、日本酒のお代わりを...二つ。」
葵が目をきらきらとさせながら二つ返事で注文していた。
その背景には、生け簀の中で何匹かのイカがひらひらと泳いでいた。
「少し時間が掛かるので、これでもつまんでお待ちください。サービスの自家製の鰹の酒盗です。」
お代わりの酒とおちょこくらいの小さな小鉢が運ばれてくる。
これは絶対酒が進むやつだと思ったが、やはりというか濃い旨味と塩味がとてもよく合う。
チビチビと口を付けながら、お造りが出来るのを話しながら待っていたのだが、葵はどんどんと日本酒を飲み干していく。
私は三分の一も進んでいなかったのだが、葵の枡は空になってさらにお代わりを頼んでいた。
そうしてしばらく経つと、氷の敷き詰められた皿に透き通ったイカのお造りが運ばれてくる。
まだ、ピクピクと動いていて、捌きたてだというのが見てわかる。
「わぁ!動いてる動いてる。こっちでイカのお造りが食べられるなんて。」
漁港のあるところだと活け造りは珍しくないが、確かに都内だと珍しいかもしれない。
アジくらいだったら食べた事もあるが、イカは私は初めてで。
一切れ取って醤油を付けて口に入れると、コリコリとした食感が面白く、噛んでいると甘味が口の中に広がる。
これもすごく美味しいなぁ、と私も笑顔で食べていると、また別の皿が運ばれてきた。
「ゲソは天ぷらで。カボスを振って、藻塩を軽く付けて食べてください。」
あぁ、これも美味しい。
同じイカのはずなのだが、こちらは柔らかく旨味が強くて、また違った美味しさがあった。
私も楽しんでいたのだが、葵も終始上機嫌で笑顔で料理を食べながら次々と日本酒を飲み干していた。
皿も空になって、そろそろいいかなと時計を見ると10時過ぎ。
お会計をして店を出ようとすると、葵は名残惜しそうにしていたが、近いからまた来れば良いし。
それなりに飲んで食べたはずだったが、お会計も思ったよりリーズナブルで、次に来るのも楽しみになった。
そして、通りに出て駅まで送っていこうとしたのだが、葵の足取りが怪しい。
ふらふらしている葵を、時折手を引っ張ったり、肩を支えたりしながら駅まで歩いていこうとしていたのだが、ついに途中で止まってしまった。
ちょうどコンビニの目の前だったので、急いで水を買ってきて渡したのだが、しゃがみこんで下を向いて動かない。
夏帆はいつもこれを介抱しているのかなぁ、なんて思いながら背中をさすっていると、葵が死にそうな声で呟いた。
「タクシー...。タクシーを...。」
この状態で歩いて帰るのは難しいだろう。
適当に止まっていたタクシーを呼び止めて、葵の肩を担いで車内へ入れていく。
葵の方が背が高いのと、私も少し酔っていたのもあってバランスを取りづらかったが、なんとか座らせて離れようとすると腕を掴まれた。
「すみません...。階段上がれないかもしれないので、家まで付いてきてくれませんか...?」
そんな限界まで飲まなくても。
とも思ったが、止めなかった私も悪いかと思い、タクシーに揺られて葵の家へと向かって行った。




