うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:67
この前、遥が画面の中を動かしていた時は、普通に操作してもできるようなことだったが、今回はウィンドウを"傾けた"?
なんとなく、それを戻すように言ったが、通常ではありえない挙動を意識的に操作できてる?
前回とはまた質の違う異変に驚いていると。
「はぁ!?どぎゃんなっとっと?遥さん、もっぺん画面に手ばやってみて。」
絵里より早く反応していたのは葵だった。
葵が言うと、遥はディスプレイに手を伸ばしていくのだが、それは画面の中には入らずにすり抜けていく。
あぁ、やっぱり咄嗟にそうなっただけで、意識的には難しいのか。
「もう少し、勢いよく。そんな感じで。いや、上手く行きませんね。何が違うのか...。」
葵は少し落ち着いたのか口調も戻って、再現しようとあれこれ遥に指示を出していた。
これが意識的にコントロールできるようになれば、遥自身ができることも増えるし、配信も面白くできるんだろうけど、なかなか上手くいかないよな。
そんなことを考えながら、二人の様子を眺めていたのだが、こういう時に乗ってきそうな絵里が不思議と静かだった。
絵里の方へ視線を移すと、絵里は少し俯いて床を見ながら、腕を組んで考え込んでいた。
「絵里ちゃん?」
いつもとは違う様子に私が声を掛けると、絵里はハッと顔を上げる。
「え?なんでもない。大丈夫。」
そう返事をしたものの、表情は取り繕っているように少し硬く、動揺を悟らせないようにしているようで。
二人が試行錯誤していることよりも、そんな絵里の様子に気を取られていると、絵里が口を開く。
「面白いけど、無理しなくてもいいんじゃない?遥だって、別に今でもそんなに不便じゃないでしょ?」
遥も葵も、その言葉に動きを止めると、残りのエンディングまでのテストを行って、配信テストは終わっていった。
夏帆が帰ってからはすっかり数時間経っていて、急ぐほどではないがそろそろ終電も気になる時間帯になっていた。
葵が時計を確認すると、帰り支度を始めていく。
「ずいぶん長居してしまいましたね。今日はお付き合いいただきありがとうございました。絵里はどうしますか?いっしょに帰りますか?」
絵里も時間をチラリと見ると、わずかに考えてから答える。
「そうね、いっしょに帰ろうか。」
そして、絵里も広げていた荷物をバッグへまとめていくのだが、支度をしながら。
「時間も遅いし、駅まで送ってよ陽介。」
確かに夜道に女性二人というのは不用心なのだが、今までは絵里も葵も一人で帰っていたような。
そう言う絵里に違和感を感じながらも私が承諾すると、遥も付いて来ると言ったのだが。
「遥はいいよ。さっきので疲れただろうし、見送りは陽介だけで大丈夫だから。悪いけど、遥はお留守番しててもらえるかな?」
いろいろと違和感を感じつつも、三人で家を出て駅へと歩いていき、遥と撮影をしていた公園あたりまで差し掛かると。
「葵ごめん。ちょっと陽介と話したいから、先に帰ってくれる?ほんとごめん。」
葵は困惑しながら、少し寂しそうにしていたが、深々と頭を下げてから駅の方へと去っていった。
その背中が小さくなっていくのを確認すると、絵里が促してくる。
「立ち話もなんだし、ベンチで座って話そうか。」
わざわざ改まって話すようなこととはなんなんだろうか。
絵里の様子はおかしかったが、だからそれがなんなのかは何もわからない。
公園のベンチに連れていかれると、絵里は拳一個開けた隣に座って語り出した。
「さっき、ちょっと怖かったの。遥が画面の中に入った時。」
相槌を打って聞いていると、絵里は続ける。
「今までは遥は幽霊で、こちらには触れられないんだなって。でも、やろうと思えば干渉できちゃう。けど、私たちは遥には触れなくて、それはとても危ないんじゃないかって。」
考えたことがなかったが、遥の存在に気付いた時も、遥は物を落としたりしていて、あちらからこちらへ干渉できても、こちらからあちらへは干渉できないわけで。
一方的な関係というのは、確かに何かあった時にどうしようもない危険性はある。
「でも、長い付き合いじゃないけど、遥は絶対そんなことする人じゃないと思ってる。だけど、何かあった時にほんとうに陽介は大丈夫?私はたまに来るくらいだけど、陽介はずっといっしょにいるんだし...。」
賢治に言われたことを思い出す。
"わかってるとは思うけど、生きてる人間と幽霊は違うから。"
言われた時は実感がなくてうすぼんやりとしていたが、不安が形になってきて心にチクチクと刺さってくる。
前に配信中にトラウマで錯乱したように、突然コントロールが効かなくなってしまうこともあるだろうし、好きにiPadなどを操作できるようにしていたりするが、それもやろうと思えばいろんなことができてしまうし。
実際、私が知らない中で遥と絵里のやり取りがあって、少ないながらも意図しない影響はあって。
だけど、絵里が言うように遥を信用していないわけでもないし、今更制限を掛けていったりするのもそれも違うような気もするし。
答えのない問いに沈んでいると、それに、と絵里が続きを話す。
「今回は無事に済んだけど、そのまま遥が画面の中に入っちゃったり、手が抜けなくなっちゃったりしてたかも知れないじゃない?私は、今のままでも嬉しいし、無理はしないで欲しいなって。」
絵里は絵里で、遥のことを想ってくれているのが伝わってくる。
遥の意思もあったが、私も葵も不用意に危ないことをさせていたのかもしれない。
ここまで、なるようになってきたせいで、適当にやってきてしまったが、いろんなリスクや遥のことをもっと考えないといけないと実感させられた。
「ごめん、絵里。これからは俺ももっと頑張っていくから。」
私がそう言うと、絵里は私の頭をかかえるように、抱き着いてきた。
「ううん。これは私のわがままだから。でも、せっかく遥とも仲良くなれたのに、それが変なことでなくなってしまうのが怖くて。」
そうして、しばらく深夜の公園のベンチで抱き合っていたが、絵里は身体を離すと去り際に頬にキスをする。
「遥も大事だけど、陽介もね。また、明日。」
そう言い残して、絵里は足早に去っていった。
残された私は頬に手を当てたまま、誰もいない深夜の公園で、ベンチから立てずに思案の海へと沈んでいた。




