うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:4
夜明けも近づいてきた夜深く。
玄関を出ると、戸を開けたままスマホのカメラを部屋の中へ向ける。
幽霊が外まで出るのを待って、戸を閉めて鍵を掛けた。
インカメラに切り替え、着いてくるのを確認しながら、階段を降りていく。
道を歩いていくと、私の少し後ろを、氷の上を滑るようについてくるのだが、それを見ていると、家から出た時のことをふと思い出した。
「さっき、玄関を出るのを待ってたけど、幽霊だったら開けなくてもすり抜けられるんじゃない?」
問いかけると、幽霊は足を止めた。
真剣に悩んでいるようで、首を傾けながら手を顎に当てている。
しばらくすると、考えがまとまったようで、
「そうですね。意識したことなかったけど、幽霊なんだし出来るのかもしれません。今までは陽介さんが出入りする時に、こっそり着いていっちゃってたんですけどね。」
最後にクスリと笑って、幽霊はそう答えた。
コンビニへの歩みを再開すると、すぐに青い看板が見えてきた。
中に客の姿は見えず、蛍光灯の青白い明かりだけを、店の外に広げている。
自動ドアが開き、中に入ると冷房が効いていて、少し肌寒いくらいだった。
適当にカップラーメンやおにぎり、お菓子をカゴに入れていると、いつの間にか画面に幽霊が映っていなかった。
慌てて、辺りを見回すが姿が見えない。
そこから、店の奥へ進もうとしたところで気が付く。
そうだ、カメラを通さないと見えないんだった。
カメラをインカメラからアウトカメラに切り替え、店の中を映していくと、幽霊は清涼飲料水の前で立ち止まっていた。
どうしたんだろう?そんな事を思っていると、こちらの姿に気が付いたのか、幽霊は振り向いた。
「えーっと・・・」
何かを言おうとしているが、言い淀んで、交互に私と清涼飲料水の棚に視線を移していた。
何か欲しいのかと思い、問いかけようとしたが、口を開こうとしたところで気付いて止まる。
辺りを見回す。
他の客はいない、店員もバックヤードへ下がっているのか店内には姿が見えなかった。
念のために、絞った小声で幽霊へ問いかける。
「どうしたの?何か買って欲しいものがある?」
そう問うと、幽霊は申し訳なさそうに呟いた。
「その、コーラを飲んでみたいんです。前は飲めなかったから。」
それを聞いた私は、赤いラベルのそれを一本手に取ると、ゆっくりとカゴの端へと並べた。
レジまで行ったが、店員がいないので二度三度と呼び鈴を鳴らす。
レジ横の扉の奥から、はーいと返事をする声が返ってきて、やたらと愛想は良い外国人の店員が出てきて会計を済ませた。
自動ドアを出ると、また夏の温く湿度を纏った空気が身を包む。
店を後にし、帰り道を歩きながら、気になっていた事を聞いた。
「君は名前はなんて言うの?幽霊って呼ばれるのも、あまり気分が良くないでしょ?」
問われた幽霊は、少しこちらへ駆け寄って、満面の笑みで答えた。
「私は遥。菅遥です。草冠で一字のスガに、遥か彼方のハルカ。」
そう答える姿は、どこか生き生きとしていて輝いているようだった。
他の誰でもなくて、名を呼ばれる。
それは小さいけれど、自己を認識するための証明なのかもしれない。
「ありがとう。よろしくね、遥さん。」
そう返すと、今度は遥が私に問いかけてきた。
「そういえば、陽介さんの下のお名前は先輩が言っていたのを聞いていたので、それで覚えたんですが、名字はなんとおっしゃるんですか?」
あぁ、私も自己紹介はしてなかったな。
陽介と呼ばれていたから、知っているものかと思っていたが、そういうわけでもなかったらしい。
「小柳。小柳 陽介だよ。ちいさいヤナギに、太陽のヨウと、スケは介護のカイの字ね。」
そうして、私もフルネームとどう書くかを伝えると、遥はよりいっそう喜んでいた。
動画でも撮っていれば、全身から光を放っていたかもしれない。
「すごい!名は体を表すとは、まさにこの事ですね!お日様のように助ける姿、イメージ通りです!」
何の話だろうか?特に何も思い浮かばず、意味がわからない。
「それって、何の話?ぜんぜんわからないんだけど。」
そう問いかけると、遥は少し恥ずかしそうにしながら、少しずつ教えてくれた。
「実は陽介さんの事は、少し前から見てたんです。」
フフッと笑いながら遥は続ける。
「最初はここの近くの交差点でした。腰の曲がったお祖母ちゃんが、横断歩道を渡ろうとしているのを、付き添ってあげているのをお見掛けして。優しい人だなぁ、と思って、どんな人なんだろうと気になってしまって。」
そういえば、最近そんな事もあったような。
別に毎度毎度そういう事をするわけではなくて、たまたまだったが、そう言われてしまうと面映ゆく、ポリポリと頬を掻いていた。
さらに遥は続けた。
「陽介さんは、私の思っていた通りの人でした。偶然だったのかもしれませんけど、こうしてお話出来て、本当に、良かった。」
そう言われると、余計に恥ずかしくなってしまっていた。
大した事をしたつもりもなかったし、時には見捨てるきまぐれさを褒められても、それは自分のことでは無いようで。
私は話題を変えたくなって、それを隠すように言った。
「早く家へ帰ろう。せっかく買ったコーラも温くなっちゃうし。」
視線も合わせずにそう言うと、遥は穏やかに答えた。
「そうですね。帰りましょうか。"家"へ。」




