うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:56
次の休みの日に合わせてPCを注文してから早数日。
明日は待望の休日で、さらに絵里も休みだった。
今日も営業が終わると、絵里はいつものようにすぐタイムカードを切って、そそくさと店を後にする。
店長は変に気を遣って、良いよと言って私を帰そうとするのだが、別に用事というわけでもないので申し訳なく、前のように片付けが終わるまでは残るようにしていた。
15分とか30分ではあるが、働いた分はちゃんと給料も出るわけで。
その間、絵里は近くで待っていて、合流してから家の近所のコンビニに寄るというのが定番になっていた。
最後の皿を片付け終えて、時計を見ると0時27分。
あと3分か。
他に何かあったかなと、冷蔵庫を開けたりゴソゴソしていると。
「タイムカードは僕が後で切っておくから、ピッタリまで居なくてもいいよ。いつも片付けまで手伝ってくれてありがとね。」
声を掛けてきたのは店長だった。
大して給料も高くない、この居酒屋で働き続けているのは、店長の細かい気遣いがあってのこともあると思う。
昔、働いていたコンビニだったり、新卒で入った会社もぞんざいな扱いに嫌気がさしたところも大きかった。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
そう伝えると、手早く帰り支度を整えて、0時30分を周る前には店を後にした。
店を出て、いつも絵里が待っているところまで行ったが姿が見えない。
何かの用事で違うところにでもいるのだろうか?
このままここで待っていてもしょうがないので、LINEでどこにいるのか聞いてみると。
"鍵あるし、先に帰ったよ。あと、家に着いてから気付いたんだけど、お茶無くなりそうだから買ってきて。紙パックのやつでいいから。"
そういえば、前に鍵を貸してからまだ返してもらってなかったっけ。
待ってくれているものだと思っていたので、少し寂しい思いをしながら、一人でコンビニに寄って家へと歩いていった。
家に着いて、鍵の開いている玄関を開けると。
パン!
大きな乾いた音と同時に、色鮮やかな紙吹雪が飛んでくる。
クラッカー?
目の前には三角のキラキラした帽子を頭に乗せた絵里が、ニコニコと笑っている。
「お誕生日おめでとう、陽介。」
突然のことに驚いていると、絵里はそのまま笑いながら言う。
「日が変わって、今日誕生日でしょ?遥から聞いてたの。」
そういえば、そんな話を遥と...したようなしていないような。
全く思い出せず、部屋の中へと入っていくと、小さなケーキに蝋燭が立てられていた。
「ほらほら、お誕生日っていったらこれでしょ?火点けるからライター貸して。」
言われるがままライターを差し出すと、小さなケーキに所狭しと立てられた、大きな蝋燭2本と、小さな蝋燭6本に火が点けられていく。
そうして、ケーキの前まで連れていかれると、部屋の電気が落とされた。
「ハッピーバースデー トゥ ユー」
「ハッピーバースデー トゥ ユー」
「「ハッピーバースデー ディア ヨウスケー」」
「「ハッピーバースデー トゥ ユー」」
幽かにiPadからの光が灯る部屋の中で、スピーカーから、目の前から、遥と絵里の歌声が響く。
歌い終わるのに合わせて、蝋燭を吹き消すとパチパチと手を叩く音が部屋に広がる。
大学を出てからは、誕生日なんて気にしていなかったし、誰かに祝ってもらったこともなかった。
特別なものではなくなっていたが、こうして祝ってもらうと、小さい頃の事を思い出す。
少し感傷に浸っていると、部屋の灯りは戻され、絵里がいくつかの包みを持ってきた。
「こっちは遥からのプレゼントね。開けてみて。」
そう言われ、いくつかの箱に分かれたそれを開けていくと、コーヒー豆のパックとコーヒーミルにドリッパー、ティーカップのセットが出てきた。
「陽介さんコーヒー好きだから、美味しいものを飲んでほしくって。豆は好みがわからなかったんで、お口に合うかはわからないのですが。」
遥らしいセレクトだった。
幽霊で、自分は食べられないのにどこか食いしん坊で。
苦手であまり分からないと言いつつも、私がいろいろなコーヒーを飲むのを興味深々に見ていた。
手間暇を掛けても、良いものを求めるというのも遥らしいというか。
「ありがとう遥。明日、朝起きたらさっそく淹れて飲んでみるね。」
私が遥に感謝を伝えていると、絵里がまた違う包みを出してきた。
「こっちは私から。お誕生日おめでとう。」
包装を剥がすと、手のひらサイズの箱にブランド名なのかアルファベットが彫られている。
その箱を開けると、ガラスの瓶?
