うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:38
「あっつい...。いつまで夏なのよ...。」
絵里が日傘を差しながら、陽炎が舞いそうなアスファルトを歩いていく。
私は横を付いていきながら、ちらちらとスマホの画面に映る遥を確認する。
「大丈夫ですよ~陽介さん。ちゃんと付いていっていますから。」
はぐれたりはしないのだろうが、肉眼で見えないのはどうしても心配なもので。
前回、遥と秋葉原へ出かけた時も、その時間の半分くらいは遥の位置を確認していた気がする。
そうして、駅が見えてくるとまた絵里が呟く。
「日頃はこんなに日が高い時に出歩かないし、もう...。」
まだ一つ目のチェックポイントも過ぎていないのに、既に暑さで気が滅入っているようだった。
夏の終わりだというのに、絵里の肌は日に焼けておらず、白く透き通っている。
それは紫外線対策やスキンケアの成果というより、単純に日中に外に出ていないからなのだろうけど。
どのくらい違うのかと、自分の腕を見てみると絵里に負けないくらい白かった。
そういえば、私も日中にほとんど出かけていなかったような...。
日焼けするほどではなくても、もう少し日光を浴びた方が良いのかもしれない。
そんなことを考えていると、駅に着き、改札を通っていく。
エスカレーターを登り、ホームに着くとほどなくして電車が来てドアが開く。
噴き出す冷気に、少し生き返ったような思いをしながら中に入っていくと、それなりに混んでいて座席は一つしか空いていなかった。
「座ったら?」
私が促すと、絵里はそこに座って言う。
「ありがと譲ってくれて。何も言わずに陽介が座ってたら蹴ってたけど。」
一言余計だと思っていると、次の駅で隣の席が空いたので私も座る。
そうして、また電車が走り出すと、スマホの画面を覗き込みながら絵里が言う。
「遥は大丈夫?陽介が座っちゃったけど。」
遥は少し考え込んでから、ニコニコと笑いながら答えた。
「大丈夫ですよ絵里。私は無賃乗車ですし、おかまいなく。」
突然の遥のジョークに私と絵里は顔を見合わせて笑っていると、電車はどんどん進んでいき、目的地の駅へと着いた。
混雑する構内から改札を出ると、絵里は立ち止まって私に尋ねる。
「どうする?先に買い物済ませる?」
そう言われてスマホの時間を見ると午後二時を過ぎていて、ランチと言うには遅めの時間になっていた。
「いや、先にお昼ご飯にしよう。お腹空いたし、ランチタイムに間に合わなくなるし。」
行こうと思っていた店のランチタイムは午後三時までで、それを逃せば違う店を探さないといけない。
「じゃあ、ご飯が先ね。」
絵里の同意を得ると、足早に調べていた店へ向かって行く。
駅からは五分も掛からずに、テラス席もある洋風な佇まいが見えてきた。
ピークタイムを過ぎているからか、人はまばらで空いているようだった。
ドアを開けて中に入ると、店員から声を掛けられる。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
そう言われ、指を三本立てようとして、手が止まる。
自然と遥を数に入れようとしていたが、端から見たら頭がおかしい人だろう。
「えーっと、二人です。」
遥と二人で出かけた時は感じなかったが、絵里も居て複数名で動いていると思っていると、感覚が引っ張られてしまうらしい。
案内された席は、店が空いているからか四人掛けで、見えない一つの懸念は問題にならなくてほっとする。
席に座って、メニューを開くと謎の文字列と四桁の数字が並んでいた。
日本語とアルファベットで、料理名と説明が書いてあるのだが、こういう店に来ることはなかったので、いまいち意味が飲み込めない。
かろうじて、"カルボナーラ"という聞いたことがある名前を見つけて安心していると、店員が水を持って注文を聞きに来た。
一つ、二つ、三つと水が入ったグラスが置かれ、店員が異変に気付く。
「あっ、お二人様でしたね。」
一つグラスを引っ込めると、本題の注文へと戻っていく。
もしかしたら、この店員さんは遥の存在に無意識で気付いたんだろうか?
気になりながらも、私はカルボナーラを指差し、絵里はアマトリチャーナを注文していた。
注文しながら他のメニューも見ていたが、299円のミラノ風ドリアはそこに並んでいなかった。
しばらくするとサラダやスープが運ばれてきて、さらに10分ほどが経ってパスタが運ばれてくる。
「いただきまーす。」
絵里は料理の写真を撮っていて、それが終わるのを待ってから手を伸ばす。
盛り付けもいつも食べてるものとは違うなぁ、なんて思いながら口にすると、思っていたものとは違う味がする。
違和感にビックリしたが、広い皿に小綺麗に盛られた塊は、あっという間になくなっていた。
食べ終わってしまって、視線を上げると絵里はまだ半分くらいしか進んでいないようだった。
余韻に浸っていると遥が声を掛けてきた。
「美味しかったですか陽介さん?すごく良い食べっぷりで、私も嬉しくなっちゃうくらい。」
素直に美味しかった事と、想像とは違った事を伝えると、遥がカルボナーラについていろいろ教えてくれた。
「日本だとクリームソースのパスタのイメージがありますが、カルボナーラはチーズと黒胡椒のパスタなんです。名前も黒胡椒を炭に見立てて、イタリア語で炭焼き職人風という意味で...」
ずいぶんと詳しい遥の説明を聞いていると、デザートやエスプレッソが運ばれてきて、それがとても美味しくて感動していると絵里が笑っていた。
「私より陽介の方が楽しんでるじゃん。高いからそんなに来れないけど、たまには贅沢して良いもの食べた方が良いよ?」
確かに、それはとても実感した。
日頃の食事に不満があるわけではないが、価値観がひっくり返されたようで、しばらく感じていなかった新鮮な気分だった。
そうして、テーブル上の皿を綺麗に片付け、席を立って会計へ向かう。
「XXXX円です。お支払いはどうなさいますか?」
提示された金額は、仕事帰りに先輩と飲みに行った時の金額よりも高かった。
高いだろうとは思っていたが、現実感の無い数字に少し戸惑う。
「現金で。」
そう言うと、財布から一枚紙幣を抜き出して店員へ渡した。
ずいぶんと小さくなって返ってきたお釣りを受け取ると店を出る。
「ごちそうさまでした。それじゃあ、ご飯も食べたし行くぞー!」
絵里が元気よくそう言うと、ズンズンとデパートがある元の駅の方へと進んでいく。
少し遅れるように付いていくと、ほどなくそれは見えてきた。
デパートなんて、子供の頃に親に連れていかれたきりかもしれない。
勝手がわからない不安を抱えながら、大きな建物へと引きずられるように入っていった。




