うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:50
AIグラスを手に入れてから数日後。
「遥。久しぶりにお出かけしようか。」
私の不意の問いかけに、遥はきょとんとしながら少し考えると、その意図に気付いた。
「お出かけ!そうですね。どこに行きましょうか?」
遥は元気よく返事をしたが、特にどこに行くかは決めていなかった。
用事もなかったので、最近遥が見ていたものから提案してみる。
「美術館か映画でもどう?この前、Siriに聞いてたでしょ?」
出された選択肢に、遥は真剣に考えだした。
指を折ったり、立ったり座ったり、ぐるぐる回ったりしていると、考えがまとまったのか遥は答える。
「美術館!美術館が良いです。映画はその内見られるかもしれませんが、ゴッホはこれを逃すと一生見られないかもしれないですし。」
今までは、遥といっしょに外出しようと思うと、カメラの僅かな視界とイヤホンからかすかに聞こえる声を頼りに行動しないといけなかった。
近所を歩くくらいならそこまで問題にはならなかったが、電車に乗って人込みに行くと、ふとした瞬間に見失って辺りを見回すことになったり。
何回かは遠出したものの、あまり遠くへは行かなくなっていた。
しかし、今はAIグラスがある。
ということで、最近は遥も遠慮していたのだが、久しぶりに少し遠くまでお出かけをすることにした。
そして、玄関を出て駅まで歩いていくのだが、今までとは比較にならないくらい、実に快適だった。
横にいるのか、後ろをついてきているのか、スマホを振って小さく映る遥を探さないといけなかったのが、自然と視線の端に映るし、そこから外れても首を向けるだけで見える。
見えることに喜んでいると、遥もそれに気づいたのか、歩みを遅くしてみたり、左右に動いてみたりする。
だが、しっかりと見えているので、その遥の動きを追尾していくと、それが面白かったのか遥も満足そうに微笑んでいた。
道中は何の問題もなく、目的地の大きな駅まで辿り着く。
乗り換えもあり、構内は混雑していたが、遥を見失うこともなく順調に改札を抜けた。
駅の外へと出ると、昼食がまだだったこともあり、近くの喫茶店へと入る。
オムライスとコーヒーと、紅茶を注文して、それらが出てくるのを待っていると、向かいに座った遥が声を掛けてくる。
「おしゃれなイタリアンではなかったですけど、ラーメンにはしなかったんですね。」
どうやら、秋葉原へ行った時のことをまだ根に持っていたようだった。
私が不機嫌そうにむすっとして見せると、それが見たかったのか遥は笑っていた。
喫茶店を出て、駅前の喫煙所で食後の一服を済ませると、そう遠くない美術館へと歩いていく。
遥はずいぶんとご機嫌な様子で、美術館までの道も、私の周りをちょろちょろと回ったりしながら、とても楽しそうだった。
美術館に着いて、券売機でチケットを買おうとしていると、遥が手を伸ばしてくる。
私が購入のボタンを押そうとしていた手を止めると、遥が言った。
「その...。もう、無賃乗車もしてしまったので今更なのですが、私の分のチケットも買った方が良いのかなって。」
遥は変なところは律儀だった。
遥の方を見ると目が合う。
券売機に視線を戻すが、幽霊一枚なんて売っていないので、大人二枚に変えて購入ボタンを押す。
吐き出される二枚のチケット。
美術館の入口では一枚だけを係に渡して、半券を受け取る。
半券一枚と未使用のチケット一枚。
これはこれで思い出になるかな、と不揃いなチケットを握って中へと入っていった。
そして、美術館の中に入った遥は。
それはもうはしゃいでいた。
さっきまで自分の分のチケットが必要なのではないかと言っていたのが嘘かのように、文字通り"飛び回っていた"。
あっちの絵画の前にいるかと思えば、急に姿が消えて、別の絵画の前にいる。
人だかりが出来ている絵があれば、群衆の頭の上を超えて宙に浮いて柵を越えて近づいているし、こういうところは幽霊である利点を活かすらしい。
もう、私は絵画よりもそんな遥の様子の方が面白くて、それを眺めていると遥が飛んで戻ってくる。
「ありました!こっちです陽介さん!」
手を伸ばしてくる遥の手に引かれるように進んでいくと、また大きな人だかりが出来ていた。
遠くから見えている端には淡い藍が映っている。
じわじわと列を進んで、絵の全体が見えてくると鮮やかな黄色が広がっていた。
「これが一番見たかったんです。夜のカフェテラス。」
遥がそう言った絵は、美術の教科書でも見たことがあった絵だった。
美術に疎い私でもこれは知っているし、教科書で見たりするのとは全く迫力が違って、目を取られていると遥が解説をしてくれた。
「昔は夜は黒だったんです。でも、ゴッホはそんなイメージに捕らわれずに、見たままの青と黄色で夜を描いたんです。」
その遥の言葉に、また違う印象を抱いていると、さらに遥は続ける。
「ただ奇抜な挑戦ではないんです。構図は精緻に考えられていて、遠近感を大胆に表現していて、どこまでも続くような奥行きがあって...。」
遥の説明に二度も三度も絵の見え方が変わりながら、言葉の裏にあるものが痛いように感じていた。
前に遥が言っていた話を思い出す。
きっと、遥はこういう絵を描きたかったんだろう。
でも、それは出来ず、姉に追い抜かれてしまって。
素晴らしいと思う賞賛の気持ちと、技術や発想に対する感嘆と、自分が出来なかった悔しさや劣等感がにじみ出ているようで。
遥は夜のカフェテラスの解説を続けていたが、私は遮って言った。
「ここは離れようか。他の絵も見てみたいし。」
そこからは遥の解説を聞きながら、いくつかの絵を見ていった。
正直、よくわからなかったものも多かったし、それでいて知らなかった美しい絵にも出会えたりして。
きっと、わかると言えば安っぽくなってしまうのかもしれないが、遥が過去に何をしようとしていて、何と戦っていたのかが少しはわかったような気がした。
そうして、閉館のアナウンスが流れるまで、美術館の中を何度も周り、久しぶりのお出かけは終わっていった。




