うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:61
依頼したはいいものの、特に音沙汰もなく一週間。
大丈夫なのか心配になってきたところに、一通のメッセージが。
"ご連絡遅くなり申し訳ございません。見積書とサンプルが出来ましたので、ご都合が良い日を教えていただけますでしょうか?"
葵からだった。
当たり前といえば当たり前なのだが、喋りだけではなく、文章もビジネスライクな感じで。
"ありがとうございます。昼過ぎくらいの時間でしたらいつでも大丈夫ですが、それ以外だと直近は今日か木曜日ですね。"
たまたま休みだったので今日と言ってみたが、まぁ木曜日か、予定が合わないならそれ以降だろう。
そんな事を考えながら、タバコ片手に返信を待っていると。
"それでしたら、今からお伺いしても良いですか?環境と動作確認もさせていただきたいので。"
えっ!?来るの?
この前はDiscordでビデオ通話だったし、それでなくても適当な喫茶店とかでやるものなのでは...。
いきなりの来訪宣言に驚いていると、またメッセージが飛んでくる。
"場所は以前に絵里から聞いていますので大丈夫です。今からですと、30分後に到着できる見込みですがよろしいですか?"
あぁもう、来るのは確定らしい。
なんとなく、家に来られるのは気が引けたが、断る理由も特にないので了承すると。
"ありがとうございます。それでは後ほど。"
あと30分?
人が来るなら片付けないと、と散らかっていたものをあちこちに押し込んでいっていて、ふと気づく。
散らかってるのって、ほとんど絵里のものじゃないか?
カラコンの箱、櫛、化粧水、ヘアゴム、小さいハサミ、ビューラー。
これはなんだろう?プラスチックの片側だけの、鶴首ピンセットみたいな謎の道具。
適当に絵里用の衣装ボックスに放りこんでいって、残っていたものはライターと灰皿くらい。
本人が居ないときにこういう事を言うのも悪いのだが。
絵里の部屋はきっと汚いんだろうなぁ...。
そんなことを考えながら、コーヒーの豆を挽きながら葵が来るのを待っていた。
ヤカンを火に掛けながら、時計を見ていると部屋にチャイムの音が鳴る。
先ほどのやり取りからは、20分と少しというくらいで、思っていたよりずいぶん早い。
はーい、と返事をして玄関の鍵を開け、ドアを開くと、私より頭一つ高い大きな女性が立っていた。
リクルートスーツのような、きっちりした格好をしているのだが、細いのにボリュームがある不思議な感じで、ウエストは細いのに肩幅は広くガッシリしている。
手足は細長くも見えるのだが、モデルというよりアスリートのような。
メイクはずいぶん控えめだったが、唇のピアスはそのままで、なんとも言えない異質な感じだった。
唖然として、ドアを開けたはいいものの、何も言えずに固まっていると。
「直接お会いするのは初めてですね。三ノ宮葵です。どうぞよろしくお願いいたします。」
差し出された手を握ると、細長いのに手のひらはゴツゴツとしていて固い。
その風貌と相まって、殺し屋かなんかじゃないのかと恐ろしくなる。
とはいえ、玄関で固まっていてもしかたないので、かろうじて部屋へ招いていった。
踵のある靴でも履いていたのだろうか、部屋に入るとそこまで身長は感じなかった。
距離が近くなったことで、違う圧迫感はあったが。
狭い狭い六畳一間に入っていくと、ヤカンが音を立てていた。
「お飲み物はどうしましょうか?コーヒーを淹れようとしていたのですが、緑茶や紅茶もありますけど...。」
部屋の中を見回しながら、葵は答える。
「それでは、コーヒーをいただけますか?豆の香りが良いですね。」
そう言って微笑むのだが、姿勢を正して目つき鋭く、部屋の中を観察している姿はアクション映画から出てきたようで、なんとも気が気じゃない。
なんで家に入れちゃったんだろうかと、ドリッパーにお湯を注ぎながら思っていると。
「お越しいただきありがとうございます。私も直接お会いするのは初めてですね。菅遥です。この度は私のわがままにお付き合いいただき、本当にありがとうございます。」
スピーカーから遥の声が響く。
葵と同じく丁寧なのだが、遥が言うとビジネスというより上流階級という感じで、言葉自体はあまり変わらないのだが印象が違う。
何が違うんだろうなぁ、と思いながらそれを聞いていると。
「遥さんですね!配信は何度か拝見させていただきまして、絵里からも話を伺っております。お会い出来て光栄です!」
ポットに落ちたコーヒーを注いでいると、二人の話は続いていた。
「見てくださっていたんですか!?嬉しいです。まだまだ拙いのですが、違う舞台にも挑戦しようと思いまして、御力を借りられたら嬉しいです。」
謙虚なところは遥らしいなぁ、と思っていると。
「絵里から話を聞いたのがきっかけだったのですが、推しになってしまって。こういう仕事をしているので、もしかしたらと思ってはいたのですが、こんな機会に恵まれるなんて夢にも思っていなくて...。」
その話を聞いていたら、少しは怖くなくなってきたかもしれない。
コーヒーカップを二つ握って、机に置いてから聞いてみる。
「AIグラス掛けてみます?けっこうバッチリ見えますよ?」
そう言ってAIグラスを差し出すと、葵は少し躊躇いながら、手に取って耳に掛けていく。
そうして、前を向くと緊張しているようだった。
いつも遥がいる辺りだから、たぶん正面に遥の姿が見えているんだろう。
しばらく強張った感じで固まっていたが、だらりと手の力が抜けると、AIグラスを外してこちらへ返してきた。
「生まれてきて良かったです。遥さん、陽介さん、精一杯頑張りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします...。」
そう言うと、葵は目元を手で拭っていた。
予想外の反応に困惑していると、葵は持ってきていたカバンに手を伸ばす。
「申し訳ございません。えっと、本題なんですがこれが見積書です。ご一読いただけますでしょうか?」
差し出された書類を見ると、大量の内訳が並んでいて何がなんだかわからない。
たぶん、絵里が言ってたものが全部入っているんだろう。
よく分からないなぁ、と眺めているとまた別の書類を二枚差し出される。
「先ほどのが全体の概算見積りで、こちらが分けたもので、ミニマムの納品を手付とさせていただいて、完納までは分割して継続案件とする形が良いかと思いまして。」
細かいことは良く分からないが、とりあえず最初に50万払って、後は毎月15万くらいってことか。
前金でまとめて払わないといけないのかと思っていたので心配だったが、金額的には問題なさそうで少し安心する。
「金額は大丈夫なのですが、ミニマムの納品はどういう感じになるんですか?」
気になったところを聞いてみると、葵はその大きい身体を乗り出して語ってくる。
「そう、そのために参りました。ある程度当ててある3Dモデルがあるので、実際に遥さんに使っていただいて、調整しようかと。」
3Dモデル?2Dだったはずでは?
なんだか、思っていた方向とは違ってきているような気がしつつ、言われるがままにPCを操作していった。




