うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:35
バイトを終えて家に帰り着くと、自宅のドアの前に絵里が待っていた。
明日はシフトが入っているので、泊まる日ではないはずなのだが、何故ここにいるんだろうか?
困惑して立ち止まっていると、絵里がこちらを睨みつけてくる。
「さっきの何?嫌だった?それならはっきり言ってよ。」
絵里が何に怒っているのかわからず、そのまま固まっていると続けて言う。
「LINEも既読付かないしさ。めんどくさいなら、それでいいから。」
そう言われ、スマホに手を伸ばすといくつかメッセージが届いていた。
絵里と遥からそれぞれ数件。
それを確認すると、とりあえず謝った。
「ごめん、気付かなかった。それで...。」
続けようとすると、絵里が遮ってくる。
「それで?LINE来てたら見るでしょ?簡単で良いから返事しなさいよ。」
火に油を注いでしまったのか、本題がわからないまま返信がなかったことを詰められる。
とはいえ、わざとやっているわけではないので、なんとか弁解しようとしてみた。
「お店のLINEを登録したやつとかの通知が多いから、LINEの通知オフにしてて...。無視してたわけじゃなくて、本当に気付かなくて...。」
絵里はいくらか納得したのか、怒りから不機嫌くらいにはトーンダウンしていた。
そして、少し目を閉じて、大きくため息を吐く。
「は~。とりあえず、家に入れてよ。外暑いし。」
そう言われたが、家にはもちろん遥がいるし、こんな状態の絵里を家に入れても良いものか。
少し悩んだが、明日もバイトなので早く家には帰りたいし、コンビニで買ったものを片手にどこかへ行くわけにもいかないし。
仕方なく、ポケットから鍵を取り出して、家のドアを開けていく。
左手に持ったコンビニ袋の中では、コーラのペットボトルとアイスの包みは、その肌に細かな汗を浮かべていた。
玄関で靴を脱いで、部屋に入っていくと遥の声が出迎える。
「おかえりなさい、陽介さん。それに絵里?仲直りできたんですか?」
遥が問いかけると、絵里は不機嫌そうに返す。
「まだ、これから。陽介次第だけど。」
この様子だと、おそらく遥と絵里の間でやり取りがあったんだろう。
とりあえず荷物を下ろして、それを片付け終わると絵里に聞いてみた。
「ごめん、絵里ちゃんが何に怒ってるかわかってなくて。バイト中に俺が何か気に障ること言った?」
それを聞いた絵里はすぐに口を開けたが、声は発さずに一度閉じてから、ゆっくりと話し出した。
「あれさ。バイト始まる前のあの態度何?高いものねだったりとか、勝手に日程決めたりしたけど、ああいう態度は無いんじゃない?嫌なら嫌ってはっきり言ってよ。」
「いや、別に嫌とかじゃなくて。」
私が短く返すと、絵里は続ける。
「ちょっと調子に乗って、高いものを選んじゃったとは思ったよ?でも、それをちゃんと言ってくれたら、もっと安いものにしてたし、お礼だけでも嬉しいし。それに、通販とかお金だけ渡してだったら、あげる方も貰う方も嬉しくないじゃない?休み潰しちゃうけど、お互い納得したいじゃない。」
何がズレていたのかは、絵里が語ったことで大体わかった。
職場で誤解されているのを防ごうと、話を止めたのが悪いように映ってしまったんだろう。
どこから説明したら良いものかと考えていると、絵里はさらに続けてくる。
「こうやって、家に来てるのも迷惑掛けてるとは思ってるよ?でも、嫌だとか、今日は来て欲しくないとか、言ってくれたら来ないよ?それを、態度でわかれよみたいにされるのほんと嫌なんだけど。」
何を話すかまとまってきていたが、思わぬ追撃に開こうとしていた口が止まる。
「えーっと...。」
私が口ごもっていると、絵里の不満は膨らんでいるようで。
「えーっと?何?言いたいことがあるんだったら、はっきり言ってよ。」
そんな話をしていると、横から遥が入ってきて助け舟を出してきた。
「絵里、絵里。陽介さんの話も聞きましょう?絵里がずっと喋ってたら、陽介さんがどう思ってるかわかりませんよ?」
少し硬い、遥の声に絵里は少し落ち着いたようで、トーンを落として答えた。
「うん。うん、わかった。ごめんね、遥。」
絵里の勢いが止まって、ようやくターンが回ってきたので、順番に話していく。
「あの、バイト前に話を止めたのは、めんどくさかったんじゃなくて。店長とか先輩から付き合ってるんじゃないかって誤解されてたから、店の中で出かける話は避けたいなぁって。」
私がそう言うと。
「でも!...」
「絵里。最後まで聞きましょう。」
絵里が言い返そうとするのを遥が止める。
遥は絵里側に立つのかと思っていたが、今は私の味方をしてくれているようだった。
「だから、お金の問題とか、休みにいっしょに出かけるのが嫌だったんじゃなくて、誤解を広げたくなかっただけなんだ。店長なんて、いっしょに飛ぶんじゃないかって心配してたくらいで。」
絵里の怒りは収まってきているようだったが、腑に落ちないのか、まだ不機嫌そうな顔をしていた。
なんとかその火を沈めようと、さらに続ける。
「どこの店に行けば売ってるかとか、ついでにどこでお昼食べようかとか調べてたんだから。絵里とは少し違うかもしれないけど、出かけるのは楽しみにしてたよ。」
これでなんとかなるかと思っていると、今度は別の方向から槍が飛んできた。
「え?ずるくないですか?私と秋葉原行った時なんて、お昼ご飯はウロウロしたあげくに、適当にラーメン食べてたじゃないですか。」
右の火事をようやく消せそうだと思ったら、左の地雷を踏んでしまう。
「いや、あれは遥用のスマホかタブレットを買うのが目的で、遥は食べられないわけだし...。」
言い終わる前に、遥が被せてくる。
「私だって年頃の女の子なんですよ?幽霊だから食べられないにしても、イタリアンに連れていってもらえるのか、ラーメンとか牛丼なのかって言われたら、イタリアンが良いに決まってるじゃないですか。もう、陽介さんはそういうデリカシーがないんだから。」
まあまあ、と遥を宥めていると、絵里はその様子を見て笑っていた。
「あはははは。ごめん、私が悪かった。お出かけは遥も付いてくるんだよね?美味しいイタリアンでもごちそうしてもらおうか。」
ここまで狙っていたわけではないのだろうが、遥のおかげで絵里の怒りは収まってくれたようで。
「そうですねぇ。この前、Siriに聞いたんですけど、渋谷に新しいイタリアンのお店が出来て、シーフードパエリアが名物なんだそうですよ。」
そうして、それほど時間も経っていなかったので、いつもお泊りに来ている時のように、二人が配信を終えてから、寝床へと入った。
奥の壁際に詰めるようにベッドへ入り、壁の方を向きながらスマホを弄っていると、布団を捲って絵里が入ってくる。
背中に柔らかい感触を感じると、胸のあたりに腕を回された。
そして、耳元に顔を寄せ、絵里が囁いた。
「ありがと陽介。お出かけ楽しみにしとくね。」
その声に少しビクっとしてしまい、
「うん。」
と短く返事をすると、初めて絵里が泊まりに来た日とは少し違う、寝付けない夜が過ぎていった。




