うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:64
知らないふりをしたかったが、完全にロックオンされていた。
葵も反応しなければ良かっただろうに、そんなに挙動不審にしていれば、口で言わなくても全てを語っているようなもので。
「あぁ。えーっと...。」
どう返した方が良いか口ごもっていると、肯定と取られてしまったのか椅子を引いて向かいに座ってくる。
「じゃあ、陽介さんお邪魔しますねぇ。あっ、店員さーん!生二つー!」
葵が大きな背を曲げて、俯きながら手で拒否の意思を示していると。
「えっ?葵ちゃんも飲むでしょ?そんな、この前みたいに潰れるまでは飲ませないから、大丈夫だって。」
ブンブンと振っていた手は、力なく膝へと落ちていって、背はますます丸まって真下を向いていた。
もうやめてあげて...。
このままだと泣き出してしまわないかと心配になってきた。
注文から一分も経たずに、ジョッキが二つと小鉢が二つ運ばれてきた。
あ、そっちの突き出しは春雨サラダなのか。美味しそう。
ポテトサラダも美味しかったけど、そういうのも良いよなぁと現実逃避していると、小柄な女性はジョッキを掲げる。
「かんぱーい!いぇーい!」
私が半分以上空いたジョッキを静かに差し出すと、勢いよくジョッキを打ち付けてきて、泡がテーブルへ零れ落ちる。
「ほらほら、葵ちゃんも。かんぱいかんぱい。」
促されて、両手でジョッキを持って前に出そうとするのだが、手は震えていて、こっちはこっちで泡が零れ落ちていっている。
葵のジョッキにゆっくりコツンと合わせると、小柄な女性は一気にジョッキを傾けていく。
その小さな体のどこに入るんだろうかというくらい勢いよく、そのままジョッキは空になっていた。
うわぁ、と思いながらその様子を見ていると、その横で葵は舐めるようにチビチビとビールを啜っていた。
私はまだ飲み終わってなかったのだが、おかわりのビールが二杯注文されると、小柄な女性は椅子から立ち上がった。
「自己紹介がまだだったね。僕は興梠夏帆だよ。よろしくね。」
そう言って、身体のサイズに合った小さな手が差し出された。
私も椅子から立って、中腰で手を出し握手をすると、夏帆はニコニコと笑いながら席へと腰を下ろした。
「それで、興梠さんは三ノ宮さんとはどういう繋がりなんですか?」
少し状況を落ち着けたくて、気になっていたことを聞いてみる。
「僕はイラストレーター兼デザイナーで、葵ちゃんとはよくいっしょに仕事をしてるの。元絵をモデリングできるように書き直したり、アイコンや配信背景の素材を作ったりね。」
なるほど。それで、仲が良さそうな感じなのか。
そんなことを考えていると、二杯目のビールと料理が運ばれてきた。
ジョッキに口を付け、箸を伸ばしていっていると、夏帆が言う。
「いつも調子が出るまで時間が掛かるんだけど、今日はまたのんびりやさんだねぇ。葵ちゃん、飲んで飲んで。ジョッキも空けば元気出るって。」
なかば押し込むように、夏帆は葵に飲ませていっていた。
「それで、葵ちゃんから聞いてたんだけど、配信始めてから半年も経たないんですって?企業勢でも苦戦する時代なのにすごいねぇ。」
それは確かにそうだった。
運が良かっただけだと言えばそうなのだが、視聴者1名の状態からこんなにすぐに上手くいくとは思っていなかった。
そうして、素材やモデルの調整のためにと、イメージを膨らませるために遥の性格や人となりについて質問されていると、葵のジョッキがようやく空になる。
「おっ、ようやく空いたね葵ちゃん。次頼むね~。店員さーん、生みっつー!」
そう言い終わると、夏帆は残っていたものを飲み干して空にしていく。
まだ、私のジョッキも半分くらい残っているのだが?
私は弱い方ではないと思うのだが、これに付き合っていると潰されかねない。
適当なところで断らないとと思っていると、おかわりが運ばれてきて、葵もジョッキを傾けていく。
アルコールも入って、少し気も軽くなったのか葵が口を開いた。
「陽介さん...。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません...。」
まだまだ、本調子とは言えないようだが、喋れるくらいには回復したみたいで。
「大丈夫、大丈夫。迷惑だなんて思ってないから。それより、ここにはよく来るの?最近はあんまり来れてなかったけど、私も前からけっこう来てたんだよね。」
話題を振ってみたが、葵はモジモジとしていて、緊張を隠したいのかビールをどんどん飲み干していっていた。
ジョッキが空になると、葵は重たかった口を開く。
「うん...。家から近いし、ジムの帰りとかよく来るんよ。ご飯も安くて美味しいし...。」
勢いはよくはないが、口調も変わってきていて緊張は解けてきているのかもしれない。
そして、葵の意思表示は待たずに、また次のビールが運ばれてきた。
美味しい料理をつつきながら、飲んでいると夏帆が葵の日頃の話をしていた。
「夏帆さん、恥ずかしかけんやめてよぉ。お嫁に行けんくなってしまう。」
葵がそう言うと、夏帆は笑っていて。
「そしたら陽介さんに貰ってもらったらええやん。葵みたいないい女、他におらんで?」
あぁ、こっちもこっちでめんどくさいなぁ、と酔っ払いたちを眺めていたが、二人の会話やここまでの行動が気になって、交互にキョロキョロと顔を見ていると、それを察したのか。
「なんで、葵が僕を夏帆さんって呼ぶかって?そりゃ、僕がお姉さんからや。こう見えて、アラフォーなんよ。やから、僕に恋したらあかんでぇ。」
それはビックリだった。
コンビニで年齢確認されそうな見た目なのにアラフォー?
私は目を白黒とさせながら、葵と夏帆を見比べていると。
「葵ちゃんは若くてピチピチやで。僕の娘とあんまり変わらんからなぁ。うちの子も僕に似ずに大きくなってしまって。」
年齢も衝撃だったが、そんなに大きな子もいるのか...。
目の前の凸凹コンビを肴にジョッキを傾けていたのだが、あまり喋らずに飲み続けていた葵はどんどん出来上がっていたようで。
「絵里ちゃんも無茶言い過ぎなんだってぇ。そげんこつ言われたって、そぎゃんすぐにできんばい...。」
けっこう頑張ってもらっているとは思っていたが、タスクに押しつぶされているようだった。
「まぁまぁ。急いではいないから、無理はしないで良いですよ。」
私がそう言うと、葵は涙目になりながら、首を縦に振っていた。
そんな葵の様子を見て、夏帆も声を掛けていく。
「葵ちゃん楽しかったねぇ。お家帰らなあかんし、そろそろお水飲もうか。よしよし。」
そう言って、ずいぶん高い葵の頭の上に手を伸ばして撫でていた。
そうして、ちょっとふらつく葵を引っ張りながら、会計に進んでいくと夏帆が言う。
「あ、陽介さん割り勘で。領収書はこっちで貰ってええ?」
こういうところはちゃんとしているみたいで。
今まで機会がなかったが、今後は経費とか税金とかも考えないとなぁと思っていると、夏帆が手を振ってきた。
「化粧してから出るから、陽介さん待たせんのも悪いし、先に帰って貰ってええですよ。葵はちゃんと家に送ってくんで。」
まぁ、そりゃそうかと、私も手を振ると葵はふにゃりと頭を下げている。
それに軽く会釈を返して、私は二人と別れ、我が家へと帰っていった。