なんなのか分からず、手に取ってグルグルと見回していると絵里が言う。
「香水。アクセサリーとか付けないから、匂いくらいはおしゃれしてほしいなって。」
なるほど。
香水なんて、高校時代の友人がサムライの瓶を持っていたのを見たくらいで大して知らなかったが、ちゃんとしたものはこんなおしゃれな瓶に入っているのか。
中身は別で、この瓶だけでも価値があるように思えてくる。
だが、香水なんて付けたこともなかったので、どうしていいかわからず、キャップのようなものを捻ったりしていると。
「ちょっと待って。汗臭いしタバコ臭いでしょ?今から付けてもいいけど、先にシャワー浴びてきてよ。」
確かに、仕事終わりで肌もべた付くくらい汗が残っている。
風呂入った方が良いかと思ったが、絵里もまだ入っていないようだった。
いつもは絵里が先に入って、それが終わったら入れ替わりで私が入る順番だったので、ふと思いとどまると絵里も何かを考えていたようで。
「私が先に入るから。ケーキも食べなきゃでしょ。待ってて。」
そう言い終わると、絵里は衣装ケースからいくつか服を引っ張り出すと洗面所へ消えて行った。
しばらくして、バスタオル片手に絵里が戻ってくるのと入れ替わりに洗面所へと入っていった。
絵里が泊まりにくるのにも慣れてはきていたが、風呂に入る時に最初から生暖かくて湿っぽいのだけはまだ慣れないかもしれない。
一人暮らしをしていると、風呂に入る時は乾いていて静かな空間で。
そんなことを考えながら、汗を流して部屋に戻ってくると、絵里は瓶を片手に待っていた。
「ちゃんと髪も洗った?けっこう匂い付くんだから。」
私の頭に顔を近づけて匂いを嗅いでくる。
「うーん。まぁ、OKかな。手出して。」
また言われるがままに手を差し出すと、手首にプシュっと吹き付けてきた。
「最初だからちょっとだけね。もう片方の手首に軽く擦りつけて、それを首筋と胸に軽くつけて。」
絵里先生の言う通りにやっていくと、少し甘いような、柑橘系のようなスッキリした良い匂いが広がってくる。
最初に付けられた手首を嗅いでみると、石鹸のような感じだったり、アルコールのような鼻孔を突く感じもあったり、香水って不思議だなぁと思っていると。
「いいかも。良い香り。」
絵里も満足げにその香りを嗅いでいた。
その後は、ホットスナックのチキンを齧りながら遥と絵里が配信するのを横で聞いていて、また夜は更けていく。
夜が明ける前くらいの時間になると、部屋の電気を落としてベッドに入っていった。
いつものように、壁の方を向いて横になっていると身体を引っ張られる。
「こっち向いて。そう。」
身体を回して向き直ると、絵里は私の胸元に顔をうずめてくる。
「うん、いい。好き。」
背に回された手に、私も手を回して抱き返すと絵里は寝息を立て始めた。
やっぱり早いよね。
男として期待はしつつも、期待は期待だなと私も睡魔に襲われて、ほどなく眠りについた。
二つの寝息が部屋の中に流れ始めて、少し経って。
「ふふっ。」
その静寂をかき消すように、一つの寝息は止まって、小さな笑い声が漏れていた。




