うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:60
ディスプレイの向こうには、絵里から紹介された葵という女性が映っていた。
美人と言われればそうも見えるのだが、そんなことはどうでも良くなるくらい、メイクやファッションのインパクトが強い。
夏場の遥は幽霊っぽい感じだったが、今は割と普通の恰好をしているし、どちらかというと向こうの方が異常な存在のような。
緊張して待っていると、葵は口を開いた。
「はじめまして。三ノ宮葵と申します。以後、よろしくお願いいたします。」
見た目と反して、ずいぶんとビジネスライクな自己紹介をすると、ペコリと頭を下げていた。
声ももっとダウナーなハスキーボイスとかなのかと思っていたが、口調は柔らかく澄んだ感じで遥の声に似ているような気もする。
「絵里から聞いていたのですが、そちらの女性が遥さんで、男性の方が陽介さんでよろしいでしょうか?」
遥と私が返事をして軽く会釈をすると、軽く微笑んでいた。
その表情がメイクとミスマッチで、むしろ非人間的な印象が強くなっていた。
その独特の雰囲気に飲まれて、いまいち実感がなかったが本題を切り出していった。
「YouTubeで遥の配信をするために、Live2Dのモデルを発注しようと思ったのですが、知見が無くてどれにすれば良いかがわからなくて。どういうものが良いのか、参考になる意見を伺えたらと...。」
なんだかつられて私も喋りが固くなっていた。
遥も私が言うのに合わせて、頭を下げていたりすると、絵里がつっこんでくる。
「いや、そんな堅苦しくなくていいって。葵は真面目だけど、それに付き合わなくていいから。」
いまいち距離感が掴めず、どうしたものかと思っていると、葵が返してきた。
「喋り方は癖みたいなものなのでお気になさらず。初対面で緊張していたのですが、フランクに仰っていただいて大丈夫ですので。」
そう言い終わると、ヒヒッと少し引き攣ったような笑い声をあげる。
さっきの穏やかな微笑みよりは、こっちの方がイメージに合っているような気がする。
もしかしたら、微笑んでいたのは営業スマイルだったのだろうか?
そして、私が質問するのに葵が答えたり、葵の方から違いやトレンドなどの説明を受けていると、絵里が隣から口を挟んできた。
「でも、普通は予算の都合で選ぶけど、ぶっちゃけ大箱の企業勢くらい予算使えるから、あんまり悩む必要もないと思うんだけどね。」
身も蓋もない感想だったが、正直そんな状態ではあった。
PCやら周辺機器やらを買ったが、口座の残高は半分も減ってなかったし、数日後にはまた大金が入ってくるわけで。
毎月の固定費が増えてるわけでもないので、今ある分を使い切ってしまっても問題ないし。
結局、お金なんだよなぁと思っていると、葵が言った。
「それでしたら、私にお任せくださいませんか?ご希望さえお伺いできれば、イラストレーターやデザイナーとも連携して、調整や差分作成も行いますので。」
良いのか悪いのかはわからないが、面倒なことを丸投げできるのは楽が出来て良い。
正直、よく分かってない部分も多いし、交渉や手続きなんかもそれなりに時間が掛かるわけで。
遥の方も見てみたが、うんうんと頷いていたので、頼れるところは頼ってしまっても良いだろう。
「じゃあ、お願いします。それで、希望はどういうことを伝えれば良いですか?」
私が伝えると、葵は少し考えてから返してくる。
「そうですね。一番大きなところは2Dなのか3Dなのかですが、後の事も考えるとミニマムで2Dからスタートの方が良いでしょう。後はどのくらいディティールを凝るかなのですが...。」
葵が言い終わるのを待たずに、絵里が入ってくる。
「可動部分は増やしたいよね。体の動きに合わせて、最低髪はしっかり動いて欲しいし、服も動いた方が良いよね。表情差分も一発ネタも含めて十個くらいは欲しいかな?オプションで位置を変えられるミニキャラとかも良いよね。」
そうして、どんどんと絵里から希望が積みあがっていく。
遥も良いですね、なんて言いながらその会話に加わっていたのだが、希望というか要求はてんこ盛りになっていた。
「全部やると...。その...。納期も数か月掛かりそうですし、金額も...。」
なかなか具体的な金額を言いづらそうにしていたので、軽く聞いてみた。
「いくらくらい掛かりそうなんですか?」
葵は険しい表情で、下を向いたり、上を向いたりしながら答える。
「個人発注としては非常にリッチな構成で、概算ですが120~130万くらいで収まれば良い方かと...。」
事前に調べていた金額からするとかなり高価だったが、払えない金額でもないし、これまでのやり取りからすると妥当な金額なんだろう。
とはいえ、100万円を超える金額なんて、人生の中で扱ったこともないし、どうしたものかと悩んでいると。
「やりましょう、陽介さん。前に言ってたじゃないですか。別に失敗してもいいって。」
遥が背中を押してきた。
「それに、いろいろ失ったとしても、また視聴者一人の配信からやり直せばいいんです。これは陽介さんに教えてもらった事ですよ?」
確かに、以前自分でそんな話をしていた。
目の前の金額に目が眩んで、判断を誤っていたのかもしれない。
元々はなかったものなんだし、大した贅沢もできない男が何を要らないことに悩んでいたのかと、自嘲の笑みが浮かんでくる。
「そうだね、遥。ありがとう。やってみようか?」
遥は満面の笑みで、首をブンブンと縦に振っていた。
とりあえず、依頼することは決まったものの、数か月というのは重いもので、実際どのくらいなのか聞いてみると。
「やってみないとわからないところもあるので難しいのですが、ご希望を全て実装するとなると、早くて3~4か月。半年以上掛かる可能性もあります。」
100万以上払うわけだし、そのくらい掛かるかぁと思っていると。
「ですが、最低限のモデルで良ければ2~3週間あれば出来ますし、バージョンアップや差分の追加もお披露目イベントとして使うのであれば、段階的に拡張していくのも良いと思います。こちらとしても、納期が柔軟に使えて良いですし。」
先輩の絵が出来上がるのを待ったり、PCが届くのを待っていたが、そういう時間の使い方もあるのか。
配信をするのは遥だけど、作ってくれる人たちの都合もあるんだなと実感する。
日頃、バイトをしているのも私だけで働いているわけではなくて、店で働く他の人や、本部の人間、食材の納入業者や機材の業者、電気ガス水道や不動産だったり、いろんな人が関わっていて、それぞれの都合があるわけで。
改めて依頼の意思を伝え、今後の段取りを話していると、葵が絵里に問いかけた。
「絵里ちゃん。支払いは大丈夫なんだよね?手付っていくらか貰える?」
絵里は不安そうな葵に対して、サムズアップで答えると続けて言う。
「安心して葵。それで、お礼はランチで勘弁してあげるから、良い店探しておいてね。」
そういう都合もあるか。
現金なところも見えた方が、それはそれで信用できるか、なんて思いながら深夜の打ち合わせは終わっていった。




